お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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ホワイトな日と黒いあれ3

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「で?どこに出たんだ?」
「お風呂の前の、洗濯機とか置くとこです」

吉崎さんはゴム手袋を装着して臨戦態勢に入っていた。私なら手袋越しでも無理だ。というかそこまであれに接近できない。
邪魔になりたくないというのともし飛びかかられたりされたら……とか思うと怖いから居間の方からひっそりと覗いているけど、吉崎さんの背中しか見えないな。
とりあえず叩くのかな?と思いながら吉崎さんの動きを待っていると、ドンと床を叩く音がして肩がびくっとなった。
仕留めた……のかな?

「あの、倒せましたか……?」
「……悪い。逃げられた」

ひえっ!
慌てて足元を確認するけど、黒い影等は見当たらない。

「え、え……どこ、どこに逃げたんですか?」
「洗濯機の裏だな。嬢ちゃん、殺虫剤持ってるか?」

裏か。さすがに退かすのは……それにどかしたところで他のところに逃げられてしまう。殺虫剤で追い出すのかな。でも……

「マースジェットしかないですけど、あれ蚊とかハエ用ですよね?」
「一応ゴキブリにも効くはずだ。持ってきてくれ」

そうなんだ。じゃあ使っておけばよかったのかな?いや、吉崎さんの一撃から逃げ果せるようなレベルのあれ相手に私ごときが戦えるわけがないか。
とにかく、今は殺虫剤。
棚の上に置いてあったマースジェットを取って渡す……え、でもどこにあれが潜んでるかわからないところに足を踏み入れるのは、そうしたいのは山々だけど怖くて無理!
吉崎さんには申し訳ないけど戸の間から腕を精一杯伸ばして殺虫剤を持つ。吉崎さんは受けとってくれた。

「あの、どうにかなりますか?」

返事はない。あんまりにも私が怯えすぎて呆れられたのかな。

「すみません、なにもできなくて」
「苦手なら仕方ねぇよ。なんとかするから俺の部屋で待ってろ。でもそんなにすぐには終わりそうにないな。倒しとくからその間に風呂でも入っとけ」
「いやでも、吉崎さんに悪いですし」

それにそもそもそこにあれがいるんですよね……どこから飛び出してくるかわからない恐怖に怯えることになる。

「明日も仕事あるんだろ。俺の部屋の使えよ。元々入ろうとしてたんだろ?」
「まあ、入ろうと……ん?」

そうだ、私はお風呂に入ろうとしていた。
どうしてそれを吉崎さんが知っているのか。あれの出現場所が脱衣所だから、ではなくて……

「そそそ、そうですね!お言葉にに甘えさせていただきます!」

わた、私はなんて格好を……!
あれが出た衝撃で頭から消し飛んでたけど、私、お風呂に入ろうとして服脱いでる途中だったんだ!
上、下着だけ。手にブラウス持ってたのにね!握り締めすぎてシワが寄っちゃってるね!
そりゃあさ、見せたところですっきり平らだからどうってことないけど、むしろ逆にお見苦しいものをお見せして申し訳ないレベル。

「す、すみませんでした!」

咄嗟に戸の後ろに隠れたから頭下げても見えてないだろうけど、とにかく失礼しました!
居た堪れなくてクローゼットから着替えを引っ掴んで吉崎さんの部屋へ。
そうして完全に勢いで吉崎さんの部屋のお風呂の前まで来てしまったけど、いいのかな。一応男の人だし……ちらっと覗いた感じお湯は貼ってあるけど、うーん。
けど吉崎さんなりの配慮というか、好意だからなぁ。気にしすぎる方がかえって失礼な気もするし、何より戦力外の私が戻っても結局戦力外だ。
とりあえず、シャワーだけお借りしよう。
同じアパートで造りも見た目も全く一緒のはずなのに、人のお家となるとどうも緊張する。

「お、お邪魔しまーす……」

誰がいるわけでなく、というかいたらまずいけどなぜかそれが口を突いた。
シャワーのお湯の温度を調節して髪を濡らす。シャンプーはどれかな……あ、これメンズのシャンプーだ。自分の持ってこればよかったのかもしれないけど、そもそも持ってこられないな。
ということはこれを使うしかないか。髪に合わないのは困るから、少しだけとって毛先に付けてみる。
……使い心地は普通のシャンプーと変わらなかった。
それならと適量取って髪全体に馴染ませる。
いつも使ってるシャンプーとは違う匂い。
吉崎さんはいつもこれ使ってるんだ……男の人の部屋のお風呂使う事になるなんて思わなかったからな。世の中の恋人同士とかはこんな……いや、恋人?
そこで突然私の頭がフリーズして、シャンプーを泡立てていた手もぴたりと止まる。
しばらくそのまま、肩が少し冷えてくるまで停止していた。どうにもざわざわする。
いやいや、違う違う。これは吉崎さんの純然たる好意だから。むしろそんな風に考える方が失礼だよね。どちらかのと言えば吉崎さんはお母さん……これはこれで失礼だな。
とにかく、他意はないということでシャワーはお借りしよう。お母さんみたいなお隣さんにシャワーを借りる。うん、そう思えば問題ないか。
そんなことを考えながら手を動かしているうちに、胸のざわつきもおさまっていた。
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