お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

14.若頭補佐は休めない3

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次の瞬間、問答無用とばかりに美香は思いっきり一条の組員の足を踵で踏み付け、怯んで腕が緩んだ隙に膝を曲げてしゃがんだと思ったら、思いっきり立ち上がって組員の顎に頭突きを叩き込んだ。
そしてトドメとばかりに、振り向きざまに組員の股間に容赦のない蹴りを入れる。
見ている俺の方がゾッとした。どこがとは言わないが、思わず押さえたくなった。
口の拘束を外すと、彼女は大きく息を吸って言った。

「何なのもう!」

いや、それはこっちの台詞だよ。
あの状況にほぼ動じず男一人をのすって、楓様の友人は一体何者だ。
悶絶し床に倒れた男を冷めた目で見下ろし、床に落ちたナイフを蹴り飛ばす。
そして顔を上げた彼女と目が合った。

「……そういえば、誰?ジジィの部下?」
「俺はい……大原だ」

危ねぇ。馬鹿正直に岩峰組の若頭の部下とか言うところだった。
にしても、ジジィ……?誰だそれ。
俺はその間に美香の腕の拘束を外す。

「大原……?え、楓の叔父さん?ヤクザ?楓が言ったとか?」

ああ、その設定は知ってるのか。どう説明すべきか。彼女の様子から、山野楓の誘拐と自分が関わっていると知らなさそうなんだよな。それはいいとして、いかにもヤクザな俺を見ても全く怯えた様子がない。これはどういうことだ。

「とりあえずここを一旦出ましょう。車を出します」
「……わかった」

まあいいか。変に怯えられるよりましだ。
少し離れたところから怒声が聞こえてくる。俺と安藤の侵入後に加勢が来るようにしてあったので、ここまでは予定通りだ。このまま彼女を無事事務所まで送り届ければこの件についての問題は片付く。
部屋を出て早足で倉庫の外に向かう。しかし……
ダンと一発の銃声が響き、俺たちは足を止めた。
俺の頬を掠めたそれは、すぐ近くの柱に命中しコンクリート片をまき散らす。

「顔面狙ったんやけどな。オッさんの頭が光っとるせいで外したわ」
「テメェ……条野春斗っ!」

どこかで見たことのある拳銃を構えて、条野春斗は不敵に笑った。その研ぎ澄まされた刃のような視線が真っ直ぐ俺に向けられている。
狂気を孕んだその妖しい雰囲気に気圧されるように、俺は一歩後ろに下がった。

「しかし、あっさい考えやな。してやられる部下も部下やけど」

条野は小馬鹿にするように口角を上げる。
……改めて見ると、腹立つくらい整った顔してるなこいつ。

「この人、確か楓の……別れたって聞いたけど」

見たことがあるのか?まあ、山野楓の友人ならたまたま会う機会があったのかもしれないな。だからこそ狙われたのか。

「別れる?むしろお陰様で仲良うさせてもらっとるわ」
「……っ!この下衆野郎!」

神経を逆撫でするようなその物言いに、俺は懐から拳銃を出して条野に突き付ける。

「嬢ちゃん逃げろ!俺が相手しとくから!」

背後で固まっている美香に向かって、俺は半ば怒鳴るように言った。

「でも……」
「兄貴!」

加勢に来た鶴田が俺たちの方へ駆け寄ってきた。

「鶴田ぁ!お前この嬢ちゃん連れてけ!」
「ウス!」

俺は美香を庇うようにしてその腕を掴み、鶴田の方へ寄せる。

「……キャッ!」

再び銃声がした。
鶴田の背後にあるガラス窓が砕け散る。
……俺の方に向けられた銃口からじゃない。当然だが、俺も撃っていない。

「そっちの方が人数一人多いんや。俺やって増やしてもええやろ?」

ニヤリと笑った条野は、左手でもう一丁の拳銃を握っていた。その銃口から微かに煙が昇っている。
……聞いたことがある。条野春斗が裏社会で恐れられてる理由は、そのえげつないやり口だけではない。銃の扱いだ。噂では、こちら側の人間でなければ射撃で世界を狙えるとまで言われていた。
先程から奴は、ワザと外している。その証拠に鶴田の頬には俺と全く同じ箇所に弾丸が掠った傷があった。
カチャリと弾が装填された音が、静かになった倉庫内に響く。

「終いや」
「……いや、死ぬのはテメェだクソ野郎」

地の底から響くような低い声と共に、銃声が轟く。
条野の頬が裂けて血が滲んだ。

「……これでおあいこっちゅうことか?岩峰昌治」

垂れた血を拭い、条野はギラつく瞳で俺の右後ろを睨みつけた。
纏う気配がガラリと変わる。これは、殺気だ。

「嬢ちゃんは逃げてろ。鶴田、連れてけ」
「はいっ!」

照準から外された鶴田は、尻餅をついた美香の腕を掴んでこの場を離れていく。
条野はちらりとそれを見たきりで、2つの銃口はそれぞれ俺と若頭に向けられていた。

「彼女は、人質じゃなかったのか?」

走り去っていく二人の方を少しも気にかけていない様子の条野に俺は言った。

「人質。もう用はない。楓にもちょうど頼まれとったとこやしな」
「……どういう意味だっ!」

若頭が思い切り睨む。だがそれを涼しげに受け流した条野は俺と若頭に向けた銃口をピクリとも動かさず答えた。

「そのまんまの意味や。もうあの女に用はない。楓は今朝大阪に送った。今ごろ実家でのんびり休んどるとこやろな」
「なっ……大阪だと!?」

大阪には条野組の本邸がある。
さすがにそこに連れて行かれたとなると、易々と手出しはできない。むしろ不可能だ。条野組を丸々敵に回すことになる。岩峰の組長がそれを許すはずがない。
俺の反応を鼻で笑った条野は、顎で倉庫の入り口を示す。

「楓の望み通り、あの女は解放したった。これでお前らの目的は達成やろ?」
「……まだだ。テメェから楓を取り戻す」
「怖い顔やなぁ。楓はもう俺のもんやのに、俺を殺すんか?冗談やろ」

放たれる殺気が、まるでペンキのようにドロドロと肌にまとわりつく。拳銃を持つ腕がやけに重く感じた。

「やってみ?俺が死んだら……楓も死ぬで?」

ハッタリや脅しではない。条野のこの目は本気だ。今ここでこいつを殺せば、山野楓も無事では済まない。悔しいが、ここまでなのか。
俺はゆっくりと拳銃を下ろした。
怖気付いたのではない。あのままだと怒りにまかせて撃ってしまいそうだったからだ。
若頭も苦々しげな表情で拳銃を下ろす。

「なんや、楓と一緒のタイミングで死ぬのも悪ないと思ったんやけどな」

つまらなさそうにそう言って、条野は殺気を消した。
そしてそのまま倉庫を出ていくのを、俺と若頭はただ睨むことしかできなかった。
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