夢の骨

戸禮

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3章 望まれた王国

48 無敵のイージス

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〇筐艦_天面


『冠域延長:彷徨える幽霊船エンポズ・ダッチマン

 上位個体"海賊王"の持つ冠域延長能力。延長の前提となる展開された海の冠域内部において、無尽蔵に出現させることが可能な海賊船の損壊が一定の規定量を超えた際、この冠域延長によって同冠域内に海賊船同様に無尽蔵のゾンビを出現させることができる。
 海賊ゾンビの基本的な性能はホラー映画でちらほら現れるような意識薄弱でゆったりと取り囲んでくるタイプのそれであり、ほぼ密着状態になってからの噛みつきや絡みつきが厄介な存在である。基本的に冠域効果を除いて夢想世界では殆ど感染症のリスクというものはないが、それでも近づくことさえ憚られるレベルの不潔さがそのゾンビ軍団からは漂っている。
 
 かつて世界的に著名な夢想世界の研究者であったオーストラリアのフェイク・ファーランド博士はこの海賊王の能力的特徴を踏まえた上で、仮に海賊王が究極反転を迎えた際の脅威度はかの大陸軍を大きく凌ぐと断言した。現実世界における無限の物量生産という意味では、大陸軍総督の手足として的確な行軍と殺戮を繰り広げる能力は無限のゾンビと対等の脅威に成り得ると目され、さらには大陸軍にはなかった海面上での圧倒的優位性が海賊王の独壇場と言えるものだったことが理由とされている。

「ア゛ァ゛~‼」
 貌がグチャグチャで口が大胆に裂けてしまっているゾンビたちが、何かに迫られるようにして各々が千鳥足に成りながら筐艦の天面を闊歩した。天に浮かぶ海賊船から垢のように降り落ちてくるゾンビたちの殆どは、天面に落下するとほぼ同時にアーカマクナシリーズによってハチの巣にされてしまっている。対冠域すらも想定されているベンガル砲の弾丸は、一発でも対戦車ライフル並みの威力を誇るため、動きが鈍重な挙動に制限されているゾンビたちでは弾幕の餌食となることは免れなかった。

 無論、アーカマクナに対する帆船による砲撃もまた苛烈さを増している。既に天空に出現した十四系の扉アルルカン・ゲートは消失している。宙には残されたように帆船の群れが先程放出された海に積み重なっており、なおも無制限に数を増している。
 いよいよ海に収まりきらないほどに増えまくった海賊船は天の海から零れ始める。元々海賊王が生成する帆船はその構造をガレオン船をモデルとして設定されているため、小さなものでも200トン以上の重量で生み出されている。帆船の大きさには差があり、大きなものでは600トンに迫るほどの大きな質量を持って筐艦の天面に降り落ちてくるのだ。
 無数に落ちてくる海賊ゾンビと帆船によって筐艦天面は言い表せないようなカオスへ突入した。

 重量に押し潰されるようにしてBENGALの一機体が姿を消した。BENGALだけでなく、G3にしてもG4にしても、どれほど優秀な機関砲を搭載していても、降り落ちてくる溢れかえるような質量を前にしてはとてもその全てを吹き飛ばすことなど叶わなかった。


〇筐艦_指令室

「…如何したものでしょうね。やはり、叢雨禍神をここで投入するべきでは?」
 アレッシオ・カッターネオが小首を傾げる。

「筐艦の耐荷重はほぼ無限だ。天面に難破船が積みあがること自体に問題はない」
 東郷はここにきて質感の良いソファに腰を埋めながら、優雅に珈琲を嗜んでいる始末だった。

「うーむ。しかし、この状況が続いたとて事態が好転することはありますまい。長引かせては海賊王の持ち味はさらに輝いてきますぞ。……こう、見てると、何か。情動的なモノを己の中に感じてなりません」
「確かに物量戦の最高峰と言われた対大陸軍戦で実際に活躍された貴方から見れば、TD2Pの現状の対応を歯痒く捉えるのも当然だ」
「では、いっそ騎士団が蹴散らして見せましょうか?」
「いいや」
「…それではやはり、叢雨禍神を投入して早急な討伐を完遂させるというのがよろしいかと。如何に加減を知らぬ荒ぶる神の攻撃であろうとイージス号であれば一瞬で耐用値を失うことはないかと。ギリギリの綱渡りとはいえ、彼をあまりに庇い立てては今後の作戦全体に支障が……」
 そこで澐仙が立ち上がる。

「クドクド、クドクド。人間は愚かなんですから無理を感じたのなら素直に神に祈れば宜しい。信じもせず、祈りもせず、崇めもしない。貴方がたはそんな無知蒙昧でないことはわかっています」

