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お隣さんはヤクザさん
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「音頭どうする?嬢ちゃんの退院と就職と頭の恋愛成就祝いと、ついでに組の繁栄を祈って乾杯にするか」
「どうしてお前が音頭取ろうとしてるんだよ。あと何が成就だよ」
「組の繁栄がついででいいの?」
そこまで広くない卓を小原さん、呉田さん、そしてなぜか有以子が囲んでいた。
有以子は面接の手応えを聞かせてほしいとやってきて、そこでほとんど同時にやってきてしまった呉田さんと鉢合わせ。
そして早くも諸々の事情を知ってしまった有以子は0次会と称して持参したワインを開け始め、すっかり馴染んでいた。
「嬢ちゃんも飲んできたらどうだ」
「手伝いとしてつまみ食いしてるので大丈夫です」
吉崎さんはまだ料理を作るからと台所に立っている。
だから小原さん達も最初は頭より先に手を付けるのはとか言ってたけど、新入社員の接待は仕事だと言われて今は嬉々として有以子と喋っていた。
呉田さんも吉崎さんの料理を色々と食べることができてすごく上機嫌。
今吉崎さんが作っているのは水炊きで、帰る途中で私が食べたいといったものだ。
壁に穴が開いたと思っていた翌日に食べたあの料理。今回は作り始めから見ていたけど、すごく手間がかかっていたことが判明した。
鍋に具材をぽいぽい放り込んで出来上がり、ではなかった。
塩を振ってしばらく置いてから下茹でして、別の鍋でまた茹でる。しかも長時間。けどそれでいい出汁が取れて、その時点の汁だけでも美味しかった。
野菜はにんじんをお花形に……と思ったけど全力で止められた。輪切りでいいからと。
「これでできる。すぐ持ってくから嬢ちゃんも座ってろ」
「はーい」
取り分け用のお玉だけ持って私は卓に着席する。
その瞬間、横にいた有以子が私の手を掴んでお猪口を握らせた。
「ふらっと来ただけなのに先に飲んじゃってごめんね。でもこんな状況じゃ飲まなきゃコミュニケーションできないからさ」
うん。気持ちはわかる。私も吉崎さんが壁に穴を開けたその日に飲み会してたから。
あの時と同じ……それよりもたくさんの料理が小さい卓に所狭しと並んでいる。
ブリの照り焼きにもやしとニラのナムル、大根のサラダ、だし巻き卵、焼き枝豆、豚肉と玉ねぎの味噌炒め、きゅうりの浅漬けなどなど、お酒の肴にぴったりなものばかり。
「全部が全部美味しいから飲み過ぎちゃいそう。あ、ちゃんとセーブはしてるよ。主役がまだ飲んでないんだから」
「いいんだよこいつは日頃から散々頭の飯食ってんだから」
「……呉田さん酔うと変わるタイプなんですか?」
「いや、元々こういうやつだよ。外面がいいだけだ。頭大好きだから嬢ちゃんに対してあたりが強いってのもあるけど」
早くも呉田さんのいい代表さんという完璧な外面が剥がれていた。
有以子は外面なんてそんなもんですよと代表の背中を叩いている。
そうして賑やかな食卓を囲んでいると、中央の鍋敷きの上に土鍋が置かれた。穴から湯気が吹き出ている。
一同が固唾を飲んで見守る中、その蓋が開けられた。
ぶわっと湯気が立って、鶏の出汁の食欲をそそる匂いが辺りに広がった。
「すっごい美味しそう」
たっぷりの鶏肉と野菜が黄金色のスープに浸っている。前に食べたときよりも白菜はくったり煮えていて、にんじんは普通の輪切り。でもそれは私の好みで、私にできることだった。
「このままでもいけるが、ポン酢とゴマだれもある」
吉崎さんは小ぶりなビンに入ったポン酢とゴマだれを卓の上に置いた。
夢にまで見た吉崎さん作の水炊き。私は感動でちょっぴり震えていた。
「先に食べなよ。ほら、私がよそうから」
そう言って有以子は空の器に鶏肉と白菜、水菜をよそってくれた。
器越しにじんわりと伝わってくる温かさが嬉しい。
「いただきます」
まずはメインの鶏肉から。
プリッとしたもも肉はここからダシが出ていったことが信じられないくらいしっとりしている。
骨付きのお肉はお箸でほぐすだけでほろほろほぐれて綺麗に骨だけが残る。ほぐれた鶏肉の繊維に鶏の風味いっぱいの出汁が染み込んで完璧なマリアージュをみせる。
「んー、やっぱり美味しい!」
私のその語彙力を失った感想が合図だったように、有以子が人数分の器に水炊きを取り分け始めた。
「なにこれダシがすごい」
「水菜もうまいな」
「頭が1番時間かけた料理……臭みがほとんどねぇ。昆布もこれ利尻産の……」
大きめの土鍋を使ったけど、すぐになくなってしまいそうな勢いだった。私も負けじと参戦する。
めいめいに食べつつ感想を言い合っている中、吉崎さんと目が合った。
