お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

11.若頭補佐は堪え切れない

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時刻は夜の十時過ぎ、若頭が出かける準備を始めた。寝泊まりしているマンションに戻る、という感じではない。

「どこへ行かれるんです?」
「……」

無言である。この時間、わざわざ若頭が出かける理由。
確か今夜から若頭がご執心の女、山野楓がコンビニでのアルバイトを再開するんだったな。彼女には今北川が付いている。腕も確かな使える奴だから、強盗ごときにやられることもないはずだ。
若頭はこの頃様子がおかしい。まあ女に惚れて変わるというのは理解できる。それに若頭としての役割は十二分に果たしているから、困っているということもない。
問題なのは、一部の勘のいい奴らが若頭の変化に勘付きはじめたことだ。おそらく体調が悪いのだろうという程度に今は思われているんだろうが、この状況が続くのはよろしくない。
早々に捕まえてしまえばいいのではないかとも思うが、若頭がそうしたくないのなら仕方がない。とにかく見守るしかないのだ。
無言で出て行く若頭は、いつもの不機嫌そうな表情を若干崩し、どこか楽しそうだ。まあ、上機嫌はいいことなんだろうけども、どうにも不安になる。
若頭が出て行ってすぐに俺も動いた。車を出し、山野楓の働くコンビニに先回りする。
少し離れたところに車を停めて。俺は近くの電柱の影に身を隠した。そこからは、コンビニ前の公園で待機する北川の姿が見える。
やがて山野楓がコンビニから出てきた。真っ直ぐに帰るものだと思っていたら、なぜか彼女は公園で待機していた北川の方に向かっていった。何かを買ったのだろうか。その手にはコンビニの袋が握られている。
彼女が北川に接触するのとほぼ同時に、若頭が二人の方に向かって足早に進んでいるのが目に入った。
これはまずいと思ったその時、タイミング悪く彼女は袋を北川に差し出し、北川はそれを受け取った。
袋の中身は菓子か何かだろう。お礼のつもりで渡したんだろうが、タイミングが最悪だ。
北川、明日から……いや、十秒後から頑張れ。
哀れな北川は袋を奪われ、帰された。
お前はまだマシだぞ北川、迫田みたいに殴られてないからな。ま、彼女の前で殴ることができなかっただけだろうが。
明日、昼飯奢ってやるよ。まあ、明日会えたらだけどな……
理不尽だなぁと思いながら、俺は歩き始めた二人の後をつける。
しばらくして、山野楓の方が口を開いた。
ああ、肉まんね。若頭が好きなのは肉まんじゃなくてあんただよ……って、待て!なんか嫌な予感がするんだが!

「お前は、どう思っているんだ?」

妙な間と視線の動きだと思った。いつもの若頭なら普通こんな勘違いはしない。というか普通の奴でもその勘違いはしないだろうっ!
若頭の脳内、花湧いてるんじゃ……などという自分の所属する組織のNo.2かつ直属の上司に対して失礼極まりないことを普通に思ってしまうくらいには呆れた。まあ、返答で気付くだろう。という期待は裏切られた。

「そうですね、岩峰さんほどではありませんが、好きですよ」

そこは美味しいとか無難に言えよっ!なんでそう、思わせぶりな感じを醸し出す!?
わかってやってんのかと叫びながら飛び出していきたい衝動に駆られたが、グッと堪えた。
一応、言った本人がすごく不思議そうにしているから。これ確実に主語肉まんだろ。
それにしれっと彼女の若頭の呼び方が昌治さんから岩峰さんに変わっているのだが、まあ当の本人はそれどころではないらしい。

「……なぜだ?」

若頭の目の中の光が、いつになく輝いている。その期待を裏切る返事がこれから帰ってくると思うといたたまれない。
しかし、間違いに気付いてもらわなければ。この質問の返事を聞けば若頭も気付くだろ。彼女の会話の主語は人間どころか食べ物なのだから。

「いえ、詳しくは知らないですよ?でもその、意外性というか、見た目じゃわからないところとかですかねっ!?」

何言ってんだアンタ。
適当なこと言ってんじゃねーよ!主語を言え主語を!
若頭も若頭だ。このままでは彼女の中での若頭のイメージが、ただの肉まん大好きなヤクザになってしまう。

「そうか」

食い違いまくる両者の言動。割って入って主語を訂正しに行きたいが、そんな事をすれば後をつけていたのがバレる。

「他は?」
「他、ですか。あとはその中身ですかね……?色々ありますけど、やっぱり肉食ですからね」

わざとやってんのか!え?わざとか?
本人が至ってまじめに答えているようなので素でやっているのはわかるんだが、そう思わずにはいられない。
若頭の方はもう、それはそれは長いこと考え込んでいた。何を考えているのかは想像が付かなくもない。若頭的には思いに気付かれていた上、尋ねてみれば彼女の方も好きだという、喜ばしい盛大な勘違いをしているのだから。
やがて若頭は彼女の肩に手を乗せた。
まあ……いいか。この際思いを伝えてしまい、この茶番のようなものを終わらせてしまおう。彼女の返答がどうであれ、ひとまず今の奇妙な距離感はなくなる。

「俺は……」
「本当にお好きなんですね。肉まん」
「そこかよっ!」

小声だったが、ついに口から言葉が出てきた。
そこで主語を出すかっ!?彼女にとってはそうなんだろうが、若頭としては勇気?を出して伝えようという踏ん切りがついた瞬間だった。状況的にはタイミングが悪いとしか言いようがない。
そうして己の勘違いに気が付いた若頭の表情が強張る。滅茶苦茶動揺しているのがすぐにわかった。
この勘違いはかなり恥ずかしい部類のやつだ。俺だったら悶絶してその辺の川に飛び込んでいるレベルの勘違い。

「そうだな……美味かった」

……絶対美味しかったと思ってないですよね、それ。

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