「いいや。澐仙。まだお前の出る幕じゃない。
 ……我々クリルタイがここで採るべき最善の選択はだ」
 そこで澐仙が先程のアレッシオ・カッターネオのように小首を傾げた。
「なんだ、ちゃんと白黒と物を言えるじゃないか、有正。しかし、妙じゃなァ。随分と無礼な物言いだが、いつからそんなに偉くなったつもりじゃ?」
 澐仙はソファに座る東郷を覗き込むように高い視点から目線を注いだ。
 対して東郷が澐仙を顧みる様子はなかった。

「お前がその実力で一大宗教のトップに君臨しているように、俺もこれまで築き上げてきた実績により今の地位を手にしている。あの樹海の中でどれだけ大きな貌をしてもらっても構わないが、このクリルタイの中では俺に従ってもらう」
「あァ?……こほん。まぁ、無駄に思慮深いのが貴方の長所したね。無駄に豪快な作戦っぽく語る癖がなければまだマシなんですけどね」

「なんにせよ。大討伐軍において反英雄と正面から渡り合うことが可能なのはお前だけだ。
 大元であるクラウンが健在な間は筐艦の内部を形造っている準ボイジャーたちの冠域に十四系の扉アルルカン・ゲートが接続される脅威も考慮しなくてはならない。もし、反英雄が筐艦内部に出現した場合、少しでも対処が遅れれば大討伐軍は一挙に皆殺しにされてもなんら可笑しな話ではない」

「おぉ、確かに。てっきり私はクラウンは過去に手に入れたパスを冠域情報にリンクさせているが故に、これまで足を踏み入れたことのない筐艦内部にゲートを出すことが不可能だと思っておりました」
「確かにそもそもが獏の管理下のサンドボックスと化している筐艦内に直接十四系の扉を繋げることは理論上から考えずらいが、理論で図って安心を享受できるほどクラウンは甘くない。少なくともクラウンを、或いは十四系の扉を完全に無力化しなくてはたとえ筐艦内部とはいえ安全と断じることはできない」

「私は番犬代わりですか」

「相手側から最もわかりやすい脅威は間違いなく澐仙だ。澐仙が筐艦内部に存在するという理由だけで、おそらくは幹部級。ニーズランド側でいう"王"に該当する存在は直接乗り込んでくることはないと仮定できる。第一圏を見るだけで分かる通り、奴らは極めて大規模で自身に最適化された冠域を圏域として用意することで、自身が最強であるため空間を担保している。筐艦を最適化する獏の機能により敵方は筐艦内部で満足に実力が発揮できないうえに、当代の反転個体の中でも間違いなくの叢雨禍神の相手を好んで選択するとは考え難い」

「うーむ。……叢雨禍神をおいそれと投入しない理由は理解しましたが……。閣下が先程自分で仰った通り、今まさに相対している海賊王はこの第一圏において最適化した非常に効率的な力を振るうことができる存在なわけです。そんな海賊王に対して静観を選択するということは、まさかアーカマクナのみの運用でその海賊王を討伐するということを仰っているわけではありますまいな」

「ああ。アーカマクナはあくまで試験運用。新型の挙動を見たかった」
「わかりません。一体、どんな秘策がありますのやら」
「海賊王は準ボイジャー:イージス号が討伐する」

「は?」

「新設した準ボイジャー部隊の看板は伊達じゃない。無論、奴に与えられたイージスの名も性能に恥じぬものだ」
「いやいや。無理でしょう?」
「今にわかる」


〇筐艦_天面


「拍子抜けだなァ」
 
 海賊王の冠域能力によって生み出された無数のゾンビが天面の各所に塵溜りのように蠢いている。ゾンビの腕や脚が互いに絡まっており、それでもなお不用意に動き続けようと藻掻いているために余計に揉みあいとなって大きな塊を形造っていく。
 相対するガブナー雨宮は自身が即座に展開できる許容量ギリギリの量のバリアを八方に展開しており、それによって絶えず押し寄せるゾンビの波を堰き止めている。本来の彼の防御性能からすれば、固体としての火力が低いゾンビはバリアを展開せずともオートガードでダメージを無力化することも可能だが、ここで彼の苦手とする単純な数による"圧力"への弱点が顕著に表れている。仮にバリアを説いたとして、押し寄せるゾンビの奔流に呑まれればそのまま圧死することは免れず、恐らくはバリアと解除したその一瞬を海賊王に付け込まれて海賊船団からの集中砲火によって抜かりなく命を奪われることになるのは想像に難くなかった。