吉崎さんはほっとしたように優しく微笑んで、早く食わないとなくなるぞという目でちらりと鍋を見る。鍋の中身は早くも半分くらいになっていた。
「どうしてお前が音頭取ろうとしてるんだよ。あと何が成就だよ」
「組の繁栄がついででいいの?」
そこまで広くない卓を小原さん、呉田さん、そしてなぜか有以子が囲んでいた。
有以子は面接の手応えを聞かせてほしいとやってきて、そこでほとんど同時にやってきてしまった呉田さんと鉢合わせ。
そして早くも諸々の事情を知ってしまった有以子は0次会と称して持参したワインを開け始め、すっかり馴染んでいた。
「嬢ちゃんも飲んできたらどうだ」
「手伝いとしてつまみ食いしてるので大丈夫です」
吉崎さんはまだ料理を作るからと台所に立っている。
だから小原さん達も最初は頭より先に手を付けるのはとか言ってたけど、新入社員の接待は仕事だと言われて今は嬉々として有以子と喋っていた。
呉田さんも吉崎さんの料理を色々と食べることができてすごく上機嫌。
今吉崎さんが作っているのは水炊きで、帰る途中で私が食べたいといったものだ。
壁に穴が開いたと思っていた翌日に食べたあの料理。今回は作り始めから見ていたけど、すごく手間がかかっていたことが判明した。
鍋に具材をぽいぽい放り込んで出来上がり、ではなかった。
塩を振ってしばらく置いてから下茹でして、別の鍋でまた茹でる。しかも長時間。けどそれでいい出汁が取れて、その時点の汁だけでも美味しかった。
野菜はにんじんをお花形に……と思ったけど全力で止められた。輪切りでいいからと。
「これでできる。すぐ持ってくから嬢ちゃんも座ってろ」
「はーい」
取り分け用のお玉だけ持って私は卓に着席する。
その瞬間、横にいた有以子が私の手を掴んでお猪口を握らせた。
「ふらっと来ただけなのに先に飲んじゃってごめんね。でもこんな状況じゃ飲まなきゃコミュニケーションできないからさ」
うん。気持ちはわかる。私も吉崎さんが壁に穴を開けたその日に飲み会してたから。
あの時と同じ……それよりもたくさんの料理が小さい卓に所狭しと並んでいる。
ブリの照り焼きにもやしとニラのナムル、大根のサラダ、だし巻き卵、焼き枝豆、豚肉と玉ねぎの味噌炒め、きゅうりの浅漬けなどなど、お酒の肴にぴったりなものばかり。
「全部が全部美味しいから飲み過ぎちゃいそう。あ、ちゃんとセーブはしてるよ。主役がまだ飲んでないんだから」
「いいんだよこいつは日頃から散々頭の飯食ってんだから」
「……呉田さん酔うと変わるタイプなんですか?」
「いや、元々こういうやつだよ。外面がいいだけだ。頭大好きだから嬢ちゃんに対してあたりが強いってのもあるけど」
早くも呉田さんのいい代表さんという完璧な外面が剥がれていた。
有以子は外面なんてそんなもんですよと代表の背中を叩いている。
そうして賑やかな食卓を囲んでいると、中央の鍋敷きの上に土鍋が置かれた。穴から湯気が吹き出ている。
一同が固唾を飲んで見守る中、その蓋が開けられた。
ぶわっと湯気が立って、鶏の出汁の食欲をそそる匂いが辺りに広がった。
「すっごい美味しそう」
たっぷりの鶏肉と野菜が黄金色のスープに浸っている。前に食べたときよりも白菜はくったり煮えていて、にんじんは普通の輪切り。でもそれは私の好みで、私にできることだった。
「このままでもいけるが、ポン酢とゴマだれもある」
吉崎さんは小ぶりなビンに入ったポン酢とゴマだれを卓の上に置いた。
夢にまで見た吉崎さん作の水炊き。私は感動でちょっぴり震えていた。
「先に食べなよ。ほら、私がよそうから」
そう言って有以子は空の器に鶏肉と白菜、水菜をよそってくれた。
器越しにじんわりと伝わってくる温かさが嬉しい。
「いただきます」
まずはメインの鶏肉から。
プリッとしたもも肉はここからダシが出ていったことが信じられないくらいしっとりしている。
骨付きのお肉はお箸でほぐすだけでほろほろほぐれて綺麗に骨だけが残る。ほぐれた鶏肉の繊維に鶏の風味いっぱいの出汁が染み込んで完璧なマリアージュをみせる。
「んー、やっぱり美味しい!」
私のその語彙力を失った感想が合図だったように、有以子が人数分の器に水炊きを取り分け始めた。
「なにこれダシがすごい」
「水菜もうまいな」
「頭が1番時間かけた料理……臭みがほとんどねぇ。昆布もこれ利尻産の……」
大きめの土鍋を使ったけど、すぐになくなってしまいそうな勢いだった。私も負けじと参戦する。
めいめいに食べつつ感想を言い合っている中、吉崎さんと目が合った。
吉崎さんはほっとしたように優しく微笑んで、早く食わないとなくなるぞという目でちらりと鍋を見る。鍋の中身は早くも半分くらいになっていた。
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