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3章 望まれた王国
54 少年の復讐
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〇筐艦_第三層
大太刀を武装しているとは思えぬ程の軽快な身のこなしを以て少年に接近するボイジャー:アンブロシア号。フリーランニングとアクロバットを交えているような大胆な後方宙返りを披露する中、彼の燃えるような瞳は眼下の少年をひたと見据えている。
アンブロシアは腹の辺りを摩りながら着地して、大太刀を霞の構えにて固定する。刀身に入った木目のような鍛え肌はギラギラと歪な闘気を放っている。
「あの時は君がシミュレーション空間で生み出された仮想敵だと思ってたもんだから真面に取り合わなくて申し訳なかったね」
「……………」
少年は少しだけ背丈の伸びた華奢な体躯を制止させ、黙って手元にナイフを生成する。夢想世界の戦闘においてこのようなナイフは想像力によって生み出す際の難易度が低いため、基本的に火器の生成が禁じられているTD2Pなどではナイフを愛用するものは多い。だが、簡易的に生み出せる武器そのものの殺傷能力にはやはり限界があり、今まさに対面している唐土のような長物を相手にしては分が悪いと言えた。
「そんなナイフで俺と渡り合うのは無理があるよ。ここで逢ったのも何かの縁だ。
…俺が君から奪ったというモノの話。あの恨み節を今こそ詳しく聞かせてくれないかな?それが叶わない場合、俺は職責を全うして君を直ちに惨殺する。その際に割と拷問チックなこともするつもりだ」
アンブロシアは張り付けたような笑みを浮かべていた。
「俺に協力してくれたら君は見なかったことにして命までは取らないと約束しようじゃないか!」
「必死だな。馬鹿らしい」
少年は大袈裟に唾を吐いて嫌悪を示して見せた。梟のように丸々とした瞳だが一縷も隙も逃さんと得物を狙う狩人の眼光を有しているようだった。
「随分と落ち着いているじゃないか。あの時はあんなに感情爆発させてぶつかってきたってのにさ」
「あの時は……」
「そうそう、その話、その話!俺が君の父親から夢を奪うとか何とかってヤツ。言っちゃ悪いけど俺さぁ、その記憶全くなくてね。自分の事だからちゃんと聞いて把握したいんだよ。ホント」
「記憶がない?」
「うん。だからさ、適切に自分を顧みるためにもそのエピソードが是非とも聞きたいわけだ。復讐される筋合いが有るにしろ無いにしろ、今の俺には当事者意識ってモノが足りてないからさ」
「………」
少年の姿が揺れる。見事なステップで挙動を攪乱したまま距離を詰め、一切の躊躇なくアンブロシアにナイフを突き出す。
「ボイジャー:アンブロシア号。お前と交わす言葉なんて、何もない!」
「うん?」
アンブロシアのカウンターが炸裂する。居合を用いれば間違いなく殺害してしまうと踏んだ彼は、手加減のつもりで大太刀とは別の脇差サイズの刀を生成してそのまま少年を受け止めた。攻撃の勢いを器用に殺したのをいいことに、一瞬の攻防の中で主導権を握って少年を大きく吹っ飛ばしてしまう。
その脇差も茜皿と同様にTD2P本部の特別工房にてオーダーメイドした一品を夢想世界で自在に出現させるまでに現実世界の感覚に沁み込ませた得物だった。銘々は"勇厷"、時に茜皿と同時装備することで現実ではありえない歪な二刀流を体現させるアンブロシアの十八番武器である。
「なんだろう。本当にしおらしくなっちゃって。……君が言うこと無いとかほざいてもさ、こっちは聞きたいことだらけなわけ。こっからは割とガチで半殺しにして聞き出すことになるけど、いいかな?」
「好きにしろ。こっちからしてもボイジャーなんてぶち殺してなんぼだ」
少年は自身の手元にアサルトライフルを生成した。
それを見た瞬間、アンブロシアは退避に動く。
「第一、俺はお前なんかに興味ないんだよアンブロシア」
〇
激しい銃声が歪な空間を満たす。半径三十メートル規模の自身の冠域空間の中で、アンブロシアは器用に弾丸の回避に徹した。
(舐めてたな、小火器まで出せるのか。……そんなことより、俺に興味がないってのは一体どういうことだ?)
