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2章
25.抗争は待った無し2
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「そういえば、これはどこに向かっているの?」
「待ち合わせ場所。もうすぐ着くから」
窓の外を見ると、まだ朝早いからか人の姿はあまりない。
車も少ないので、見慣れない街の中を車はすいすい進んでいく。
やがて車はどこかの大きな駐車場に入った。もう使われていなさそうな廃工場の駐車場だ。
「ああ、きた」
美香が指差した方を見ると、見覚えのある黒い車が駐車場に入ってくるところだった。
黒い車はすぐ目の前に停車して、中から人が飛び出してくる。
「……行きなよ」
周囲に他に人がいないことを確認した美香が、私の背中をそっと押す。
私は車を降りて、その人の前に立った。
まともに顔を見ることができなくて俯いたまま、心配かけてごめんなさいと謝る前に、強い力で抱きしめられて私は何も言えなくなる。
「無事でよかった。楓」
そんな絞り出すような声で言われてしまったら、もう何も言えないじゃないですか。
腕が緩められてとっくに声が出せる状態のはずなのに、喉がつっかえたみたいになって言葉にならない。
返事ができない代わりに、私は昌治さんの胸に顔を埋めたままその腰に腕を回して抱きしめた。
「……若頭、楓様。とりあえず車に移動しましょう」
いつのまにか昌治さんの横に大原さんが立っていた。
「楓様には岩峰の本家に向かっていただき、その間に柳の組長の車には事務所に向かってもらいます」
安全なお爺さんの車に私が乗っているだろうと思わせて、その間に別の車で私を岩峰組の本家に送り届けるつもりだと大原さんは言った。
これ以上余計な心配をかけたりしたくないから私は素直に頷いて昌治さんに手を引かれたその時だった。
「大原さんっ!後ろっ!」
美香がドアを開けて叫ぶ。
顔を上げてそちらを見ると、黒塗りの車が次々と駐車場になだれ込んできていた。
「なぜすぐにここが……まさか」
大原さんの言葉で昌治さんが何かに気付いたのか、私の着ているバスローブの襟元に手を伸ばした。そしてちょうど私の首の真後ろをつまむ。
少し引っ張られると同時に、びりっと何かが剥がれる音がした。
「これは……」
その手にあったのはボタンのようなプラスチック製の何かだった。小さく空いた穴から漏れる光が緑色の点滅を繰り返している。
「発信機か!」
昌治さんはそれをアスファルトに叩きつけ踏み潰した。
「楓は柳の爺さんの車に戻れ。あれは走る要塞みたいなもんだ」
「でも昌治さんは……」
「俺のことはいい。俺が条野なんぞに負けると思うか?」
自信に満ちた笑みを浮かべた昌治さんは私をお爺さんの車の方へ押した。
そうだ、これ以上余計な心配をかけるわけにはいかない。私がいても邪魔になるだけなんだから。
頷いた私はお爺さんの車に戻った。私が飛び乗った瞬間に美香がドアを閉めて、車が走り出す。
しかし……
「チッ、向こうさんもなかなかいい車持っとるの」
駐車場のこの車に負けず劣らずの重厚な車が止められていて、出入り口を塞いでいた。
「強行突破できないの?」
そう言う美香の手にはお屋敷から脱出するときに見たあの銃が握られていた。
「流石にあれと衝突すればこっちも無事ではすまん。美香とお嬢さんに怪我をさせるわけにはいかんからの。まあ安心せえ。儂の愛車は爆発くらいなら堪える」
お爺さんがそう言い終わった瞬間、ドーンと爆発音がして車が揺れた。
「だ、大丈夫なのこれ!?」
「対戦車砲でも撃ち込まれん限りは問題ない。今の手榴弾程度なら耐える」