「いつまでそーやって引き篭もってるつもりだァ?……いや。わかるぜ。…何かと理由をつけたところで追い其れと表に出てこれるようじゃあ、真の引き篭もりとは言えねぇ。自分で分かっていてもどーしようもない程、身の裡からふつふつと湧いてくる恐怖に押し負けて、自分が思っているよりもずっと長い時間を迫ッ苦しい空間に閉じ込めちまってるのさ」
 
 張られたバリアの奥から聞こえる、まだまだ若さを滲ませる少年の声。
 ガブナーの体感からすれば、おそらくはバリアの外側のゾンビ団子のすぐ上に乗って言葉を発してるように受け取れた。

「お前が冠域だけ使ってなかなか尻尾を出してこなかった理由が分かった気がするな。要するに根っからの陰キャで筋金入りの引き篭もりってだけの浅っせぇガキだったわけだ。本体なしで冠域を独立稼働させることができたのは現実のトラウマかなんかに誘因された特殊なギフトか?……TD2Pの大袈裟な攻撃性評価の割に、内心はこんな玉無し野郎だったなんてお笑いだな」

「自分の夢も見れねぇ盾野郎が随分偉そうじゃねぇかよ。そのお飾りのグラサンとって本気出せばもうちょっとは張り合い出んのか?歳だけ無駄に食った能無しの負け惜しみほど哀れなもんはねぇぞ」

「そうだな。お前みたいに無暗に他人を傷つけるためだけの力なんて願い下げだが、現状からしてもう俺に打つ手はねぇ……」
 
 ガブナーの張ったバリアの一部に亀裂が入る。効果力の砲撃さえも堪える鉄壁のバリアにしても、増え続けるゾンビの圧力によって着実にダメージを被ってしまっているのだ。

「ハハハハハッ‼‼いいねぇ‼たまには戦場に出るのも悪くねぇ‼
 こんっっっっな情けねぇイキった大人の末路が拝めるんだ。普段は面倒で甚振るような真似はしねぇが、こりゃ癖になっちまいそうだぜ‼」
 海賊王の高揚に同期するようにして、天面に降り積もった難破船や宙の海を浮かぶ海賊船が狙いも定めずに一斉に砲撃を繰り出した。
 激しい揺れが辺りを包み、音の衝撃だけで天面が派手に振動する。


「なら、慣れねぇイキリ方した分のツケは払わねぇとな」
「あン?」

 ゾンビに塗れたバリアの翳りの中で、ガブナーの掲げた手に人の頭ほどの大きさの筐体が出現する。

「どいつもこいつも四角い玩具で遊ぶのが流行ってのかよ」
「テメェの玩具遊びの方こそ、これで終わりだ」
「はァ?……もういいよ。お前。さっさと死んで全部パぁにしちまえよ、こンの能無しがァ‼」

 海賊王の眼が青く燃える。

『冠域固定:崩海マル・ロペール

 周囲に不可視のエネルギーが満ちる。大きな攻撃の前兆であるかのように、全てのゾンビからは唸り声が失せ、海賊船団の砲撃は停止した。

「俺が戦場に居ないと出せない最終奥義って奴だ‼こっから始まる高圧エネルギー砲の斉射の生み出す深度は40000を超える‼黙ってくたばれボンクラ野郎‼」

――
――
――

「獏。抜錨。……思い上がった愚か者の夢を奪え」

 ガブナーの掲げた腕の先に収まる筐体が眩い光を発し、周囲の空間が一挙に歪み出す。それと同時に彼は多面展開したバリアを解除した。団子状に積み重なっていたゾンビの群れが彼に向けて集束して黒点と化す一歩手前で、数多の死者の塊は筐体から放たれる眩い光に呑まれ霧散してしまった。
 光は数本の束を織りなすようにして周囲の難破船や天空の海賊船団を突き抜ける。光に照らされた物体の悉くは気体化するようにしてボロボロと崩落していった。

 今までにない一方的な戦力の瓦解を受けて、海賊王の表情が凍り付く。足蹴にしていたゾンビたちが消滅したことにより、彼は筐艦の天面にその身を落下させてしまった。

「―――佐呑の獏だと⁉……ンでこんなもん持ってやがる。ってか、どこに隠し持ってやがっ……ウ゛ッ!!」
 ガブナーが海賊王の状態に馬乗りになり、両腕を押さえつけた。それと同時にガブナーの身体から複数の鎖が放出され、それらが海賊王の体躯を何重にも締め付けた。

「隠すも何も、これは俺が獏の執行権限を握るためにキンコルさんが特別に拵えてくれた専用パーツだ。冠域が前提のお前らには分からんだろうが、夢想世界における自身の存在核には夢想解像用の意識データを保管しておくための特殊要領が存在する。冠域を持たない人間の最終手段である夢想解像の選択肢さえも放棄すれば、同じ要領として任意のタイミングで佐呑の獏の権限を呼び出すことができるわけだ」