弾丸が彼の姿を追う。夢想世界で火力兵器を作るには高度な製品への理解や技術の知悉が求められるが、反面で生成できた時の恩恵は非常に大きい。小火器であれば本来の性能より弾速を恣意的に加速することも出来るし、有効射程も多少なり延びてくる。
とりわけ面倒なのは想像力での改造によって弾切れという概念を克服している場合だ。武器としての性能を損なわぬままに弾切れのリスクをなくすのは高度な集中力と十分な体力が要求される。しかし、至近距離での短期決戦の性能にのみ着目するなら、体力の大幅な消耗を招いてでも無限の弾丸を生み出すことは非常に有効な戦略たり得るものだった。
着弾が避けられないと感じたアンブロシアはその姿を変化させる。夢想解像による身体改造によって彼の身体の上に覆いかぶさるように黒と黄の毛と皮が生じる。すぐに彼の半身を呑み込んでしまった怪異の毛皮によって見た目は大きく変貌し、徐々にその姿の周囲に黒い靄が漂い出す。
変身の最中に激しい被弾を被ったアンブロシアだったが、彼の新たな体表は凄まじい硬度を誇っており、数秒に及ぶ弾丸の雨を凌ぎ切った。
「夢想解像……これは、虫か?」
少年はアサルトライフルをもう一丁生成した後、これに即座に応じる。
「我流蜂織礼法:七転抜刀」
人蜂・アンブロシアが動く。
彼が得意とするのは後の先を穿つような正確無比なカウンターであり、これを可能とするのは研ぎ澄まされた集中力と分析眼から成る居合抜刀術のクオリティの高さだった。
しかし、彼が積極的に攻勢を仕掛けるのが他者と比べて弱いかと言えば決してそんなことはない。特に夢想解像を行うことで獲得した脅威の突進力や推進力、加速力などといった総合的なスピードの強化を踏まえた上での人間的な関節機能を捨て去ったリーチと回転力は特出した技術体系として完成されつつある。これは他者の再現が利かない独自の攻勢の仕掛け方を可能としており、人蜂状態の耐久力に物を言わせた急加速重視の回転移動と居合抜刀を組み合わせた"七転抜刀"は彼の特異とする技だった。
その名の通り、彼は宙に身を投げた状態で七度の回転と共に加速した末の居合抜刀術だが、その効果は防御側の受け辛さという点で極めて有用だった。実際に回転して接近してくる急加速の人蜂の動きに対応しかねた少年は、最大限の加速と遠心力にフルに活用した抜刀によって小銃もろとも両腕をすっぱ抜かれた。
「……ッ…‼」
「痛いよね。じゃあもう変なプライド捨ててあの時の続きをしようよ」
「馬鹿がッ」
「脚も落としてやろうか?」
屈みこむようにして少年を見下ろすアンブロシア。少年は彼に唾を吐きかけた。
「小汚いんだよ。さっきから」
「知るかよ」
「そうかい。じゃあ、知ってること話して貰おうか」
「知ってることなんかねぇ」
「なんなの、君?死にたいの?」
「お前の過去なんか知らねぇんだよ、糞ボイジャー」
「いや、知ってるでしょ。あんなに鼻息荒げて殺しにかかってきた癖に」
少年は下半身を脚で跳ね上げて頭突きを繰り出した。アンブロシアはそれを躱して回し蹴りに繋げ、少年の胴を思い切り蹴り抜く。
「うッ………。
お前にゃ悪いがアンブロシアさんよ。あの時は勘違いしてただけなんだよなァ」
「何それ。どういうことさ」
「人違いしてたんだよ。俺の復讐したかった奴はお前じゃない。あの時はアイツが佐呑にいるって聞いてたし、あの段階で見分けるには俺が持ってた情報が乏しかった」
「………」
「俺もしばらく見てなかったから背格好が似てて年齢がおおよそ同年代だったお前をアイツと勘違いしてたんだ。俺の記憶に在ったアイツはあの時のお前みたいに痩せてたし、雰囲気だって似てたから間違いないって思ってた」
