お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

10.一瞬の訪問者2

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春斗さんはやり残した仕事があるからと言って出て行った。
入れ替わるようにして春斗さんの秘書、もとい会長補佐の吉井さんが静かに朝食を運んできた。
正直、食欲はなかったから出されたお茶と味噌汁、ご飯を一口だけ食べてあとは下げてもらった。食べ物残すって、普段はしないのにな。
吉井さんが出て行ったので、私は再び部屋に一人になった。
そこで私は、この部屋が昨日連れ込まれた部屋とは違う部屋だということに気付いた。私用の部屋、なんだろうか。
この部屋は純和風な外観とは裏腹にホテルのような造りで、冷蔵庫やソファーなども置かれていた。冷蔵庫の中には水や果物が入っている。
春斗さんには屋敷から出ない限りは自由にしていていいと言われたけれど、何かをする気力もないので私はぼんやりとソファーに座っていた。
……春斗さんに、美香のことお願いすればよかったな。
さっき一番に頼むべきはそれだったのに、どうして言わなかったんだろう。吉井さんに言えば伝えてくれるかな。
私はゆっくり起き上がって部屋の外に出たけど、廊下には誰もいなかった。
とりあえず人を探して恐る恐る進んでいく。不気味なくらい誰もいない。かといって誰かいませんかと声を出す勇気もなかったので、私はきょろきょろ辺りを見回しながら妙に長く感じる廊下を歩いた。
そして結局誰にも会わないまま廊下の突き当たりに達してしまう。
途中にあった階段降りて下に行くしかないのかな。
そう思いながら引き返した時、階段を誰かが登ってくる音が聞こえてきた。吉井さんかな?それにしてはいやにゆっくりだな……
このまま進んだら邪魔になるかな、と私は階段の少し手前くらいで足を止めた。

「はあ、階段は年寄りにはきついの……って、おお。あんたが噂の、一条の若旦那がご執心とかいう女子おなごか」

階段を登って現れたのは、けっこうなお年のお爺さんだった。一見すると普通の優しそうなお爺さんだけど、こんなところにいて春斗さんと私のこと知っってるってことは、このお爺さんもヤクザなのかな。
この階になにか用事があるんだろうか。

「ちょいと疲れたわ。なあお嬢さん、水かなにかいただけんかの」
「は、はぁ……」

いったい誰が上がってくるんだろうと身構えていたこともあり、お爺さんの気さくな感じに拍子抜けした私はそのままお爺さんを部屋に通してしまった。
水なら部屋の冷蔵庫の中にあったから、それをお渡しすればいいかな、と。
特に危なそうな人ではなさそうだし、なんなら階段の登り方から危うかったくらいだから大丈夫だろう。たぶん。
現に、出された水を飲みほして大きく息を吐くその様子は、完全にどこにでもいそうなお爺ちゃん、という感じだった。

「いやぁ、一条の若旦那が色を連れ込んだと聞いての。あの気狂いに見初められた気の毒な姫君はどう言う女子かと思って覗いてみたんじゃ」

え、まさかの物見遊山ですか。

「浮かぬ顔だの。だが条野春斗と言えば、流行に疎い儂みたいなジジイでも知っとるくらいの男。あの小僧の巡らした謀略で稼いだ金で軽くビルがいくつ建つかの?加えてあの見てくれだ。お嬢さんくらいの若い女子なら歓声を上げるじゃろ」
「……だって私、お金持ちとか権力とか、そんなに興味ないです。色々大変そうですし。さすがに極貧は嫌ですけど」

そう言うと、お爺さんは目をちょっと見開いて呵呵と笑った。

「あの小僧が落とされるのも無理ないな。あれの周りにはそういう女しか寄り付けぬし寄り付かんからの」
「えっと……お爺さん?は春斗さんとどういう関係なんですか?」

あの小僧と言ったり若旦那って言ったり、いったいどういう関係の人なんだろう。

「儂か?儂は柳狐りゅうこ組という小さい寄合の纏め役じゃ。まあ最近は若いもんに任せてお飾り状態だがな。裏じゃ柳爺やなぎじじいなんて呼ばれておる。所謂老害というやつだの」

え、お爺さん偉い人!?まあ、やっぱりそうかという感じではあるけど。でも自分で老害って言い切るってどうなの。

「このご時世、儂らのような弱小団体は大きいものに巻かれるしか生き残る術がなくての。今日はそのための会合じゃ」
「は、はぁ……」

尋ねておいてなんだけど、生々しそうな話なので深掘りするのはやめておこう。てっきり親戚か何かかと思って聞いてみただけなのに。

「というか、お嬢さんは何しとるんじゃ?そんな格好で廊下ウロついて」
「……吉井さんを探してたんです」
「ああ、若旦那の腰巾着か。それなら下におったな」

腰巾着って……まあいいや。とりあえず下に行けば会える、のかな。でも下の階は一条会のヤクザさんがたくさんいそうだしなぁ……

「お嬢さんワケありかの?」

唐突にお爺さんはそう言って私の方をじっと見た。
なんだろう、この値踏みされているような、内側を覗かれてるみたいな感じ。

「いえ、別に……」

友達を人質に取られてるって、言ったところでどうなるのか。このお爺さんは味方とかそういうのじゃなくて、興味本位で私に会いに来ただけだ。
気まずくなったので、私はそっとお爺さんから目を逸らした。

「まあいい。お嬢さんの顔も見られたことじゃ、儂はそろそろ失礼するとするかの」

お爺さんはゆっくり立ち上がる。なんだか危なっかしいので、私はちょっとその腕を掴んで支えた。

「おお、気が効くの……そうだ、いいことを教えてやろう」

耳を貸せと言われたので、私はお爺さんの方に耳を向けた。別にこの部屋には私以外いないけど……そう思いつつボソボソっと囁かれたそれに、私は目を見開いた。
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