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2章 巌窟の悪魔
23 海賊王
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時と場所を変えた夢想世界の某所。
佐呑に紐つけられた広大な夢想世界の空間において、人類史上稀に見る激戦が人知れず繰り広げられていた。
夢想世界では実際の現実における座標に起因した土地や空間が生成されるが、それは広大な海においても同じこと。地球の7割が海であるのと同じように、反転した世界である夢想世界においてもその7割近くが海のような空間であるのは間違いなかった。
果てなく広がる水平線を埋め尽くすのはカテゴリー4の悪魔の僕、通称『海賊王』と呼称される大物の能力によって生み出された幾千万の海賊船だった。
海賊王の手強さの所以はその無尽蔵に夢想世界上の海で出現する大型帆船クラスの海賊船を出現させることによる圧倒的な物量であり、生み出された海賊船にはゾンビのような乗組員も適当な数が同時生成される。一隻一隻がそれぞれの判断で稼働することが許され、時に連携をとって攻撃を仕掛けたり、時には使い捨ての駒のように船を盾として攻撃を防ぐようなこともする。
海賊王は登録こそされているのもの、その姿を一度も観測したことがないという特殊なケースの悪魔の僕だった。
海賊王は過去に何度も夢想世界上の海に出没しては、海の間際に生成された街や港での略奪行為を働き、時には対立する悪魔の僕の固有冠域に乗り込んで戦争を仕掛けるなど、とにかく好戦的なことで有名だった。
夢想世界での冠域の在り方はその空間を維持する存在を起点とするという共通点があるため、姿の見えない海賊王は無限に生成される海賊船のどれかに乗船しているとはされているが、その実態は謎に包まれている。
カテゴリー4に分類される実力は伊達ではなく、海賊船から出現するゾンビたちによる白兵戦や船に搭載された砲台を用いた砲撃は侮れない規模を誇る。一隻に備わる戦闘力は分相応だが、それが千や万という単位になれば話は違う。
地球上での全ての軍隊に勝る規模での交戦にはこれまで様々な手法による対処が試みられてきた。ただ、その出現エリアがTD2Pの管轄外である大西洋やカリブ海周辺地域に偏っていたため、その対処を行うの殆どがAD2Pであった。
過去には大規模な討伐作戦が敢行され、ボイジャーではグラトン号とスカンダ号が戦地に派遣された。だが、結果は手痛い敗北を喫して幕引きとなっている。
グラトンの竜の頭を用いた暴食も押し寄せる帆船の物量を抑えることは出来ず、絶大な火力として知られるスカンダの女神捧脚という滅殺の光線の連発を以ってしても、結果的に彼女はゾンビ一人に苦戦するまでに体力を低下させ退去を余儀なくされる状況に陥った。
単純な物量ゲームでの絶大な強さ。それこそが海賊王の本質であり、究極反転が最も危惧されるAD2Pの宿敵とも言える存在だった。
そんな海賊王と相対するのはボイジャー:オルトリンデ号を含んだTD2P最高の火力部隊とされる擲火戦略小隊だった。
夢想世界の武力行使において、イメージによる武器製造が近接武器に制限されている理由は、夢想世界上で罪のない存在を誤って傷つけることを防止する為だが、擲火戦略小隊にはその制限がない。
具体的な火力兵器の生成と行使において一切の免責特権を有し、犠牲を厭わぬ非人道的な火力攻撃が無制限に実行できるのだ。
その圧倒的な暴力性を加速させるのがボイジャーであるオルトリンデ号の固有冠域である『熾天』という力だ。展開されたこの冠域の周囲には独自の因果律の定義と空間の圧縮などの作用が働き、人体の限界を度外視した飛行能力・滞空能力・航空移動能力が付与される。その力の由来とされるのはオルトリンデの持つ『空を自由に翔ぶ』という子供染みた知的探求心の成れ果てだが、こと制空権という視点に立った場合、オルトリンデの持つこの力を超える存在は世界中を探しても見つからないだろう。
擲火戦略小隊の採る戦法は至ってシンプル。オルトリンデの能力によって飛翔能力を得た三十名余りの隊員が精密な爆弾やミサイルを想像力によって生成し、敵に対して投下するというもの。空襲に用いる爆弾は対空地ミサイルから地中貫通型爆弾、クラスター弾、誘導爆薬、大規模なガスタンク投下からの爆撃など、それはもう壮絶な威力と絶大な効力を持つことで良くも悪くも有名であった。
