お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

15.脱出は計画的に

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借りてきた本をパラパラとめくる。うーん、借りてくる本を間違えた気がする。とりあえず厚めで小難しそうな小説を選んだけど、わからない。主人公が病院で目を覚ましたら隣の部屋に精神病んだ女の人がいて、何かの研究と殺人事件に関わってしまったけど記憶がない。というところまでわかったけど、普段あんまり本とか読まないからなぁ……
本を開けたり閉じたりしながら、とりあえず主人公が名前を思い出そうと色々試してるとこまでは読んだ。
なんだか疲れた。慣れないことはするものじゃないのかな。
もはや文章を目で追うだけで、内容がなかなか頭に入ってこなくなる。

「私、何してるんだろ」

本を閉じて天井を見上げた。
昌治さんや大原さんたちが、今頃私を探しているかもしれないのに、私は逆らえずにただ現実から逃げるように本を読んでいる。
けど考えたところでいい案が浮かぶわけでもない。
私が逃げたら、美香はどうなるの?
今日は金曜日だ。大学を休んだとしても、明日から土日でしばらくおかしいと思われることもない。
外はもうとっくに薄暗くなってて、夕焼けで空がうっすら赤く染まっている。
もう、このお屋敷に来てから丸一日が過ぎたんだ。

「楓」

名前を呼ばれた私は声のした方を見る。春斗さんが戻ってきていた。
私は立ち上がってゆっくり春斗さんに近付いた。

「春斗さん、美香は関係……」
「楓のお友達やろ?もう用はないから自由にしたったわ」
「……え?」

あっさりと告げられたその言葉に、私はその場に崩れ落ち膝をついた。
春斗さんを見上げながら確かめるようにもう一度尋ねると、春斗さんはにこりと笑う。
そのとき私は春斗さんの頬に掠ったような傷があるのに気付いた。塞ぎ切っていないそれは、ついさっきできたもののよう。

「その傷は……」
「ん?心配してくれるんか?大したことない」

そして私と視線を合わせてしゃがみ、そっと肩を抱く。

「俺は、楓が俺の腕ん中におってくれればそれでええんや。後にも先にも、お前さえ俺の側におってくれたらそれで」

そう言って春斗さんは私の身体を強く抱いて口付けた。絶対に離さないといわんばかりに絡みつくそれを拒絶できず、私はその場で組み敷かれる。
私に覆い被さるようにしながらキスを終えた春斗さんは、ゆっくり上体を起こして私を見下ろした。

、一緒に大阪行こな」
「お、大阪……?」
「この辺は物騒やからな。大事な楓になんかあったらあかんやろ?決着着くまで、楓には大阪の本邸におってほしいんや」

大阪の本邸って一条会の上の、条野組の中心……?
そんなところに連れて行かれたら、私は本当にもう逃げられなくなってしまう。
美香にもう用がないっていうのは、そういうことなんだ。私の力だけでは逃げようがなくて、岩峰組の力も届かない場所に私を置いておくつもりだ。

「1週間でカタつけたる。そしたら安心やろ」

私を本邸に隠して、その間に岩峰組と一条会が争うってこと?私のせいで?
……そんなの、いいわけない。
岩峰組の人たちが一条会に勝つか負けるかなんて私にはわからない。でも、争うなら確実に誰かが傷付く。もしかしたら、死んでしまうかもしれない。
誰であっても嫌だし、それがもしも昌治さんだったらと思うと、不安と恐怖で胸が潰れそうだった。

「だめ、です。争わないでください」

ちゃんと言わなくちゃいけないのに、声が勝手に震える。

「心配してくれとるんか?でもなぁ、これは組と組の問題なんよ。楓のことがなくても、いずれ起こっとったことやねん。俺がここにおるのは、元々このためやったしな」
「……どういうことですか」
「言わんかったか?関東への足がかりやって。岩峰相手となると、まず潰すべきはここの支部や。膠着状態やったところに、ウチの馬鹿が拳銃横流ししたんがサツにバレた……例の強盗や」

強盗……私と昌治さんが会うきっかけになったあのコンビニ強盗のことだ。
確かにあの拳銃は昌治さんが持って行ったはず。どうなったんだろう。

「アレのせいで目ぇ付けられた。俺が出張ってきたんはそれが理由や。まさか証拠の拳銃が出てこんと思っとったら、岩峰が関わっとったとはな。楓のおかげでわかったわ」

サッと顔から血の気が引くのを感じた。
そうだ私、前に春斗さんにコンビニ強盗から私を助けたのが昌治さんだって、言ってしまった。
私が余計なことを言ったんだ。

「強盗はサツに。証拠の拳銃は岩峰組や。だから取り返さなかん。もしくは隠滅するか、や。つまり、とっくにバランスは崩れとった。抗争が起こるんも時間の問題やったちゅうわけや」

春斗さんはこれまで見た中で一番、明るい笑みを浮かべた。まるで来たるそれを楽しみにしているように。

「きっかけも何もかも、全部俺が壊したる。これで楓が気にするもんは、みんななくなるやろ?」

底の見えない瞳が妖しく輝く。
この人は、危ない。
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