幸薄女神は狙われる

古亜

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お風呂から上がってリビングに戻ると、三島さんが誰かと電話をしていた。
何かを真剣に話し合っているようだったけど、私の姿に気付いた三島さんは電話を切る。

「電話、よかったんですか?」

聞かれちゃまずい内容だったら玄関あたりで待機してますけど。

「ああ、気にするな。話は大体終わってる。何か飲むか?いや、それより飯か……?」
「お、お構いなく。そんなにお腹も減ってないので」

そういえばコンビニでサラダ買ったけど、落としたんだった。勿体ないことをしてしまったな。
いや、今はそれどころじゃなくて、三島さんにひと言……

「そうか。まあ、どうせ冷凍かレトルトしかねぇんだが。夜中でも腹減ったら勝手に食っていいぞ」

三島さんはそう言ってキッチンに行ってお湯を沸かす。自分用のコーヒーを淹れるようだった。
やがてコーヒーのいい香りがしてくる。もう22時過ぎてるけど、こんな時間に飲んで眠れなくならないんだろうか。

「……どうした?」

コーヒーを淹れているところをじっと見てしまったからか、三島さんは怪訝な顔で尋ねる。物欲しそうな感じに見えたんだろうか。
違うんです。ただひと言お伝えしたいだけで……

「お、お水いただけますか」

違う。言いたいのはこんなことじゃない。
けど三島さんは優しいから、わざわざ冷蔵庫からペットボトルに入った水を取ってきてくれる。

「……まあ、座れよ」

三島さんはダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら、正面の椅子を私に勧めた。

「さっき伊崎……親父の部下にあんたを保護したと伝えた。急で悪いが明日、蓮有楽会の本部に行ってもらう」
「明日、ですか」

ペットボトルの蓋を開けようとした手が止まる。
さっきのようなことがあった後だ。そもそも外出して大丈夫なのか。

「親父の直属の部下たちが迎えにくるから、途中で襲われることはねぇだろ」
「え、えっと、三島さんは……」

もしかしてそこで引き渡されたら、もう三島さんの手を離れることになってしまうのか。
ひとりで蓮有楽会の本部に行く心の準備なんてできてませんよ。

「俺も同行する。説得はしたが、色々決める時間がいるだろ?親父に説明して、できるだけあんたの意志が尊重されるようにしねぇと。親父のお気に入りの中にもろくでもないやつがいるからな」

三島さんはたぶん、私が思う以上にたくさん考えてくれている。考えた末に、自分にできることを提示してくれているんだろう。

「明日決めろとは言われねぇと思うが、親父は結構気が短い。適当なやつを勧める事はねぇだろうが、俺の主観でよけりゃ相談に乗るから、いつでも連絡……」
「しません。そんな相談、できません」

握っていたペットボトルがパキッと音を立てる。気付かないうちに手に力が入って、僅かにペットボトルが歪んでいた。
三島さんは苦しげな表情で私の手元を見ている。

「いきなり話が進み過ぎたな。悪い。体調不良とか理由をつけりゃ、もしかすると2日くらいなら引き伸ば……」
「三島さんです」
「は?」
「三島さんなら、私、今すぐ決めます」

……言ってしまった。
三島さんは口元を半開きにしたまま、これまでに見たことがないくらい動揺しきった目で私を見る。
それはそうだ。昨日話をしてくれた時、私の結婚相手候補をあらかじめリストップしてくれていたくらいだから、三島さんは私と結婚するなんて考えていないんだろう。

「わかってます。でも、三島さんしかいないんです」

三島さんには迷惑しかかけてないし、当然の反応かもしれない。
けど、私が頼ることのできる相手は本当に三島さんしかいない。三島さんがいるから了承したようなものだ。

「本当にすみません。私が三島さんを選んだら、三島さんが不幸になることもわかってるのに……」
「いや、待て。なんであんたが俺を選ぶと俺が不幸になるんだよ」

三島さんは戸惑いながら口を開く。その声は久々に声を発するように掠れていた。

「だって、好きでもない女と結婚するんですよ」
「そりゃあ、あんたもだろ」
「いえ、私は好きですか、ら……あっ」

あまりにも自然に口を突いた言葉に、自分で驚いて思わず口を塞ぐ。
とはいえ一度口から出た言葉は取り消せないし、むしろこれを取り消すと三島さんを否定してしまうことになる。
脳が情報を処理しようと頑張っているのか、心臓がバクバクしてうるさい。加えて顔全体がカイロを押し付けられてるみたいに熱かった。
咄嗟に顔を隠しても、耳まで熱いのがわかるから三島さんには見えているはず。そう思うと余計に恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
沈黙が耳に痛い。
耐え切れず私は手元の水を一気に3分の1ほど飲む。熱いからかやけに冷たく感じたけど、それが頬や耳の熱を奪ってくれるということはなかった。

「……悪い、風呂行ってくる」

三島さんはそう言って立ち上がると、ふらふらぎこちない動きで廊下の方へ向かう。
テーブルの上に残されたコーヒーはまだ微かに湯気を立てていて、私はぼんやりそれを眺めていることしかできなかった。
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