本来なら厳しく縛られる軍隊の火器製造において、その道のスペシャリストや造形の深い人間が用途に応じて様々な爆弾やミサイルを生み出せるように研鑽を積み、隊長であるバゼット・エヴァーコールの号令によってその趣向の凝らされた殺人兵器の投下が赦される。とはいえ、バゼットの極端な破壊至上主義に後押しされるこの号令は一度発令されればまず止まることなどなく、その世界の悉くを滅ぼしつくすまで続く。
圧倒的な高度から絶え間なく降り注がれる爆弾やミサイルの数々。もはや雨のように天を疎らに埋め尽くす死の砲撃は海面に蔓延る海賊船の大群を意図も容易く藻屑と化した。だが、無限の物量を有した海賊王の帆船の生成と空襲による破壊はある一定の総量を以て拮抗し、絶え間ない破壊と創造の競り合いがその世界を地獄絵図と化していた。
そして、この絶大な力を有するこの両者に対抗するさらなる勢力が存在した。
個にして世界を滅ぼしうる力を秘めた驚異の怪物。大討伐を数度経験してなお、その全てにおいで伝説的な圧勝を誇る戦闘能力の権化たるカテゴリー5の超大物、"反英雄"と呼ばれる存在だ。
赤黒い甲冑に身を包んだ鈍重なフォルムとはおよそ掛け離れた異次元の身体能力。
機動力も膂力も、何もかもが規格外の生命体にして、現実世界においては反転個体として畏れられる特別な存在。
身の丈に迫る剣の一閃で艦隊は海に沈み、払った剣の軌跡は空からの爆撃を凌ぐ。雷、炎、風を自在に纏った人為的な自然の力の乱用を可能とし、剣からは雷が、手指からは炎が、冑の奥に光る瞳からは風が生み出された。
無限に生み出される帆船やそれを打ち砕く恐ろしい爆撃の雨の最中においても反英雄は悠然と己の戦いを実現させ、当初は海賊王と擲火戦略小隊で拮抗していた戦場に異彩な存在感を放っている。戦いへの乱入から既に五百隻を超える数の海賊船を玉砕し、空を穿つような雷撃の光線によって二名の隊員の命が奪われた。
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「ふははははは‼なんという僥倖‼なんという禍福の在り様‼
我が擲火戦略小隊がっ、このバゼット・エヴァ―コールがかの反英雄との力比べを許されるなどとは‼
これほどの恩寵、偉大なる神の御心に感謝してもし尽くすことなどできやしないッ‼
天を仰ぐバゼット・エヴァーコール。恍惚に耽った男の表情は、天まで火薬の異臭が届く凄惨な眼下の地獄絵図には似合わなかった。
「ここにきて出し惜しむ余地などないッ‼オルトリンデ、冠域の深度を下げるのだ‼
この私も饗宴に参加させてもらう。ここにきて傍観者に成り下がることなどできるものか‼」
息を荒げるバゼットは自らの傍らに在る少女にそう訴えた。
少女の姿をしたボイジャー:オルトリンデ号は高揚するバゼットとは対照的な冷めきった表情を貌に浮かべたままぷかぷかと漂うように浮かんでおり、やがては頭を逆さに向けて胡坐をかきながら奇妙な体勢となってゆっくりと回転を始める。
「………やだよ」
「………やだよ。ではないッ‼ここでは貴様の深度が強すぎて私の冠域が出せぬのだ‼いつもより火薬の匂いがキツイからといって駄々を捏ねるな。これはまさしく聖戦に例えられる人類の大局面なのだぞ」
「そうかなぁ。多分ね、真面目にやってるのうちらだけだと思うよ」
「何をぅ……?」
「いやぁ、海賊王の方は別に船出してるだけだし。反英雄だって全然本気だしてない。海賊王は元々雑魚っぽいのもあるけど、反英雄はその気になればこんな小隊なんか十秒で皆殺しにできるよ」
「フン。望ましい時に没入できないというのは寧ろ可哀そうに思えるぞ。貴様が気乗りするかしないか、相手が本気を出しているかどうかなどこの際どうでもいい。貴様が少し冠域の深度を下げれば、私の冠域が出せる。それでいいではないか‼」
オルトリンデはなおも気楽そうに浮かびながら、気難しい雰囲気を醸し出していた。
「こっちも気を使ってるんだよ隊長。うちの冠域の深度下げたら、多分だけど反英雄ここまでジャンプしてくるよ。高度とか関係なしにさ」
