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ヤクザさんとおでん3
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お腹いっぱいになったなぁと鍋を見ると、具がまだそれなりに残っていた。
「明日は明日で味が染みる」
なんてことだ。これ以上これが美味しくなるの?もうちょっと残しとけばよかったかな。
そんなことを思いながら片付けを手伝う。
もう11時近い静かな時間。唐突に部屋のチャイムが鳴った。
ビクッと肩が震える。誰がなんでこんな時間に?
咄嗟に吉崎さんと小原さんを見る。
二人とも先ほどまでとはまるで別人のような表情を浮かべていた。率直に申し上げると、滅茶苦茶怖い。
「悪いが、見てくれねぇか」
静かな低い声で吉崎さんは言う。私は黙って頷いた。
そろそろと足音を忍ばせて玄関に向かい、ドアスコープを覗き込む。
け、警察……?
私は振り返って居間の方を見る。様子を伺っていた吉崎さんに口の動きで警察と伝えた。
どういうわけか人数を聞かれたので指を一本立てる。
すると、コンコンと扉をノックされて名前を呼ばれた。まあ電気付いてるし、居留守は無理だよね。
「……はい」
一応チェーンをかけた状態で対応する。ドアスコープ越しに見た警察官の男が1人、扉の前に立っていた。
「ええと、何のご用でしょうか」
恐る恐る尋ねると、お巡りさんは人の良い笑みを浮かべて私に警察手帳を見せる。
「コスプレじゃありませんよ。警戒なさらないでください。阿底野署の呉田です。このごろ物騒ですから、少々聞き込みを。最近、この辺りで空き巣が多発してるのご存知ですか?」
「いえ、知らないです」
空き巣?そうなんだ。正直この辺りで何が起こってるとか全然知らない。だって基本夜以外いないから。
でも空き巣の話ってことは、吉崎さんのことは関係ないのかな。
それなら、そこまでビクビクしなくていいかな。
「一人暮らしは狙われやすいですからね。このアパートは一人暮らしの方ばかりでしょう。何度か来ているんですが、いつ来てもいらっしゃらないのでこの時間に」
「そのためにわざわざ?ありがとうございます」
「いえいえ。差し支えなければ教えていただきたいんですが、いつも帰宅は遅いんですか?」
「まあ、そうですね。10時とか、遅い時は終電のときもありますね」
そう言うと、お巡りさんはわずかにうんうんと頷いていた。そしてふいに鼻を少し動かした。
「……おでん、ですか?」
「はい、そうです」
匂いでわかったのかな。まあとてもいい匂い漂わせてるもんね。
「お一人で?」
「ま、まあ、そうですね。一人暮らしですから」
確かにおでんってあんまり一人暮らしが1人で食べる料理じゃないかも。
「コ、コンビニで買ったんです」
ごめんなさい吉崎さん。コンビニおでんはおでんで美味しいから許してください。
「そうですか。まあお話伺う限り、お仕事忙しいようですしね」
「そうなんですよね。ブラック寄りなので」
寄りというかブラックだけど。ブラック以外の何物でもないけど。
でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。とりあえずお帰りいただけませんか。後ろ暗いわけではない……はずだけど、警察の人がいるってだけでどうも緊張してしまう。
夜分にお疲れ様です。泥棒ですね、ご忠告痛み入ります。
「……このおでんは日本酒の燗が合いますよ。お好きなら明日にでも試してみてください。できれば純米酒で」
お巡りさんはそう言って微笑んだ。
日本酒の燗かぁ。確かに冬だし燗もいいかも……というのは心のメモ帳に書き留めることにしとこう。
「それでその、もういいですか?そろそろ片付けたいので」
「そうですね。確認もできました」
こんな時間まで確認ってお巡りさんも大変なんだな。
お巡りさんが去っていくのを見送って扉を閉める。
「……あー、緊張した」
吉崎さんと小原さんというヤクザさん×2と仲良くおでんつついてたなんて問題ありすぎた。悪いことはしてないつもりだけど、心臓に悪い。
居間に戻ると2人の姿がなくなっていて、2人のお箸と器も消えていた。パッと見ただけなら私が1人で大きい鍋でおでん食べてた図になってる。全く物音とかしなかった。さすが吉崎さん。
もう大丈夫ですよと伝えようと隠し扉に近付くと、ひとりでに開いて吉崎さんが顔を出した。
「……大丈夫だったか?」
「このごろ空き巣が多いから注意してくださいだそうです。こんな夜遅くに1人で、お巡りさんも大変ですね」
「1人か……まあいい。他には何か言われたか?」
他にはって言われても、お巡りさんの用事は空き巣に注意してくださいだけだろうし……
ちょっと考えてる間に吉崎さんと小原さんが扉から出てきた。
「万が一ってのもある。できれば教えてくれ」
「でも、私の帰宅が遅いってこととおでんの話しかしてないですよ?そういえばおでんは日本酒の燗が合うって言ってました」
そう言うと、吉崎さんと小原さんはちらっと顔を見合わせた。まあそうですよね。なんでおでんの話してるんだって思いますよね。
「それだけか?」
「はい。阿底野署の人って言ってました。警察手帳も、本物初めて見ました」
「明日は明日で味が染みる」
なんてことだ。これ以上これが美味しくなるの?もうちょっと残しとけばよかったかな。
そんなことを思いながら片付けを手伝う。
もう11時近い静かな時間。唐突に部屋のチャイムが鳴った。
ビクッと肩が震える。誰がなんでこんな時間に?