アンブロシアの表情が曇った。
「なんだよ、それ。じゃあ、君が狙ってたボイジャーってのは……」
少年の眼から青色の光が仄かに漏れ出す。そこでアンブロシアは素直に驚いた。今まで、一瞥しただけで悪魔の僕の判別ができる重瞳という外見上の特徴を持たない悪魔の僕を見た事がない。目から漏れ出すような青い光や靄というのは、重瞳ありきの深度上昇に伴う悪魔の僕の共通演出だと理解していた。
「俺の名前は鳳祥吾。
俺の父さんはお前らTD2Pの飼い犬であるボイジャー:グラトン号に夢の骨を奪われた。TD2Pの糞実験も死ぬほど嫌いだが、それに乗っかっただけの何の取り得もなかったあの糞野郎に曲がりなりにも父さんの力が継承されたのが何より許せないッ‼‼‼
父さんは夢を奪われて廃人になり、一年前に衰弱死した‼俺がその仇を討ちたかったのはグラトン号、鴇田裕田だ‼‼
お前なんかハナから用はねぇし、お前の過去なんか知るわけねぇだろ馬鹿がッ‼」
少年の眼が重瞳に変化する。
「固有冠域展開:光喰麗獣」
鳳少年の姿が変化する。シンプルだった洋服の装いから儀式めいた和装チックな衣装へと変化し、貌の辺りを複雑な模様が描かれた布が覆う。彼の両腕が崩れたジグソーパズルのように複数の物質に分解され、代わりに少年の半身ほどあろうかという大きさの猪の頭がそれぞれの腕の先に生み出された。
「………………………」
アンブロシアは剥き出しの刀身を鞘へと納める。
「………。
興覚めだな。せっかく失った記憶の手掛かりが掴めると思ったのに。…いや、でも。夢の骨を奪うという話題に関しては若干興味がなくもない。んー。でもそれは君じゃなくても聞けそうな話だしなぁ」
人蜂がノーモーションから加速に入る。今度は回転を交えない一直線の突撃であり、体当たりというシンプルな物体衝突のエネルギーは抜刀術とは比に成らない。
鳳の胸元に飛び込んできたアンブロシアへの対処に間に合わず、強烈な肉塊の直撃を受けて意識を遠退かせる。
「張り切ってるとこ夢壊すようで申し訳ないんだけど。お目当てのグラトン号は今回の大討伐に参加しちゃいないよ」
「だろうな。俺だって佐呑の一件で考えなしに突っ込む愚かさが身に染みた。奴が富士の樹海の丐甜神社で叢雨禍神と対戦し、その余波で深刻な精神汚染に陥っていることは把握済みだ。所詮は紛い物の力で天狗になってるだけのボイジャーらしいお粗末な自己管理じゃないか」
「じゃあ君はなんでわざわざこんな場所に来たんだよ。どうしたって君がTD2Pの最高編成戦力の大討伐軍に一泡吹かせられるレベルの実力があるとは思えないけど」
鳳の貌が曇る。彼の眼つきは相変わらず強い集中力と殺意に濡れているようだった。
「俺の目的は鴇田裕田の殺害だ。そのためにここに来たに決まってんだろ」
「だから、いないって彼」
「……察しが悪いな。俺からしたらお前って滅茶苦茶間抜けに見えるぜ」
鳳少年は嘲笑するように微笑む。彼は冠域効果によって猪の頭に変化させた両腕を元に戻した。アンブロシアの攻撃で落とされていた両腕はしっかりと再生している。
彼は元に戻った指を蟀谷の辺りにトントンと押し付ける。それはアンブロシアの思慮の浅さをアピールしたものだった。
「鴇田はTD2Pの本部で療養中だったんだろ?……じゃあ、今その本部ってヤツはどうなってると思う?」
「どうなってる、ねぇ。……いや。ちょっと待てよ。それって……ッ‼」