「ええい。多分、多分とはっきりしない小娘だ。もういい、このままこの場で冠域を展開させるまでだ‼︎」
「その状況判断能力でよくもまぁ隊長なんて務まるね…」
少女は目を細めてそっぽを向いた。
「固有冠域:我が手に恩寵の全ては委ねたれり」
「何語だよ」
肩を落として呆れるオルトリンデ。そんな彼女を尻目に、天を仰ぐバゼットの周囲の空間が歪み出す。
靄を織りなす空間の変化が徐々にバゼットの頭上へと立ち昇って行く。狼煙を上げたような冠域が彼を起点とした縦方向へと展開される。頭上に堆積した靄はバゼットの次の掛け声を待ってさらなる変質を始めた。
「冠域延長:この手に収まらぬ程の祝福を」
頭上に昇った靄が四方それぞれ延びていく。
「冠域固定:解き放たれし親愛なる加護」
「うっわ、ボイジャーの真横でよく冠域固定までできるかね。ちょっと引くんだけど。というかもうそれキモいレベルよ」
四方に延びた靄はそれぞれが一様に炎の柱へと形を転じさせた。その柱の大きさは一つが超高層ビルに匹敵する巨大さであり、赤く燃え激る柱の先には天使の羽のようなオブジェクトと彫刻のような顔が生成されている。不気味な炎の柱はその先端を遥か眼下の水面へと向け、バゼットが指を鳴らしたことを合図に発射された。
柱は空を滑る炎の槍となって水面近くで大立ち回りする反英雄の元へと飛び込んでいった。空の至る所で弾幕が爆ぜるような異端なるその世界においてもその攻撃には目を奪われる異質さが滲んでおり、超特大の炎の槍は凄まじい光と熱を放ちながら反英雄を真上から照らしつける。
帆船の群れに降り注いだ四本の炎の柱はその直撃を持って大規模な大爆発を引き起こした。それは炎の柱が帆船の群れに飛び込むことに先んじて、小隊の隊員たちが可燃性の高いガスの圧縮タンクを投下したことが要因であり、ただでさえ強烈な炎の柱の殺傷能力を底上げするという擲火戦略小隊の十八番戦法であった。
人の身でありながら、バゼット・エヴァーコールが可能とする固有冠域展開のセンスは時に悪魔の僕をも上回る水準を誇っていた。それこそ、夢想世界においては彼一人が聯隊そのものに置き換わるまでの火力を有しているとさえ言われる。
自身の心象を具現化するような炎の柱を用いた単独での戦闘能力は、かつて彼が凶悪な悪魔の僕と対峙した際に殿として駆り出されてなお生還を果たすとい結果を残している。擲火戦略小隊として隊を率いる以前からカテゴリー3クラスの悪魔の僕との積極的な戦闘を行っており、かなり高い勝率を叩き出したその強さはボイジャーでさえ嫉妬してしまうことがあるほどだったという。
「ククククク……良い。良いなぁ擲火に与えられたこの自由。神に見初められしこの聖なる光、反英雄なんぞ何するものぞ‼」
「…ちょっと、冠域の振れ幅がデカすぎて熾天が乱れちゃうよ」
「そうかそうか。そうだろうな‼人間にして深度6500を誇るこの選ばれしバゼット・エヴァーコールが本気を出せばそれも仕方がないことだろう」
そこでバゼットはわざとらしく顎の辺りを摩って考える仕草をして見せた。
「ではこうしよう。我が擲火戦略小隊には引き続きこの超高度からの空襲の継続を命じる。だが、指揮系統は副隊長に委譲し、私は単身で眼下の饗宴に交わるとしよう‼」
「なっ……正気じゃないよ。下に居れば海賊王や反英雄だけじゃなく、うちらの爆撃まで相手にしなきゃいけないんだよ。ただの人間が立って許されるようなステージじゃないの」
それを聞いて、バゼットはあからさまに態度を硬化させた。
「悪魔に魂を売った夢の奴隷。人間のエゴによって生み出された人造兵器の風除け。
……それがどれだけ偉いというんだ。この地球の支配者とはそんな異能チート集団で良いのか?
人間が永い歴史の中で勝ち取った生存の権利。神が与えたもうたこの美しき自然の星。
それを守り抜くのも、再び勝ち取るのも人間でなくてはならない。
この星の主人公は人間だ‼」
バゼット・エヴァーコールの身体が急激に発火する。様々に発色する奇妙な炎に焼かれながら、その身を空へと擲ち、勢いに身を任せて落下を始めた。
「人の世を愚弄する涜神者どもッ‼
このバゼット・エヴァーコールが我らの主に代って貴様らに天誅を下してやろうぞッ‼」
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