咄嗟に吉崎さんと小原さんを見る。
二人とも先ほどまでとはまるで別人のような表情を浮かべていた。率直に申し上げると、滅茶苦茶怖い。
「悪いが、見てくれねぇか」
静かな低い声で吉崎さんは言う。私は黙って頷いた。
そろそろと足音を忍ばせて玄関に向かい、ドアスコープを覗き込む。
け、警察……?
私は振り返って居間の方を見る。様子を伺っていた吉崎さんに口の動きで警察と伝えた。
どういうわけか人数を聞かれたので指を一本立てる。
すると、コンコンと扉をノックされて名前を呼ばれた。まあ電気付いてるし、居留守は無理だよね。
「……はい」
一応チェーンをかけた状態で対応する。ドアスコープ越しに見た警察官の男が1人、扉の前に立っていた。
「ええと、何のご用でしょうか」
恐る恐る尋ねると、お巡りさんは人の良い笑みを浮かべて私に警察手帳を見せる。
「コスプレじゃありませんよ。警戒なさらないでください。阿底野署の呉田です。このごろ物騒ですから、少々聞き込みを。最近、この辺りで空き巣が多発してるのご存知ですか?」
「いえ、知らないです」
空き巣?そうなんだ。正直この辺りで何が起こってるとか全然知らない。だって基本夜以外いないから。
でも空き巣の話ってことは、吉崎さんのことは関係ないのかな。
それなら、そこまでビクビクしなくていいかな。
「一人暮らしは狙われやすいですからね。このアパートは一人暮らしの方ばかりでしょう。何度か来ているんですが、いつ来てもいらっしゃらないのでこの時間に」
「そのためにわざわざ?ありがとうございます」
「いえいえ。差し支えなければ教えていただきたいんですが、いつも帰宅は遅いんですか?」
「まあ、そうですね。10時とか、遅い時は終電のときもありますね」
そう言うと、お巡りさんはわずかにうんうんと頷いていた。そしてふいに鼻を少し動かした。
「……おでん、ですか?」
「はい、そうです」
匂いでわかったのかな。まあとてもいい匂い漂わせてるもんね。
「お一人で?」
「ま、まあ、そうですね。一人暮らしですから」
確かにおでんってあんまり一人暮らしが1人で食べる料理じゃないかも。
「コ、コンビニで買ったんです」
ごめんなさい吉崎さん。コンビニおでんはおでんで美味しいから許してください。
「そうですか。まあお話伺う限り、お仕事忙しいようですしね」
「そうなんですよね。ブラック寄りなので」
寄りというかブラックだけど。ブラック以外の何物でもないけど。
でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。とりあえずお帰りいただけませんか。後ろ暗いわけではない……はずだけど、警察の人がいるってだけでどうも緊張してしまう。
夜分にお疲れ様です。泥棒ですね、ご忠告痛み入ります。
「……このおでんは日本酒の燗が合いますよ。お好きなら明日にでも試してみてください。できれば純米酒で」
お巡りさんはそう言って微笑んだ。
日本酒の燗かぁ。確かに冬だし燗もいいかも……というのは心のメモ帳に書き留めることにしとこう。
「それでその、もういいですか?そろそろ片付けたいので」
「そうですね。確認もできました」
こんな時間まで確認ってお巡りさんも大変なんだな。
お巡りさんが去っていくのを見送って扉を閉める。
「……あー、緊張した」
吉崎さんと小原さんというヤクザさん×2と仲良くおでんつついてたなんて問題ありすぎた。悪いことはしてないつもりだけど、心臓に悪い。
居間に戻ると2人の姿がなくなっていて、2人のお箸と器も消えていた。パッと見ただけなら私が1人で大きい鍋でおでん食べてた図になってる。全く物音とかしなかった。さすが吉崎さん。
もう大丈夫ですよと伝えようと隠し扉に近付くと、ひとりでに開いて吉崎さんが顔を出した。
「……大丈夫だったか?」
「このごろ空き巣が多いから注意してくださいだそうです。こんな夜遅くに1人で、お巡りさんも大変ですね」
「1人か……まあいい。他には何か言われたか?」
他にはって言われても、お巡りさんの用事は空き巣に注意してくださいだけだろうし……
ちょっと考えてる間に吉崎さんと小原さんが扉から出てきた。
「万が一ってのもある。できれば教えてくれ」
「でも、私の帰宅が遅いってこととおでんの話しかしてないですよ?そういえばおでんは日本酒の燗が合うって言ってました」
そう言うと、吉崎さんと小原さんはちらっと顔を見合わせた。まあそうですよね。なんでおでんの話してるんだって思いますよね。
「それだけか?」
「はい。阿底野署の人って言ってました。警察手帳も、本物初めて見ました」
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