「そうだよ。今の現実世界は岩窟嬢の魔法で全人類が平等に夢の世界に強制誘拐される魔境に変化している。今の地球上に安全地帯なんかねぇぞ?この箱の中に飛び込んで来るのはお前らにとって敵だけなのかな?」
―――
―――
―――
黒々とした竜の首がアンブロシアの背後から颯爽と突き抜けていく。それとほぼ同時に彼の背後の空間に独特の不愉快なプレッシャーのようなものが届く。これは自分の固有冠域の内部に他者の冠域が発生した際の特有の感覚不和であり、先程の鳳少年の固有冠域展開でも同様の感覚が訪れていた。
出現した竜の首はその太さだけでも丸まった人間が一人収まってしまうほどのスケールである。自由自在に伸縮する首の先にある竜の頭は獰猛さと強靭さを十分に感じさせるようなファンタジーチックな様相で大顎を拡げている。地面からおよそ一メートルから五メートル程度の低空を滑る竜の首は勢いを失わずに鳳少年に激突し、猛々しく喰らいついた。
「……」
アンブロシアの背筋に悪寒が奔る。恐る恐る振り返れば、答え合わせをするまでもなくその視線の先にボイジャー:グラトン号の姿が映り込む。
「……増援感謝します、ボイジャー:グラトン号。ちなみに今のご気分は如何でしょうか……?」
「……タイ」
「あー。……これヤバいやつかも」
「緊キュウじたイ発セイ中と……認識、じた。…コレより。……お、おう。鏖殺…する」
新近距離での空間深度の急上昇を感知して、アンブロシアは鳥肌が立ち、総毛が浮く。
相対するボイジャー:グラトン号の眼はこれまで見た事が無いほど赫赫とした発色を以てして、これよりの混沌とした死闘の開戦を告げた。
大太刀を武装しているとは思えぬ程の軽快な身のこなしを以て少年に接近するボイジャー:アンブロシア号。フリーランニングとアクロバットを交えているような大胆な後方宙返りを披露する中、彼の燃えるような瞳は眼下の少年をひたと見据えている。
アンブロシアは腹の辺りを摩りながら着地して、大太刀を霞の構えにて固定する。刀身に入った木目のような鍛え肌はギラギラと歪な闘気を放っている。
「あの時は君がシミュレーション空間で生み出された仮想敵だと思ってたもんだから真面に取り合わなくて申し訳なかったね」
「……………」
少年は少しだけ背丈の伸びた華奢な体躯を制止させ、黙って手元にナイフを生成する。夢想世界の戦闘においてこのようなナイフは想像力によって生み出す際の難易度が低いため、基本的に火器の生成が禁じられているTD2Pなどではナイフを愛用するものは多い。だが、簡易的に生み出せる武器そのものの殺傷能力にはやはり限界があり、今まさに対面している唐土のような長物を相手にしては分が悪いと言えた。
「そんなナイフで俺と渡り合うのは無理があるよ。ここで逢ったのも何かの縁だ。
…俺が君から奪ったというモノの話。あの恨み節を今こそ詳しく聞かせてくれないかな?それが叶わない場合、俺は職責を全うして君を直ちに惨殺する。その際に割と拷問チックなこともするつもりだ」
アンブロシアは張り付けたような笑みを浮かべていた。
「俺に協力してくれたら君は見なかったことにして命までは取らないと約束しようじゃないか!」
「必死だな。馬鹿らしい」
少年は大袈裟に唾を吐いて嫌悪を示して見せた。梟のように丸々とした瞳だが一縷も隙も逃さんと得物を狙う狩人の眼光を有しているようだった。
「随分と落ち着いているじゃないか。あの時はあんなに感情爆発させてぶつかってきたってのにさ」
「あの時は……」
「そうそう、その話、その話!俺が君の父親から夢を奪うとか何とかってヤツ。言っちゃ悪いけど俺さぁ、その記憶全くなくてね。自分の事だからちゃんと聞いて把握したいんだよ。ホント」
