お隣さんはヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
45 / 67

吉崎さんサイド(黒いあれ)

しおりを挟む
『じゃああとはあのハゲ社長に任せるって事でいいですか?』
「ああ。十分だ」

俺はそこで小原からの電話を切る。山田商事、この辺りの不動産屋だ。
ちょうどジジィの息がかかっていた会社だった。なんならジジィ相手に商売して稼いでいたような会社だ。その気になれば潰すこともできたが、今回は今後も取引を続ける代わりにいくつか条件を出した。
一応、嬢ちゃんの会社の取引先らしいからな。もし潰れたら今以上に嬢ちゃんが忙しくなるか、嬢ちゃんの会社も傾きかねない。
正直言って嬢ちゃんの会社が潰れるのは構わないんだが、嬢ちゃんは嬢ちゃんで頑張ってるからそれを壊すのは気が引ける。
何はともあれこれでひとまずジジィの件に関してはだいたい片付いた。そろそろ本格的に組の立て直しに入ることができる。問題は金か。親父の資産を持ち逃げしたやつも探さねぇと。
だがまあこの潜伏生活も終わり、か。
それを思うと、あのジジィにはもう少し生きててもらってよかったかもしれねぇな。
ここに住み続ける事は難しいが、嬢ちゃんの隣人の場所を確保するためなら家賃くらい払う。
さっきまで小原と電話していたスマホを見下ろすと、通知のマークが出ていた。確かめてみると、チェックしているSNSに何か投稿されたという事だった。
……まさか、今時の弁当の流行りをチェックするために自分がそれを始めるハメになるとは思わなかった。
不摂生を見かねて飯を作っただけだってのに、まさかここまで入れ込んじまうとはな。
そんな事をしみじみと考えながらスマホをタブレットに変えて記事を読んでいると、ポスターが捲られる音がした。嬢ちゃんか。

「よ、吉崎さん!」

なぜか焦った口調で名前を呼ばれ、こんな時間に珍しいなと思いながら顔を上げる。
そこで俺は顔を上げたことを少し後悔した。

「こんな時間にどうした。それにその……」

格好はどういうことなんだ?
そう続けようとしたら食い気味に言葉を遮られ尋ねることが出来なかった。
黒いのが……って、あれかゴキブリか。

「その名前出さないでください!」
「いや、たかがゴ……虫だろ。それより……」

服を着てくれ。
現れた嬢ちゃんはどういうわけか上半身が下着姿だった。
目のやり場に困る。
だが部屋にゴキブリが出たことがよっぽど嫌なのか、嬢ちゃんは自分の格好に全く気付くことなく若干潤んだ目で俺を見る。

「吉崎さんにとってはたかが虫でも、私にとっては恐怖の対象でしかないんです!」

言っていることはわかったんだが、その格好でそんな顔をされるとどうも雑念が入る。
妙な気を起こす前にと、つい目を逸らしてしまった。

「……退治すればいいのか?」
「いいんですか!?」
「そのつもりで来たんだろ」

できるだけ首から上だけを見るようにしてそう言うと、嬢ちゃんは救世主に出会ったような目で俺を見た。
格好さえそれじゃなけりゃな……
服についてはいったん気にしないようにしよう。ただでさえゴキブリで動揺している嬢ちゃんが余計に動転する気がする、というかややこしすぎることになる。

「プリン10個でも20個でも買ってきます!お願いします!足りなかったら何でもおっしゃってください!買ってきます!」
「あ、ああ……」

正直プリンがいくつとかこの状況からしたらどうでもいいんだが、それで嬢ちゃんが納得するならそうすればいいと思う。
俺は立ち上がって引き出しを開ける。そこに入れてあったゴム手袋を右手につけた。
素手でやれないこともないが、洗うとはいえその手で調理された料理を嬢ちゃんは食べ……いや、嬢ちゃんの事だから明日の朝には忘れてるか?
まあせっかく出したんだから使うか。俺だって好き好んで素手で叩きたくはない。それにこれなら叩いた後外すときにひっくり返せば袋代わりになる。

「で?どこに出たんだ?」
「お風呂の前の、洗濯機とか置くとこです」

ああ、その中途半端な格好は風呂に入ろうとしたときに見ちまったからか。
あんまり見ていたら気付かれそうだから、さっさと現場に向かうことにした。前に、というか嬢ちゃんと会った日の夜に酔い潰れた嬢ちゃんの代わりに風呂を掃除したことがあるから間取りはだいたいわかっている。
それで洗濯機の前……ああ、こいつか。
とりあえず殺して殺菌しとけば嬢ちゃんも安心するだろ。
狙いを定めて手を振り下ろす。
……そういえば、水色だったな。
そんなどうでもいいことを思い出してしまったからなのか、ゴキブリは持ち前の機敏さを生かして洗濯機の下の隙間に消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA
恋愛
 精霊魔法が盛んな国の、精霊魔法で有名な家門に、精霊魔法がまったく使えない『技能なし』として生まれた私。  精霊術士として優秀な家族に、『技能なし』でも役に立つと認めてもらいたくて、必死に努力していた。  そんなある日、魔物に襲われた猫を助けたことが発端となり、私の日常に様々な変化が訪れる。 『成人して、この家門から出ていきたい』  そう望むようになった私は、最後の儀が終わり、成人となった帰り道に、魔物に襲われ崖から転落した。  優秀な妹を助けるため、技能なしの私は兄に見殺しにされたのだ。 『精霊魔法の技能がないだけで、どうしてこんなに嫌われて、見捨てられて、死なないといけないの?』  私の中で眠っていた力が暴走する。  そんな私に手を差しのべ、暴走から救ってくれたのは………… *誤字脱字はご容赦を。 *帝国動乱編6-2で本編完結です。

破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます

時岡継美
ファンタジー
14歳のある日、突然ここが前世でハマっていた乙女ゲーム「遥かなる茜空」の世界であることを悟ったドリス。自分がストーリーの途中で死ぬ運命にある悪役令嬢に転生していることに気づいた。 あと5年で死んでしまうだなんて冗談じゃない。なんとしてでも生き延びて幸せになってやる! 目指したのは家族が幸せになる平和で明るい未来。 ゲームに登場する3人のヒロイン役を味方につけ、前世でのゲームの知識を駆使して死の運命に敢然と立ち向かううちに、どういうわけかドリスを死に追いやるはずの執事オスカーが溺愛してきて……? ヒロインの奮闘を描く異世界転生ラブロマンス。 ☆カクヨムにも掲載しております。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...