若様は難しいお年頃

古亜

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若様は呼び止めたい2

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軽い足取りで歩いていく彩葉は、全く俺に気付かない。
門を出てすぐに声をかければよかったんだろうか。でも結局タイミングを逃して今は彩葉から少し離れて付いていくしかなかった。
だけど声をかけたとしても……

『蚊取り線香も一緒に買ってこいって、瀧が』
『そうですか。若様がわざわざ、ありがとうございます!』

……ここで会話が終わる予感しかしない。俺がどこに行くのかと聞かれたとしても、彩葉がわざわざ休みを取ってわざわざどこに行っているのか気になっただけだ。
でも興味があるみたいになるのは嫌だから、暇だから外を歩いているなんて言えば、「お友達」と遊んできてもいいんですよとか言われるに決まってる。
俺にそんなの必要ないし、欲しくもない。
だが声をかけないと始まらない。かといって見つかっても会話が終わって終わりだ。
電柱の影から彩葉の方を見てどこで曲がるか確かめる。それで曲がったところからまた、どこに向かったのかを見る……どうして俺がこそこそ後をついて行かなきゃならないんだ。
彩葉は俺の家政婦……いや、別に俺の専属だと思ってなんて、というか専属の家政婦なんて俺には必要な……って、いねぇ!
どうでもいいことを考えてたら見失った。
別に彩葉が専属とか別にどうだっていいんだ!
蚊取り線香買ってこいって言うだけだ。そんな事すらできないなんて、この程度のお使いができなくてどうする。
子どもだと思われたくない。

『南通りの方に向かったと思いますよ』

瀧がそう言っていた。とりあえずそっちに行くしかない。
方向が同じならそのうち追いつくだろ。
そう思って通りまで来たが、彩葉らしい人影は見当たらない。
そもそも通りを歩いているのはほんの数人で、車がほぼ通らない道路の中央を野良猫が我が物顔で歩いている。
もういっそ自分で蚊取り線香を買って帰るかと、近くの薬局の方へ足を向けた。

「……でさ、てっちゃんが今日はいいところ見せるんだって」
「テツが?」
「コクハクするんじゃねーの?」

やたらと元気な声が寂れた通りでは目立った。
俺と同学年くらいの小学生が二人、前から歩いてくる。
声変わりもしていない高い声。俺の声も、彩葉からしたらこう聞こえているんだろう。
屋敷には小学生なんて俺しかいない。男ばかりのあそこで俺の声はどれくらい浮いているんだろうか。

「いいところ見せるってどうするんだよ」
「驚かせるから言わねーだって。今日はねーちゃん来るってはりきってた」

……ねーちゃん?
その言い方がどうにも引っ掛かった。
そいつの顔を見ると、どこかで見たことがある気がする。

「なんだよ」

目が合ったそいつは何も考えていなさそうに俺を見た。
間違いない。妙に彩葉に馴れ馴れしかったあのガキだ。

「なんで睨んでんだよ」

別に睨んでるつもりはない。なぜかイライラしてはいるが。
とりあえず気に入らないが、こいつなら何か知ってるかもしれない。

「カワくん知ってるやつ?」
「知らねーよこんなチビ」
「チビじゃねぇ!」

そんなに変わんねーだろ!それにお前らの身長くらい絶対すぐ抜かせる。ちゃんと牛乳飲んで寝てるからな。

「俺よりちっさいんだからチビだろ。てかお前のこと知らねーし。それより早く行こうぜ。もうみんな集まってるだろ」
「そうだな。行こーぜ」

そう言って二人は駆け足でどこかに向かっていく。
俺はそれを後ろから追いかけた。

「なあカワくん、あのチビなんなんだよ」
「知らねーって!」

バタバタと忙しい足音がコンクリートの塀で跳ね返って聞こえてくる。
何度か角を曲がり、やがて二人は石段を駆け上がっていった。
この先なのかと足を止める。
所々塗装の剥げた鳥居が立っていた。微妙に傾いたその鳥居の先には、苔の生えた狐の石像が2体向かい合っている。

「稲荷……?」

どうして彩葉はこんなところに用があるんだ?
稲荷なら商売繁盛だかでウチの庭の隅にも小さいのがある。そこでたまに藤沢あたりが神頼みしていたりするが、内容は大抵くだらない。
そんな事よりもこの先だ。
石の間から所々草が生えている石段を登っていくと、また鳥居があってその先には古めかしい建物があった。
一応人の手は入っていそうだが、はっきり言って寂れている。あの二人が俺から隠れるために逃げ込んだだけなんじゃないかという気がしてきた。
諦めて戻ろうかと思ったところで、建物の方から笑い声が聞こえてきた。一人や二人じゃない。

「めっちゃ怖かったんだよ。いや、嘘じゃねーって」
「勘違いじゃない?ここまで追っかけてきてないし」

……俺のことか?
その声は建物の裏側に近づくにつれて大きくなる。
中途半端に閉められた障子の隙間からは、中の様子が見えた。
子供が何人か集まって好き勝手しているようだった。すぐに話題は俺から逸れていって、誰かがうっかり川に落ちた話や何かで盛り上がり始める。

「ほら、そろそろお喋りはやめましょうね」

止まらない会話を止めたのは、のほほんと落ち着いた声。彩葉の声だった。

「白崎さんがいらっしゃる前に準備は済ませてしまいましょう」

……準備?
全員が鞄や棚の中から何かを出して準備を始める音がした。
硬いものを置く音や本を置く音、鉛筆が転がる音と、それは雑多だった。
いったい何をするつもりなのか。
半開きの障子の端に手をかけて中に入ろうとしたその時だった。

「おや、君は……?」

反射的に背筋が凍る。
こんなに近付かれて、その上背後まで取られたことに対する驚きと焦りだった。
咄嗟に振り返りざまに急所を狙おうと身体が動く。
しかし目の前にいたのは目を見開いた神主で、そんな表情でもどこか笑っているように見えるシワの刻まれた老人だった。
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