幸薄女神は狙われる

古亜

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しばらくして運ばれてきたのは、5種類の小さな手毬寿司だった。海老、サーモン、マグロ、玉子、キュウリの手毬寿司が2つずつ。

「どっちかにワサビが大量に入ってる」
「運試しなら、じゃんけんとかコイントスとかでもいいんじゃないですか?」
「実害がねぇとただコイン投げただけになるだろ。それとも、何か賭けるか?」

さすがにヤクザと賭けはまずいでしょう。
でもこんなパーティゲームみたいなので……と思ったけど、そういえばこの手のやつでハズレ以外引いたことあったっけ?

「俺が女将に言って作らせたから、あんたが先に取れ」

まあその方が公平なのはわかる。わからないのは、ヤクザさんの口からパーティゲームみたいな提案が出たことだ。
……というかあの女将さん、ワサビたっぷりの寿司で運試しを始めるこの状況に対して、何も言わなかったな。私だったらめちゃくちゃ困惑するよ?さすがプロ。
そんな事を思いながら、私は目の前に並んだ可愛らしい手毬寿司を眺める。
見た目はどこからどう見ても美味しそうな手毬寿司。本当にこの中に大量のワサビ入りなんて恐ろしいものが紛れているんだろうか。
まあ、見た目は一緒だから適当に取ればいいか。
私は特に何も考えず、海老の手毬寿司を取る。三島さんも、残った方の海老を取った。
いざ、実食。

「んんんっ!!!」

噛んだ瞬間、口いっぱいに広がったのはツーンとしたワサビ特有のあの辛味。鼻に抜ける刺激は想定を遥かに超えて、粘膜がワサビになったかと思った。
さすが高級な和食屋。ご丁寧にきめ細かく滑らかにすり下ろされたワサビは、辛味が鮮烈だ。それが海老の裏側にこれでもかと塗られて、米の中にも具みたいに入ってた。
私は悶絶しながらも、お茶でなんとか流し込んだ。
他のものを食べて少し落ち着いたけど、まだ鼻がスースーする。

「……やめとくか?」

そんなに辛いのかこれ、と三島さんは若干引いていた。あなたが作らせたんでしょうが。

「まあ、せっかく作っていただいたので」

完全におふざけな気もするけど。
私はサーモンの手毬寿司を取って食べた。

「ううううっ!!」

少し落ち着いたと思ったのに。口と鼻が悲鳴を上げてる。
咀嚼もままならず、私は再びお茶で流し込む。
三島さんは私が悶絶しているのを見つつ、普通に美味しいであろうサーモンを食べていた。
私だって普通の美味しいのが食べたい。確率的にはまだ4分の1。手毬寿司は5種類だから最終的に全部ワサビを引く確率は32分の1だ。さすがに一度くらい三島さんもワサビを引くはず。
この際だから、これを食べた三島さんの反応が見たい。
……なんてちょっと期待したけど、私の運の無さがしっかり機能した。

「ゔゔゔっ……」

私は口を押さえながら残った手毬寿司を見る。
最後はキュウリ。中央に乗ったイクラが無害そうに私を見つめていた。
今のところ4種類全てワサビ入り。
おかしい。32分の31の確率でひとつくらい三島さんの口にワサビがいくはずだ。
私は祈るように天井を仰いで、最後のひとつを選ぶ。
三島さんも恐る恐るといった様子で手毬寿司を取った。
きっと美味しいお寿司なんだろう。でも、4連続のワサビ攻撃で私の口は麻痺していた。
そして……5連撃目。見事、全弾命中。
補充を頼まなかったのでお茶はとうに尽きて、私はただただ悶絶していた。

「ほら」

みかねた三島さんが自分のお茶をくれた。ノンアルビールしか飲んでないから口は付けてない、と追加の配慮をいただいたけど、そんなのもはや気にしないレベルで口の中が大惨事なので、私はお礼もそこそこにそのお茶を飲む。
飲み終わってもまだヒリヒリしてる。

「本物か……」
「え?」

呻きながらせめてワサビの風味を消そうとお皿に残った刺身のつまを突いていた私に、三島さんの鋭い視線が私に突き刺さる。その目は険しいものだった。

「たまにいるんだよ。が」

確信めいた言い方だった。
真っ直ぐに見つめられ、私の呼吸が一瞬止まる。

「さっきの嬢の話はよくある話だ。だがあんたのそれは違う」
「いや、こんなお遊びで……」
「思い出したんだよ。あんたに助けられた後、無くしたと思ってた万年筆が見つかった」

うーん?それはただひょっこり出てきただけでは?

