お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

38.ヤクザさんのお屋敷2

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ぬるいお風呂に浸かっている時のように、緩やかな時間だった。
私は昌治さんの腕の中で、その腕を抱き締めていた。
やがて車は暗い田舎道を走って、立派なお屋敷に到着する。
一条会の屋敷よりも大きく、歴史がありそうな建物だ。

「着いたぞ」

途中でちらりと大原さんが教えてくれたけど、ここは岩峰組の分家のお屋敷だそう。分家の人々がちょっとやらかして処理されてしまったため、ほぼ本家のものになり、昌治さんの傘下の人々の詰所のようになっているとのこと。
玉砂利の敷かれた枯山水の庭に降りると、黒服の方々の他に、濃い色の和服を着た人たちが列になって出迎えてくれた。

「若がお戻りだ!」

古参っぽい和服のヤクザが声を張り上げる。
押忍といういかにもな挨拶が一糸乱れずビシッと決まる。心の中で拍手、すごいの一言だ。
深々と頭を下げる強面の人たちの間を抜けるのはなんだか妙な気分だったけど、横で昌治さんが手を握ってくれていたので怖くは感じなかった。
私のアパートの部屋くらいあるんじゃないかという広い玄関にも、屋敷の人たちが並んでいた。

「若、よくぞお戻りで。そちらのお方が連絡のあったお嬢さんですか」

並ぶ人たちの中でも一番年上っぽいおじいさんが顔を上げて昌治さんを見て言った。

「そうだ。部屋と風呂の準備は?」
「滞りなく。どうぞ、お上りください若様、楓様」

その声が合図だったように並んでいた人たちが移動して、広い廊下が見えた。

「楓様はこちらに。まずはお風呂にご案内します」

高級な旅館にでも来たようだ。女の中居さんとかはいなくて、男の人ばかりだけど。
案内された浴室の前で、籠に入った着替え一式を渡された。
何かあれば申しつけ下さいと言い残して、おじいさんは脱衣所から出ていく。
個人の家には絶対にないような棚の並ぶ銭湯のようなだだっ広い脱衣所に一人残されて、私はその場にしゃがみ込んだ。

「こわかった……」

まさか、春斗さんがヤクザで、しかも一条会の会長だったなんて。
互いに互いのことを知らなかったとはいえ、まさかあんなことになるなんて思ってもみなかった。
昌治さんたちが助けにきてくれなかったら、私は今頃あの屋敷の中で……思い出してもゾッとする。
確かに、春斗さんは私を好いてくれていた。それは事実で、豹変する前の春斗さんのことは、好きだったんだと思う。でも、それは異性としてとかじゃなくて、あくまで春斗さんとして好きだった。でも、その春斗さんは偽物で……
私は、どうすればよかったんだろう。
最後に見た春斗さんの表情が、頭から離れない。
私は大きく息を吐いた。
……とりあえずこのぐちゃぐちゃになった顔をどうにかしよう。
服を脱いで浴室に入って、私は目を見開いた。
戸を開けるとふわっと木の香りが鼻腔をくすぐる。立派な檜風呂だ。銭湯みたいな感じで想像していたんだけど、まさかここまで旅館っぽいとは。
軽く体を洗って、洗顔もしておく。あ、髪留めがない。髪が湯船の中に入っちゃうな……まあ、私しか入らないっぽいし、申し訳ないけどなしで入らせてもらおう。髪は、できるだけ拾って上がります。
結構熱めの湯だった。足先からゆっくり浸かって、胸くらいまで体を沈める。
ちょっと体が震えたあと、全身から力が抜けて、顎くらいまで沈んだ。
……このまま湯の中に溶けてしまいたい。
体が温まって、悪いものが少しずつ出て行くみたいだけど、恐怖とドロッとした嫌な感じはなくならなかった。
呆けたみたいに天井を見上げていたら、だんだん意識が朦朧としてきた。だめだ、溶けるならいいけど、ヤクザさんのお屋敷で溺死はまずい。
熱めの温度だったからすぐにのぼせたのかな。後がつかえてるかはわからないけど、そろそろ出よう。
最後に頭と体を洗って、再び脱衣所へ。
渡された着替えの入った籠の中には浴衣と帯、新品らしく袋に入ったままのショーツ、あと包帯……包帯っ!?
なんで……包帯?あ、まさかこれさらしってやつですか。
下はともかく、上がサイズぴったりなものが用意されてたら怖いか。でもさらしとか、巻き方知らないんですけど。
まあ……いいか。私のなんてあってないようなものだし。
そんなこんなで着替えて脱衣所を出たら、正面で大原さんが待っていた。

「どうも、楓様」

大原さんは微笑む。

「若頭がお呼びです」
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