「記憶がない?」
「うん。だからさ、適切に自分を顧みるためにもそのエピソードが是非とも聞きたいわけだ。復讐される筋合いが有るにしろ無いにしろ、今の俺には当事者意識ってモノが足りてないからさ」
「………」
少年の姿が揺れる。見事なステップで挙動を攪乱したまま距離を詰め、一切の躊躇なくアンブロシアにナイフを突き出す。
「ボイジャー:アンブロシア号。お前と交わす言葉なんて、何もない!」
「うん?」
アンブロシアのカウンターが炸裂する。居合を用いれば間違いなく殺害してしまうと踏んだ彼は、手加減のつもりで大太刀とは別の脇差サイズの刀を生成してそのまま少年を受け止めた。攻撃の勢いを器用に殺したのをいいことに、一瞬の攻防の中で主導権を握って少年を大きく吹っ飛ばしてしまう。
その脇差も茜皿と同様にTD2P本部の特別工房にてオーダーメイドした一品を夢想世界で自在に出現させるまでに現実世界の感覚に沁み込ませた得物だった。銘々は"勇厷"、時に茜皿と同時装備することで現実ではありえない歪な二刀流を体現させるアンブロシアの十八番武器である。
「なんだろう。本当にしおらしくなっちゃって。……君が言うこと無いとかほざいてもさ、こっちは聞きたいことだらけなわけ。こっからは割とガチで半殺しにして聞き出すことになるけど、いいかな?」
「好きにしろ。こっちからしてもボイジャーなんてぶち殺してなんぼだ」
少年は自身の手元にアサルトライフルを生成した。
それを見た瞬間、アンブロシアは退避に動く。
「第一、俺はお前なんかに興味ないんだよアンブロシア」
〇
激しい銃声が歪な空間を満たす。半径三十メートル規模の自身の冠域空間の中で、アンブロシアは器用に弾丸の回避に徹した。
(舐めてたな、小火器まで出せるのか。……そんなことより、俺に興味がないってのは一体どういうことだ?)
弾丸が彼の姿を追う。夢想世界で火力兵器を作るには高度な製品への理解や技術の知悉が求められるが、反面で生成できた時の恩恵は非常に大きい。小火器であれば本来の性能より弾速を恣意的に加速することも出来るし、有効射程も多少なり延びてくる。
とりわけ面倒なのは想像力での改造によって弾切れという概念を克服している場合だ。武器としての性能を損なわぬままに弾切れのリスクをなくすのは高度な集中力と十分な体力が要求される。しかし、至近距離での短期決戦の性能にのみ着目するなら、体力の大幅な消耗を招いてでも無限の弾丸を生み出すことは非常に有効な戦略たり得るものだった。
着弾が避けられないと感じたアンブロシアはその姿を変化させる。夢想解像による身体改造によって彼の身体の上に覆いかぶさるように黒と黄の毛と皮が生じる。すぐに彼の半身を呑み込んでしまった怪異の毛皮によって見た目は大きく変貌し、徐々にその姿の周囲に黒い靄が漂い出す。
変身の最中に激しい被弾を被ったアンブロシアだったが、彼の新たな体表は凄まじい硬度を誇っており、数秒に及ぶ弾丸の雨を凌ぎ切った。
「夢想解像……これは、虫か?」
少年はアサルトライフルをもう一丁生成した後、これに即座に応じる。
「我流蜂織礼法:七転抜刀」
人蜂・アンブロシアが動く。
彼が得意とするのは後の先を穿つような正確無比なカウンターであり、これを可能とするのは研ぎ澄まされた集中力と分析眼から成る居合抜刀術のクオリティの高さだった。
