お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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吉崎さんサイド(おでん)

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別に嬢ちゃんに聞かれて困る内容でもねぇし客観的な意見もたまには聞いとくか、と思って喋らせたが……呉田の中で滅茶苦茶美化されてんな、俺。
確かに呉田におでん食わせたのは事実だが、あの日は確か雪なんて降ってなかったぞ。
ちょうど隣町の事務所にカチコミに行った帰り、通り道のスーパーで玉子が安かったから近道でその路地裏に行ったらガキがやられてて、邪魔だったから殴って終わらせただけだ。
ただそれだけであの時俺は呉田の顔すら見てなかったんじゃないかと思う。むしろその日は玉子が最後の2パックになってて後ろからゆっくり近付いてきてた婆さん用に残したから1パックしか買えなかったんだっけか。
そのせいで事務所戻って飯作る時に玉子足りなくなったんだよな。今さら思い出したところでどうにもならねぇけど。
次の日からはその頃の若頭の付き添いで北陸に行ってたな……てか、その時もこいつ事務所前にいたのか。
確かに戻ってからずっと事務所の周りウロウロしてる妙なやつがいるとは聞いていた。
話を聞いたやつに尋ねたら名前も顔もよく覚えてねぇやつを待ってるらしいとか言われたな。今思えば、名前も顔もわからないやつをよくあのクソ寒い時期に待ってたなと思う。
……まさかその名前も顔もわからないやつが俺だとは思わなかった。
飯を買いにどこかに行く以外はずっといたらしい。さすがに事務所前で凍死されるのは洒落にならねぇから、最終的に俺が叩き出しに行ったら、見つけたとか言われたわけだ。
満足そうな顔で目を閉じようとしやがって。
俺のせいで凍死しかけたみたいじゃねぇか。
と、まあそんな感じで呉田はその日以降俺にくっ付いてくるようになった。

「頭はすげぇよ。それをジジィどもが認めたくねぇだけだ」

呉田は嬢ちゃんが持ってきた酒を片手にまだ喋る。さっきから実際の出来事を2~3倍に誇張して喋ってねぇか?
なんだ素手で熊とやり合ったって。俺はどこのマタギだ。いや、マタギでも素手ではやり合わねぇだろ。

「呉田さんは吉崎さんのことなんでもご存知なんですね」
「当たり前だろ。頭のことなら足のサイズから好きな猫の種類まで知ってる。ロシアンブルーだ」
「吉崎さん、猫好きなんですか!?」

嬢ちゃんは妙なところで食い付いた。
てかどうして知ってんだ呉田。確かに猫の中じゃいいとは思うが、どっちかといえば俺は犬派だ。
……と言ってしまうと犬っぽいこいつらを認めるようでどうも癪だ。

「それはどうでもいいだろ。それより呉田、どうしてわざわざ来た。お前が何の手土産もなく俺のとこに来るわけねぇ」

呉田はこういう奴だが、無駄なことはしない。俺が隠れていることも知っているはずだ。その上で俺に会いに来たのなら、何か収穫があったんだろう。
あとこれ以上嬢ちゃんに妙なことを吹き込まれたくない。

「ええ、その通りですが……いいんですか」

呉田はちらりと嬢ちゃんの方を見る。
内輪のことを聞かれてもいいのか、ということだろう。嬢ちゃんも察して立ち上がろうとしていた。

「多少聞かれたところで問題ない」
「でもこの女が他と繋がってねぇって保証は……」
「それは俺が保証する。でもまあ、確かにここで話す内容じゃねぇか」

嬢ちゃんに聞かれたところで問題はないだろうが、万一ということもある。知らねぇ方が嬢ちゃんのためだろう。

「俺の部屋に行ってろ。片付けたら聞く」
「え、片付けは俺がしますよ」
「いいから待ってろ」
「わ、私のことは気にしないでください。そうです、お風呂!お風呂入ってますから!」

そう言うなり嬢ちゃんは浴室へと姿を消した。部屋移るから気にするなと言ったが、聞こえなかったのか止める間もなかった。
残された俺と呉田はどうしたものかと考えたが、もう行かれてしまった以上どうにもならない。

「……片付けながら聞く。皿片付けろ」
「は、はい」

呉田は微妙な顔で嬢ちゃんがいるであろう浴室の方を見る。そうだよな。着替えもなしに風呂には行けねぇよな。あと、仮にも初対面の男の前で風呂って……せめてコンビニに買い物とかにしとけ。
流しに立って呉田が運んできた皿を洗う。自分が洗うと言いたげだが、俺は話を聞くだけだからそれでいい。

「で?何を掴んだ」

俺がこうして身を隠しているのは今後の出方を伺うためだ。
先代の組長、遠野の親父が死んで遠野組の内部だけではなく外も荒れている。混乱している間に美味しいところを掠めとろうとする奴ら、俺をよく思っていないジジィども、日頃から張っている警察。俺がいない間の動向を知りたかった。

「ジジィが藤原組の幹部と接触しました。薬でしょうね。あと江川の叔父貴と連絡が取れません」
「遠野の親父がいなくなった途端にこれか」

親父は薬の商売を嫌っていた。確かにシノギとしてはいいだろう。今時どこも厳しい。昔ながらのやり方だけでは首が回らないのも事実だ。
それをジジィどもは手っ取り早く薬で解決するつもりだろう。裏社会で生きている立場からすれば、その解決方法は間違いではない。俺だって組の立て直しを考えたときに薬やら詐欺やらについてはそれなりに考えた。
ここに潜伏している間に考えていた解決策も、半分以上がそんな内容だったんだから。

「組長を引き継いだ俺がこのザマだ。これじゃ親父に合わせる顔がねぇ」

真っ当な道を外れちまった奴らの受け皿が、ただの犯罪者集団になっちまう。親父から受け継いだそれを、俺の代で壊したくはなかった。
それにこれ以上外れちまったら、二度と戻れなくなる。

「あの女にも、ですか」

呉田は苛々を隠すことなくちらりと廊下に続く扉を見る。
薄暗い曇りガラスの向こうに嬢ちゃんの脚がうっすら浮かんで見えていた。着替えも持たずに風呂に行くと慌てて出て行って、どう出て行けばいいかさっきからあのままずっと悩んでいるらしい。

「……まあな」

美味いと笑う嬢ちゃんの顔、何気無い会話、ありがとうという単純な一言。
今は受け止められるそれらが、いつか罪悪感に変わるのが怖い。真っ当な生き方をしてる嬢ちゃんからもたらされるそれらは、本来俺のような人間に許されるものではないのだから。

「ジジィどもを止める理由はそれだけでも十分だ」
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