その次の瞬間、再度爆発音とともに車が揺れた。そして撃たれているような甲高い音が絶え間なく聞こえてくる。
外がどうなってるのか気になるけど、美香が私の頭を思いっきり抑えていて動かせない。
「それに裏口から岩峰の加勢も来とる。一条の連中は金儲けと恫喝は得意じゃが、実戦となると岩峰の方が実力は圧倒的に上。勝つのは岩峰じゃろ」
「柳狐の加勢は?」
「一条の屋敷の制圧中じゃ。こっちには割けん」
「でも今はこっちの……きゃっ!」
ガンっという鈍い音が響いた。その音に驚いた美香の腕が緩んで、私は顔を上げる。
「え……」
目の前に広がる光景に私は絶句した。
人が倒れている。それも、一人や二人じゃない。それに、少し離れたところに見えるあの人は……
「楓っ!」
私が顔を上げたことに気づいた美香が慌てて両手で私の目を塞いだ。
再び周囲の様子は見えなくなる。でも、その光景が脳裏にこびりついたみたいに離れない。
もしあの倒れてる人の中に昌治さんがいたら?そんなわけないと思いたい、信じたいのに、嫌な光景ばかり頭に浮かぶ。
「離して美香!」
あそこで倒れてる人が誰であれ、原因は私だ。こんなこと誰も望んでないのに。
「楓はこっちのこと知らないだけ。これは組と組の問題で楓のせいじゃないの!だから落ち着いて!楓がここで出てったら、昌治さんの気持ちが無駄になるでしょ!」
「わかってる!でも……」
なにが正しいのかわからない。私はただ、誰にも傷ついて欲しくないだけなのに……ヤクザの世界の中で、これは甘い考えなんだろう。余計な心配かけたくないって、思ったばっかりのはずなんだけどな。
車のダッシュボードの上に置かれた折りたたまれたナイフが目に入る。
……私がこれからしようとしていることは昌治さんや大原さん、美香へのひどい裏切りかもしれない。でも、このまま守られてるだけだったら、いつか昌治さんと向かい会えなくなる日がくる。私はきっとそれに耐えられない。
「ごめん、美香」
「待ち合わせ場所。もうすぐ着くから」
窓の外を見ると、まだ朝早いからか人の姿はあまりない。
車も少ないので、見慣れない街の中を車はすいすい進んでいく。
やがて車はどこかの大きな駐車場に入った。もう使われていなさそうな廃工場の駐車場だ。
「ああ、きた」
美香が指差した方を見ると、見覚えのある黒い車が駐車場に入ってくるところだった。
黒い車はすぐ目の前に停車して、中から人が飛び出してくる。
「……行きなよ」
周囲に他に人がいないことを確認した美香が、私の背中をそっと押す。
私は車を降りて、その人の前に立った。
まともに顔を見ることができなくて俯いたまま、心配かけてごめんなさいと謝る前に、強い力で抱きしめられて私は何も言えなくなる。
「無事でよかった。楓」
そんな絞り出すような声で言われてしまったら、もう何も言えないじゃないですか。
腕が緩められてとっくに声が出せる状態のはずなのに、喉がつっかえたみたいになって言葉にならない。
返事ができない代わりに、私は昌治さんの胸に顔を埋めたままその腰に腕を回して抱きしめた。
「……若頭、楓様。とりあえず車に移動しましょう」
いつのまにか昌治さんの横に大原さんが立っていた。
「楓様には岩峰の本家に向かっていただき、その間に柳の組長の車には事務所に向かってもらいます」
安全なお爺さんの車に私が乗っているだろうと思わせて、その間に別の車で私を岩峰組の本家に送り届けるつもりだと大原さんは言った。
これ以上余計な心配をかけたりしたくないから私は素直に頷いて昌治さんに手を引かれたその時だった。
「大原さんっ!後ろっ!」
美香がドアを開けて叫ぶ。
顔を上げてそちらを見ると、黒塗りの車が次々と駐車場になだれ込んできていた。