しかし、彼が積極的に攻勢を仕掛けるのが他者と比べて弱いかと言えば決してそんなことはない。特に夢想解像を行うことで獲得した脅威の突進力や推進力、加速力などといった総合的なスピードの強化を踏まえた上での人間的な関節機能を捨て去ったリーチと回転力は特出した技術体系として完成されつつある。これは他者の再現が利かない独自の攻勢の仕掛け方を可能としており、人蜂状態の耐久力に物を言わせた急加速重視の回転移動と居合抜刀を組み合わせた"七転抜刀"は彼の特異とする技だった。
その名の通り、彼は宙に身を投げた状態で七度の回転と共に加速した末の居合抜刀術だが、その効果は防御側の受け辛さという点で極めて有用だった。実際に回転して接近してくる急加速の人蜂の動きに対応しかねた少年は、最大限の加速と遠心力にフルに活用した抜刀によって小銃もろとも両腕をすっぱ抜かれた。
「……ッ…‼」
「痛いよね。じゃあもう変なプライド捨ててあの時の続きをしようよ」
「馬鹿がッ」
「脚も落としてやろうか?」
屈みこむようにして少年を見下ろすアンブロシア。少年は彼に唾を吐きかけた。
「小汚いんだよ。さっきから」
「知るかよ」
「そうかい。じゃあ、知ってること話して貰おうか」
「知ってることなんかねぇ」
「なんなの、君?死にたいの?」
「お前の過去なんか知らねぇんだよ、糞ボイジャー」
「いや、知ってるでしょ。あんなに鼻息荒げて殺しにかかってきた癖に」
少年は下半身を脚で跳ね上げて頭突きを繰り出した。アンブロシアはそれを躱して回し蹴りに繋げ、少年の胴を思い切り蹴り抜く。
「うッ………。
お前にゃ悪いがアンブロシアさんよ。あの時は勘違いしてただけなんだよなァ」
「何それ。どういうことさ」
「人違いしてたんだよ。俺の復讐したかった奴はお前じゃない。あの時はアイツが佐呑にいるって聞いてたし、あの段階で見分けるには俺が持ってた情報が乏しかった」
「………」
「俺もしばらく見てなかったから背格好が似てて年齢がおおよそ同年代だったお前をアイツと勘違いしてたんだ。俺の記憶に在ったアイツはあの時のお前みたいに痩せてたし、雰囲気だって似てたから間違いないって思ってた」
アンブロシアの表情が曇った。
「なんだよ、それ。じゃあ、君が狙ってたボイジャーってのは……」
少年の眼から青色の光が仄かに漏れ出す。そこでアンブロシアは素直に驚いた。今まで、一瞥しただけで悪魔の僕の判別ができる重瞳という外見上の特徴を持たない悪魔の僕を見た事がない。目から漏れ出すような青い光や靄というのは、重瞳ありきの深度上昇に伴う悪魔の僕の共通演出だと理解していた。
「俺の名前は鳳祥吾。
俺の父さんはお前らTD2Pの飼い犬であるボイジャー:グラトン号に夢の骨を奪われた。TD2Pの糞実験も死ぬほど嫌いだが、それに乗っかっただけの何の取り得もなかったあの糞野郎に曲がりなりにも父さんの力が継承されたのが何より許せないッ‼‼‼
父さんは夢を奪われて廃人になり、一年前に衰弱死した‼俺がその仇を討ちたかったのはグラトン号、鴇田裕田だ‼‼
お前なんかハナから用はねぇし、お前の過去なんか知るわけねぇだろ馬鹿がッ‼」
少年の眼が重瞳に変化する。
「固有冠域展開:光喰麗獣」
鳳少年の姿が変化する。シンプルだった洋服の装いから儀式めいた和装チックな衣装へと変化し、貌の辺りを複雑な模様が描かれた布が覆う。彼の両腕が崩れたジグソーパズルのように複数の物質に分解され、代わりに少年の半身ほどあろうかという大きさの猪の頭がそれぞれの腕の先に生み出された。
「………………………」
アンブロシアは剥き出しの刀身を鞘へと納める。
「………。
興覚めだな。せっかく失った記憶の手掛かりが掴めると思ったのに。…いや、でも。夢の骨を奪うという話題に関しては若干興味がなくもない。んー。でもそれは君じゃなくても聞けそうな話だしなぁ」