「あと、自販機で当たりが出た」

定期的に利用してれば、まあ人生で一度くらいは当たるのでは。

「道端に生えてた草に四つ葉のクローバーが混じってた」

何その平和なエピソード。いや、ヤクザさんが四つ葉見つけて喜んじゃいけないルールとかないけども。
三島さんのビジュアルから四つ葉のクローバーなんてほのぼの単語が出てくるとは思わないじゃない。

「偶然……」
「そうかもしれねぇが、これは事実だ」

三島さんは真面目な顔で答える。

「幸運を呼ぶとか謳われてる嬢に酌をさせたことはある。だが実際は何も起きなかった。その点あんたは違う。あんたの不運で命が助かった上に、幸運までついてきた」
「買い被りすぎですって」
「……偶然だと切り捨てりゃそれまでの話かもしれねぇが、あんたのその妙な不運が偽物だと思えねぇんだよ。実際に経験するとな」
「経験って、どれも弱いですよ」

失せ物が出てくる、自販機の当たり、四つ葉のクローバー。正直大したことはないと思う。

「ひとつひとつは小せぇが、こうも重なれば別だ。それにさっきの寿司も。少なくとも、あんたに運が無いのは確実だろ」
「運が無いのは事実ですけど……」

正直、自覚はある。
でもこうも他人に太鼓判を押されると、そこまでじゃないだろうと否定したくなる。

「あんたがどう思おうが、信じる信じないは周りが勝手に決めることだ。災難だな、勝手に期待されて見合いまで持ち込まれて」
「その通りですよ。どうにかなりませんか」

運なんて曖昧なものを期待されても困る。仮に見合い相手がイケメン実業家の好青年でも断りたい。
とはいえこんなことを三島さんに相談するのがそもそもお門違いだ。あえてダサい服で挑む、とか。とりあえず帰ってひとりで考えよう。
もし無理でも、まあ玉の輿か。むしろ私にしては運がいいのかもしれない。

「すみませんやっぱり……」
「うまくいくかはわからねぇが、ひとつ思いついた」
「えっ!?」

お見合い相手を消す以外に、この状況をどうにかする方法があるの?
期待を込めて三島さんを見ると、三島さんは何やらスマホを眺めていた。

「あんたの勤め先に影響のない、断る大義名分があればいいんだろ」
「荒波立てずお断りできるならそれで十分です!どうするんですか?私にできる事でしたらなんでもします」
「あんたは何もしなくていい。強いて言えば、普通に見合いに行け」

お見合いには行く必要があるのか。まあ直接お断りした方がいいだろうし仕方ない。

「でも、何もしなくていいって、三島さんのアイデアってなんなんですか?」
「あんたは何も知らない方がいい。顔に出そうだからな」

む……けどその通りかもしれない。

「でも、大丈夫ですか?怪我させたりとかしませんか?」

知らない方がいいって三島さんに言われるとちょっと怖いんですが。できれば穏便にお願いします。

「暴力には訴えねぇよ。安心しろ、あんたは普通にしてりゃいい」
「は、はぁ……」

こちらからお願いしといてあれだけど、本当に大丈夫だろうか。法に触れちゃったりしない?

「それより、次似たようなことがないとも限らねぇから。早いとこ男でも作っとけ」
「それは余計なお世話です。というか、そうそう起こりませんよここまでの珍事は」
「どうだかな。噂は広がる。信じたい都合の良い内容なら尚更な。まともな奴があんたの噂を聞くことを祈るしかねぇな。っても、不幸体質のあんたのところにまともな縁談が行く気はしねぇが」
「嫌な予言しないでください……」

もう既にお見合いなんて懲り懲りだ。私はただ普通に生活したいだけなのに。
三島さんは同情しつつ小馬鹿にするようにふっと笑うと、口直しに果物を注文してくれた。
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