「なぜすぐにここが……まさか」
大原さんの言葉で昌治さんが何かに気付いたのか、私の着ているバスローブの襟元に手を伸ばした。そしてちょうど私の首の真後ろをつまむ。
少し引っ張られると同時に、びりっと何かが剥がれる音がした。
「これは……」
その手にあったのはボタンのようなプラスチック製の何かだった。小さく空いた穴から漏れる光が緑色の点滅を繰り返している。
「発信機か!」
昌治さんはそれをアスファルトに叩きつけ踏み潰した。
「楓は柳の爺さんの車に戻れ。あれは走る要塞みたいなもんだ」
「でも昌治さんは……」
「俺のことはいい。俺が条野なんぞに負けると思うか?」
自信に満ちた笑みを浮かべた昌治さんは私をお爺さんの車の方へ押した。
そうだ、これ以上余計な心配をかけるわけにはいかない。私がいても邪魔になるだけなんだから。
頷いた私はお爺さんの車に戻った。私が飛び乗った瞬間に美香がドアを閉めて、車が走り出す。
しかし……
「チッ、向こうさんもなかなかいい車持っとるの」
駐車場のこの車に負けず劣らずの重厚な車が止められていて、出入り口を塞いでいた。
「強行突破できないの?」
そう言う美香の手にはお屋敷から脱出するときに見たあの銃が握られていた。
「流石にあれと衝突すればこっちも無事ではすまん。美香とお嬢さんに怪我をさせるわけにはいかんからの。まあ安心せえ。儂の愛車は爆発くらいなら堪える」
お爺さんがそう言い終わった瞬間、ドーンと爆発音がして車が揺れた。
「だ、大丈夫なのこれ!?」
「対戦車砲でも撃ち込まれん限りは問題ない。今の手榴弾程度なら耐える」
その次の瞬間、再度爆発音とともに車が揺れた。そして撃たれているような甲高い音が絶え間なく聞こえてくる。
外がどうなってるのか気になるけど、美香が私の頭を思いっきり抑えていて動かせない。
「それに裏口から岩峰の加勢も来とる。一条の連中は金儲けと恫喝は得意じゃが、実戦となると岩峰の方が実力は圧倒的に上。勝つのは岩峰じゃろ」
「柳狐の加勢は?」
「一条の屋敷の制圧中じゃ。こっちには割けん」
「でも今はこっちの……きゃっ!」
ガンっという鈍い音が響いた。その音に驚いた美香の腕が緩んで、私は顔を上げる。
「え……」
目の前に広がる光景に私は絶句した。
人が倒れている。それも、一人や二人じゃない。それに、少し離れたところに見えるあの人は……
「楓っ!」
私が顔を上げたことに気づいた美香が慌てて両手で私の目を塞いだ。
再び周囲の様子は見えなくなる。でも、その光景が脳裏にこびりついたみたいに離れない。
もしあの倒れてる人の中に昌治さんがいたら?そんなわけないと思いたい、信じたいのに、嫌な光景ばかり頭に浮かぶ。
「離して美香!」
あそこで倒れてる人が誰であれ、原因は私だ。こんなこと誰も望んでないのに。
「楓はこっちのこと知らないだけ。これは組と組の問題で楓のせいじゃないの!だから落ち着いて!楓がここで出てったら、昌治さんの気持ちが無駄になるでしょ!」
「わかってる!でも……」
なにが正しいのかわからない。私はただ、誰にも傷ついて欲しくないだけなのに……ヤクザの世界の中で、これは甘い考えなんだろう。余計な心配かけたくないって、思ったばっかりのはずなんだけどな。
車のダッシュボードの上に置かれた折りたたまれたナイフが目に入る。
……私がこれからしようとしていることは昌治さんや大原さん、美香へのひどい裏切りかもしれない。でも、このまま守られてるだけだったら、いつか昌治さんと向かい会えなくなる日がくる。私はきっとそれに耐えられない。
「ごめん、美香」
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