人蜂がノーモーションから加速に入る。今度は回転を交えない一直線の突撃であり、体当たりというシンプルな物体衝突のエネルギーは抜刀術とは比に成らない。
鳳の胸元に飛び込んできたアンブロシアへの対処に間に合わず、強烈な肉塊の直撃を受けて意識を遠退かせる。
「張り切ってるとこ夢壊すようで申し訳ないんだけど。お目当てのグラトン号は今回の大討伐に参加しちゃいないよ」
「だろうな。俺だって佐呑の一件で考えなしに突っ込む愚かさが身に染みた。奴が富士の樹海の丐甜神社で叢雨禍神と対戦し、その余波で深刻な精神汚染に陥っていることは把握済みだ。所詮は紛い物の力で天狗になってるだけのボイジャーらしいお粗末な自己管理じゃないか」
「じゃあ君はなんでわざわざこんな場所に来たんだよ。どうしたって君がTD2Pの最高編成戦力の大討伐軍に一泡吹かせられるレベルの実力があるとは思えないけど」
鳳の貌が曇る。彼の眼つきは相変わらず強い集中力と殺意に濡れているようだった。
「俺の目的は鴇田裕田の殺害だ。そのためにここに来たに決まってんだろ」
「だから、いないって彼」
「……察しが悪いな。俺からしたらお前って滅茶苦茶間抜けに見えるぜ」
鳳少年は嘲笑するように微笑む。彼は冠域効果によって猪の頭に変化させた両腕を元に戻した。アンブロシアの攻撃で落とされていた両腕はしっかりと再生している。
彼は元に戻った指を蟀谷の辺りにトントンと押し付ける。それはアンブロシアの思慮の浅さをアピールしたものだった。
「鴇田はTD2Pの本部で療養中だったんだろ?……じゃあ、今その本部ってヤツはどうなってると思う?」
「どうなってる、ねぇ。……いや。ちょっと待てよ。それって……ッ‼」
「そうだよ。今の現実世界は岩窟嬢の魔法で全人類が平等に夢の世界に強制誘拐される魔境に変化している。今の地球上に安全地帯なんかねぇぞ?この箱の中に飛び込んで来るのはお前らにとって敵だけなのかな?」
―――
―――
―――
黒々とした竜の首がアンブロシアの背後から颯爽と突き抜けていく。それとほぼ同時に彼の背後の空間に独特の不愉快なプレッシャーのようなものが届く。これは自分の固有冠域の内部に他者の冠域が発生した際の特有の感覚不和であり、先程の鳳少年の固有冠域展開でも同様の感覚が訪れていた。
出現した竜の首はその太さだけでも丸まった人間が一人収まってしまうほどのスケールである。自由自在に伸縮する首の先にある竜の頭は獰猛さと強靭さを十分に感じさせるようなファンタジーチックな様相で大顎を拡げている。地面からおよそ一メートルから五メートル程度の低空を滑る竜の首は勢いを失わずに鳳少年に激突し、猛々しく喰らいついた。
「……」
アンブロシアの背筋に悪寒が奔る。恐る恐る振り返れば、答え合わせをするまでもなくその視線の先にボイジャー:グラトン号の姿が映り込む。
「……増援感謝します、ボイジャー:グラトン号。ちなみに今のご気分は如何でしょうか……?」
「……タイ」
「あー。……これヤバいやつかも」
「緊キュウじたイ発セイ中と……認識、じた。…コレより。……お、おう。鏖殺…する」
新近距離での空間深度の急上昇を感知して、アンブロシアは鳥肌が立ち、総毛が浮く。
相対するボイジャー:グラトン号の眼はこれまで見た事が無いほど赫赫とした発色を以てして、これよりの混沌とした死闘の開戦を告げた。
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