お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

8.お互いの本音2

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私を避けていた理由。忙しかったからと言われれば納得したのに、それだけじゃないって昌治さんは言った。

「……お前の邪魔になりたくなかったんだよ」
「わ、私の邪魔?」

いやいや、どういうことですかそれ。邪魔って、むしろ忙しい昌治さんからしてみたら、バイトしたいとか言い出した私の方が邪魔だったんじゃ……

「大学行けるようになってから忙しそうにしてただろ。怪我も完治してねぇのに、俺がいたら勉強の邪魔になるだろ」

だから、私の試験が終わるまでは距離を置こうとしていた。

「……そんなことだったんですか」
「そんなことって……お前なぁ、俺がこのひと月どういう思いで耐えてたと思ってんだよ」

あ、昌治さんちょっと怒ってる。まあそうか。私だって避けられてたのを「そんなこと」って言われたら悲しい。

「でも、それならそうと言ってくれたら……私だって寂しかったんですよ」
「言ったら気にすると思ったんだ。留年にでもなったら、延びるじゃねぇか。俺は1秒でも早くお前を嫁にしたいんだよ」

真っ直ぐに見つめられて、どきりと心臓が跳ねた。
心なしか、昌治さんの耳が赤い気がする。

「とりあえず、試験終わったんだろ?お疲れさん」

そう言って昌治さんはゆっくりと立ち上がった。
私の背後に移動した昌治さんを振り返って見上げれば、いつもの氷みたいな瞳はどこにもなくて、柔らかな熱を孕んだ瞳がそこにあった。

「だからもう、俺は我慢しなくていいか?」

昌治さんは膝をついて、唇を微かに耳朶に触れさせた。

「……楓」

そのまま熱っぽく名前を呼ばれる。それだけなのに途端に全身がカッと燃えるように熱くなった。
再度名前を呼ばれ、力が抜けてへたり込んだ私は椅子の背もたれに完全に身体を預けるような格好になる。
なんでこんな……まだ名前を呼んでもらっただけなのに。
私の反応を伺う昌治さんは特に動じた様子はなくて、私を見下ろして微笑むとそっと手を首筋に伸ばした。その先にはチェーンがあって、浴衣の中に入っていた指輪が引っ張り出される。

「ここに来た時、ちょっと期待したんだがな。お前の指にこれが嵌ってるの」
「ご、ごめんなさい……」
「そうだな。次から気を付けろよ」

そう言って昌治さんは悪戯っぽく笑う。あ、でも目があんまり笑ってない。

「ひゃっ!」

どのタイミングで嵌め直すべきか考えていたら、突然耳を噛まれた。
唆かすみたいに私の耳を優しく啄まれて、私の口から漏れる声が熱を帯び始める。
思わず卓に手を付いたら、お膳が揺れて乗っていた皿同士が触れ合う高い音がした。

「……片付けさせるか」

そう言って昌治さんは唇を離した。
確かに食べ終わったんだからこれ片付けてもらわないと、洗う人たちが大変だ。出してもらったのも結構遅かったし、宿の人たちも早く休みたいに違いない。
昌治さんは部屋の電話を手に取って、夕食の膳を下げるように言っていた。

「その間に風呂入っとくが、楓はどうする?」
「私はもう入ったので……」

名前呼ばれて耳を弄られただけなのに、まだ心臓がバクバクしている。正直、お風呂どころじゃない。

「でも、この時間にお風呂に入って大丈夫ですか?他の人とか」
「俺は部屋の風呂で十分だ」

そうか。それがあった。お風呂もちゃんとしてるんだろうな。ちゃんと脚も伸ばせそう。
でも、普段はお屋敷のあのお風呂に入ってる昌治さんからしたら手狭なのかな。

「……なんだ、部屋の風呂使ってないのか」
「女将さんが外のお風呂の人がいない時間帯を教えてくれたので。すごくいい景色でしたよ」

ほんと、絶景!って感じだったなぁ。一緒に見たかったかも。あ、男女別れてたし無理か。

「お前がいれば、景色は別にいい」
「いやいや、あれは絶景ですよ。見ておいて損はないです」

思い出したらもう一回外のお風呂行きたくなってきた。夜だとまた景色違うんだろうな。
どんな感じかなと想像していたら、非常に微妙な顔をしている昌治さんと目が合った。

「まあ、お前が気に入ったならそれでいいか」
「大原さんと美香には感謝しなきゃですね」
「……そうだな」

そう言って昌治さんは苦笑すると、私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。乱暴だけど優しいそれに、私もふっと笑ってしまった。
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