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1章
7.若頭補佐も楽じゃない3
しおりを挟むそしてどういう流れか、彼女の部屋で話をすることになってしまった。一人暮らしの女の家に俺らみたいなヤクザを招くって大丈夫なのかと、彼女の危機管理能力が少々不安になったが、まあ車中が嫌だと言われれば仕方がない。
とりあえず、監視を付けさせてもらうという事で話はまとまった。最後の方に一瞬命の危機を感じたが、頭と胴体はまだ仲良くしているのでよしとしよう。あの瞬間は生きた心地がしなかった。
まさか「大原さんだけでよかったんじゃないか」という彼女のごもっともな意見に、あそこまで若頭が反応するとは思わなかった。表の世界で生きてる彼女は若頭の雰囲気が変わった程度にしか感じなかったんだろうが、あれはマジの殺気だった。今思い出しても鳥肌ものだ。しばらく夢に出る。
ほんの数時間前の俺は、彼女が若頭の愛人になろうが妻になろうが捨てられようが知った事ではなかった。若頭の道を阻まず、岩峰組が繁盛すればそれでいいと思っていた。
だがそんな軽いもんではなかった。山野楓は若頭にとってかなり重要な女になっていた。
帰りの車中でその圧迫感に耐えきれなくなった俺は、若頭に尋ねたのだ。
「若頭は彼女を……山野楓をどうするおつもりなんですか?そこまで大切に思われるんでしたら、強盗の危険がなんて言わず、保護する名目で囲うなりできたのでは?」
この強盗云々は、山野楓を若頭の監視下に置くための口実に過ぎない。条野組に関しては、若頭にとってみればオマケみたいなものである。
重々しい沈黙。聞くんじゃなかったと自分で数秒前の自分を殴りたい衝動に駆られていたら、若頭は大きく息を吸って、吐いた。溜息……だろうか。
「そうしたいとは思った」
……思ったのか。
まあ、名前を名乗る流れになったとき、わざわざ下の名前を伝えたあたり本気なんだな、と。実際呼ばれたときの若頭は、満更でもなさそうな感じだった。そういう欲はあるんだろう。
「ならなぜ、そうしなかったんですか」
「彼女はカタギだ。こっちの世界の人間じゃない」
若頭がそこを気にするとは、意外だった。確かに裏社会で生きる人間として、その辺りは多少配慮するが、それは表の社会のためであり、個人のためではない。たかが小娘一人を裏社会に引き込んだところで、それが大きく世の中に影響を与える事はないのだから。
「だが……彼女が俺以外の男を見るだけでも虫唾が走る。逆に彼女が他の野郎に見られるのも我慢ならねぇ」
以下、若頭の独白。
彼女を滅茶苦茶にして、自分以外のことを考えられなくしたい。
本邸の座敷牢に閉じ込めて、自分のためだけに鳴いてほしい。
足の腱を切れば絶対に逃げられないからそうするべきか。痛い思いをさせるのは嫌だからたぶんしない。
自分だけのものと主張するために、どうそれを刻み込むか。
……などなど。
ドン引いた。距離があるとしたら百メートルくらい、音速で引いた。
これまで何にも興味を持ってこなかった反動だろうか。そうだとしても、ここまでドロドロに変質していると誰が想像しただろう。
冗談だと思いたかったが、若頭の声は本気なのである。話がヤバい方へ飛躍していく間に、徐々に据わっていく若頭の目……自分の事ではないのにおかしいな、冷や汗が。
若頭が恐ろしいのは知っていた。だがそれはヤクザとしてであって、人間としての本質を疑うまでだとは思わなかった。
元々ちょっと壊れている部分があるとは思っていたが、まさか女一人のことでここまでブッ壊れるとは。あれ?これ業務に支障きたすんじゃないか……?
若頭には悪いが彼女には消えていただいた方がいいのでは、なんて言う考えが一瞬頭をよぎったが、本当に一瞬だった。
アカン。それだと若頭がブッ壊れるどころではすまない。あの独白を聞いてしまった後で、一瞬でもそんな考えを持った自分のアホさを呪う。
若頭がこれ以上ブッ壊れないようにするにはどうするべきか。俺が考えるべきはそこだ。
山野楓を排除するは論外。かといって彼女を拉致って若頭に渡すのは……俺の中に若干残っている良心が滅茶苦茶痛む。いくらなんでもただの一般人にアレは耐えられない。
少なくとも今の状況から考えるのは無理だ。見極めがつくまで、様子見がベストだろう。
さて、ここで問題は若頭と敵対するやつらに山野楓の事が知れてしまうことだ。彼女を利用しようとするならまだマシだ。目障りだからと消されてしまう可能性もある。そうなったら若頭がどうなるか。
割とマジで、岩峰組の未来が彼女にかかっている。
……やめよう。想像するのは。
信号で止まっている間に、俺はこっそり山野楓の家の方に向かって合掌した。
これまで何にも向けられていなかった若頭の興味と好意を一身に受けることになるであろう彼女を、俺は心から不憫に思った。
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