お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

5.若頭補佐も楽じゃない

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「大原、ちょっと来い」

作業が終わり帰宅しようとしていた矢先、外の空気を吸いに行くと出かけていた若頭が事務所に戻ってきた。
……なんだろう。普段と様子が違う。
なんというか、覇気が無い。
いや、十分すぎる覇気は健在なんだが、一般人が1とすると、普段100くらいの若頭の覇気が50くらいまでに下がってる。半減している。
様子を伺いながら若頭のデスクに近付いて気付いた。
目だ。若頭の目付きが、違う。
いつもは純度200パーセントの氷みたいに冷たさしかない若頭の目の中に、ちらちら燃える炎があった。ぶ厚い氷の壁の奥で、若頭の何かが燃えている。
いったい、若頭に何が……
色々尋ねたいが、格下の俺にそんなことをする権利などあるはずがない。
だが、おそらく今呼ばれたことに関係しているんだろう。そうであってほしい。若頭がこのままでは困る。
若頭……岩峰昌治は、この地方で最大の勢力である岩峰組の組長の実子。そしてゆくゆくは岩峰組組長となる男だ。
組の利益となることを率先して行い、若頭の代で増えたシマは数知れない。
親の七光りだの言っていた老害や馬鹿どもをその手腕で(色んな意味で)黙らせ、今や若頭に何か言うことのできる人間は組長くらいのもの。
圧倒的な威圧感と腕っ節、そして生まれ持ったカリスマ性。こっちの世界で生きる為に生まれてきたような人である。
基本的に岩峰組に関わること以外には無関心で、感情を出しているところなんて見たことがない。冷たい視線と不機嫌そうな表情はデフォルトだ。
俺が十六の時に組に入って、若頭と関わるようになってもう十五年近く経つが、その若頭があからさまに何か心乱されている。
いったい若頭の身に何があったんだ?
デスクの前に立って数十秒、若頭は俺を呼んだことさえ忘れたとようにぼんやりと遠くを見ていた。
声をかけるべきだろうかと悩んでいると、ゴトリという重い音と共に、デスクの上に見慣れない拳銃が置かれた。

「若頭、これは……」
「馬鹿な強盗が持っていた。ウチの組で扱ってる型じゃねぇ」
「まさか条野組、ですか」

岩峰組の敵対勢力で、この近辺を少し出ればそこは条野組のシマになる。組長同士の仲も悪く、そのうち全面的にやり合わなければならないであろう組。
時期組長たる若頭がわざわざ境目であるこの地域にいるのは、条野組に対する牽制に近い。
まさかこれが若頭の変化の原因か?いや、まさか。
敵組織が流したであろう拳銃を持った強盗如きに、若頭の心をここまで揺さぶれるはずがない。

「調べろ。あと、事務所から三番目に近いコンビニ。そこの山野とかいうバイトについても調べておけ」
「はい」

……ん?コンビニのバイト?
そいつと拳銃が関係しているのだろうか。条野組の若い衆とかか?
まあ、調べればわかることか。若頭の命令に逆らうことができるはずもなく、拳銃を手に取った俺は頷いておいた。
それに、若頭の心がここまで乱された理由が気になっていた。山野というコンビニ店員だろうか。いや、まだ拳銃を持った強盗の方が何かしそうなものだが……

「その山野という店員は、もしかして若頭に失礼な事をしたとか何かですか」

報復は徹底的に。というのが若頭のモットーだ。もしかすると山野とかいう店員は、若頭に対しうっかり何かしたのかもしれない。この威圧感に当てられたのだろうか。だとしたら不憫な気もする。

「……いや、彼女は何もしていない」
「だとしたらなんでまた……って、彼女……ですか……?」

特に何か無礼を働いたわけでもない、ただのコンビニバイトの女。
そして「彼女」と口に出した時の若頭の口調に、俺は雷に打たれたくらいの衝撃を受けた。
いつもの覇気が、50どころかゼロだと……?
寝言でさえも物騒な若頭の口から発せられた、一切威圧感も冷気も感じない声。
まさか……いやいや、若頭に限ってそんなこと……

「とにかく調べろ。明日の正午までだ」

詮索するなと言わんばかりに、声に恫喝が混じる。こう言われてしまっては聞き返すこともできず、俺は頷いた。
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