「そーかよ。ご丁寧に御高説垂れるのは年だけ食った半端モンの特徴だぜ?いくら船が消せても第一圏冠域そのものが崩れてない以上、お前の持ってる権限とやらには限界があるみてぇだな。目先のピンチが消せて浮かれちまってよぉ。大した攻撃も出来ねぇのに俺を倒す算段は付いてんのかァ…ア゛ア゛⁉」

 海賊王の身体が跳ねる。目を中心に海賊王の姿に変化が訪れ、少年ほどの体躯だった彼の姿が澐仙に迫る巨躯の海賊ゾンビに変化した。体の節々が腐って異臭を発しており、肉の合間からはボロボロになった骨が覗いている。無駄な豪華な三角帽子が威厳をまき散らすように頭に乗っかっている。
 海賊ゾンビは勢いに任せて身を縛る鎖を引き千切ると、藻掻くようにしてガブナーへと詰め寄った。

「俺だって夢想解像くらい出来んだよなァ‼どーする、お飾りの木偶の坊‼結局お前に攻撃手段はねェんだろ‼バリアと砲撃の鼬ごっこを続ける気かァ‼?」
 海賊王の拳によってガブナーの全身がひしゃげる。
「悪魔の僕はなんでか知ってるだろ?お前が大好きなボイジャー実験だって前途ある子供を使い潰すことから始まる。概念や現実の既存形態にごりっごりに凝り固まったオトナには持ってない柔軟な発想、自由な空想!なんにでも憧れる純然な心こそ、俺のようなユーモアにあふれた最強の戦士を生み育てるんだ‼」

 そこで海賊王の拳が止まる。
「なんだァ?」
「現実世界で出来ることは夢想世界でも大抵できる。俺の使う合気に見かけのデカさは関係ないぜ」
「ホンットに狡い奴だなお前ェはよォ‼バリアに冠域解除に合気道?敵を倒す力すらねぇのに戦場に出てくんじゃねぇよボケが‼」

「お前を斃すのはいちいちハードルが高いんだよ。自分の冠域内にいる悪魔の僕を完全に精神破壊して倒すには、通常なら同等かそれ以上の深度を持つ冠域効果による対抗が必須だ。下手に肉体だけをぶっ壊したところで、現実世界の小汚いヒキニートが部屋で目覚めて二度寝するだけでここに戻ってきやがるわけだ」

「わかってんなァ‼お前じゃどう足掻いても俺には勝てねぇんだよ‼」
「ああ。佐呑みたいにずっと引き篭もって冠域だけで攻撃されてたら、絶対にお前には勝てなかった」

 ガブナーの手に再び筐体が出現する。
 彼はそれを自身が合気で硬直させている海賊王に突き出した。

「奪った冠域を純然なエネルギーとして活用できるのは鯵ヶ沢露樹ほどに神に選ばれたような天文学的な確率を潜り抜けて得た悪性を持つ極一部の人間。本来ならば他人の夢など傍からすれば毒でしかない。ましてそれを押し付ける行為は精神汚染を前提とした悪魔の所業。多くの者は嫌煙してやまないだろうよ」
「もういい。うるせぇ。くたばれゴミカス‼」
「夢からの受ける侵害は、それがたとえ自分の持つ夢であったとしても同じような影響を与えうる。お前のように他者を滅ぼすことに特化した夢の形は、それが自分に向くことを前提としていないために冠域効果に対するリスクヘッジを行わない傾向が強い。…今回の場合は、考慮する余地もないくらいにお前はガードが甘いことが十分にわかっちまったけどな」

 筐体が巨大な光線を発した。光線を前にして海賊王の眼に映ったのは、嵐にも見紛う無限の砲弾の襲来だった。

「深度40000級の攻撃なんて、聞くだけでも恐ろしい。ありがたく使わせてもらうぜ」

「え…」

「冠域固定:崩海マル・ロペール。あばよ、海賊王」

―――
―――
―――
 
 光線に呑まれ海賊王の姿が塵と変わった。
 何も技そのものの高圧エネルギー砲を受けて敗れたのではない。彼は、自身が用意した相手を虐殺するためだけの大技に宿ったを受け、己のダメージに対する許容限界を突破してしまったのだ。
 著しく損壊した精神は彼に五体満足な現実への帰還を許すはずもなく、海賊王の若く勇猛果敢な魂は、文字通り彼の冠域内の大海の最中にて海の藻屑となってしまった。



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