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69 玉山がやってくれました

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 こうしていまだ固まっている両親をそこに置いたまま、敦子は玉山に促して玄関を上がっていった。
 玉山は上がるとき、敦子のほうを不安そうに見たが、敦子がどうぞといったので玉山は恐る恐る両親の横を抜けて玄関を上がった。
 玉山とふたり客間にいくと、座布団がもう置かれていたので、玉山をまず座らせて敦子は、玄関へと戻っていった。
 両親はまだ立ったままだったので、二人の肩をたたいていった。

 「玉山さんもう客間にいるよ」

 その言葉で母親のほうが先に我に返り、お茶の支度をしにキッチンに飛んでいった。
 父親も母親の後を追いキッチンに向かおうとしたので、そのまま客間に連行していった。
 客間に戻ると、弟の聡が玉山と話していた。聡は玉山を一度見ているのでどうやら耐性があるらしい。
 敦子と父親が席に着くと聡が言った。

 「ねえちゃんとおやじ、玉山さんほってどこ行ってんだよ」

 「お父さんを玄関から回収してきた」

敦子がそういうと、聡は父親を見てニヤッとした。

 「おやじ、玉山さんの顔面偏差値にびっくりしちゃったの?」

 父親は聡に図星を言われて顔を赤くした。
 そうこうしているうちに母親がお茶を持ってやってきた。
 ずいぶん緊張しているようなので、敦子がお盆をもらい、みんなにお茶を出した。
 そして家族みんなと玉山が座卓に並んだ。
  
 「こちら玉山さんです」

 敦子がもう一度紹介した。

 「初めまして玉山です」

 父親、母親、聡と順番に玉山に挨拶していった。
 聡と敦子を除いてみんな緊張しているらしくみんなお辞儀がぎこちなかった。
 そして挨拶が終わり、その場がシーンとした。誰も言葉を発しなかった。敦子が何か言おうとした時だ。
 玉山が声を出した。

 「おっ」

 「おっ?」

 玉山の言った言葉を父親が疑問符で返した。

 「おっ、お父さん!結婚してください」

 玉山がつっかえながら父親のほうを見ていった。
 玉山に見つめられた父親は、急に顔を真っ赤にさせてもじもじしだした。
 敦子ほか後のふたりは、一瞬何事が起ったのかと声も出なかった。
 先に発言した玉山は、なぜかウルウルした目で父親を見つめている。
 父親はもじもじしながら真っ赤な顔で言った。

 「はい、よろしくお願いしますぅ」

 「「「えっ~~~!」」」

 父親と玉山を除いた三人が一斉に叫んだ。
 
 その声で我に返った玉山が言った。

 「いい間違えました。すみません」

 どこからともなく安堵のため息が漏れた。

 「玉山さん、どうして言い間違えたの?それにお父さん、どうして返事しちゃうのよ」

 敦子がまず二人に文句を言った。玉山も緊張していたに違いないが、どうして自分の父親に結婚申し込みをしてしまったのか、そして父親もどうしてそれを恥ずかしそうに受けたのか納得いかなかったのだ。

 「そうよ、お父さん。いくら緊張してたからって、なんではい!なんていうのよ」

 母親も父親に愚痴った。

 「ごめん、敦子。間違えた。緊張しすぎてだなあ...」

 何やらもごもごと父親が言い訳している。ただあまりに小さすぎて敦子まで聞こえなかった。

 「ぷっぷっ~」

 そこに何やら笑いを我慢できず吹き出す声がした。みんな一斉にその声のしたほうを見ると、おなかを抱えた聡が笑い転げているではないか。

 「なに笑ってるのよ~」

 敦子が、ひとり笑い転げている聡に怒った。

 「ごめん、ごめん。だけどさ~、ぷっぷっ~」

 なかなか笑いが止まらないらしい。
 それを見た敦子も笑えてきた。見れば玉山も父親も母親も笑い出した。

 「はっはっ~~」

 緊張が解けた父親が大きな声で笑いだしたので、母親に怒られていた。
 
 「あっちゃん、ごめん。緊張しすぎて」

 玉山の眉がこれ以上ないぐらいに下がっていたのを見て、敦子も先ほどわいた怒りも収まった。

 「ごめんなさい。わたしもいいすぎちゃった」

 敦子の言葉で玉山はもう一度姿勢を正した。

 「玉山さん、今度は頑張って」

 聡が玉山にエールを送った。
 玉山は聡を見てうなずいてから、もう一度父親を向いていった。

 「おとうさん、おかあさん、もう一度いわせてください。どうか敦子さんと結婚を前提にお付き合いさせてください」

 父親と母親はお互い顔を見合わせてから、父親が玉山の方を向いて言った。

 「娘をよろしくお願いします」

 今度は皆がきちんといいたいことを言えて、誰からともなく安堵のため息が出た。

 「やったね、ねえちゃん。イケメンゲットだぜ!」

 聡がその場を盛り上げるように言ったおかげで、今度はみんなから笑いが漏れて部屋中を満たした。
 そのあと玉山がすっかり忘れていたあのお高いお土産を母親に差し出し、母親から賛辞の言葉を受け取って玉山の硬かった表情が少し和らいだ。ちなみに敦子も買ってきたお土産を渡したのだが、ちょっと目を向けただけで忘れ去られてしまっていた。

 やっと緊張が解けたおかげで、いつもの両親に戻ってさっそく母親の質問タイムが始まった。

 「玉山さん、敦子のどこがいいの?こういっては何だけど、敦子はほんと平凡な子よ。玉山さんだったらもっといい子がいるでしょう?」

 「いえ、僕は敦子さんが好きです。敦子さんの性格、愛嬌のある顔も好きです。あと料理もおいしいですし。あとは......」

 あまりに玉山がつらつらと、いかに敦子がいいか述べているので、聞いていた両親も聡ももちろん敦子自身も背中が無性にかゆくなって居心地が悪かった。

 「ありがとう。玉山さん。もうわかったわ」

 母親はもういいとばかりに玉山の言葉をさえぎった。

 「こんなに玉山さんに好かれて敦子は幸せね~」

 母親はそう言って敦子を見た。
 敦子もまさかここまで玉山が言ってくれるとは思わず目が潤んできた。
 それを見た玉山が敦子の手にそっと手を伸ばしてぎゅっと握ってくれた。

 「玉山さんありがとう」

 玉山がこれ以上ないほどの優しい顔で敦子を見た。

 「あ~あ、俺も彼女ほしくなっちゃった」

 敦子と玉山の様子を見ていた聡がそういって、また笑いを誘ったのだった。

 お昼には、お寿司を出前で頼んでいたので皆で食べた。
 奮発したのか特上寿司だったので、これまた敦子はびっくりした。
 洋服もそうだが敦子と玉山を歓迎しようとしてくれていたのを感じて、敦子は両親に感謝した。
 
 お寿司を食べた後、母親は玉山のお土産を見たくてうずうずしていたのか、お土産の包みをウキウキしながら広げていった。

 「わあ~おいしそうね。これみんなでいただきましょうよ」

 母親は皆にいったが自分が一番食べたいのがまるわかりで、途中聡が自分が食べたいだけだろうと茶化したりした。 
 やはり評判通りお菓子は、ほっぺが落ちるほどおいしかった。
 みんなが和やかにお菓子を食べていると、いつのまにやら犬のしろがやってきていて、家来のようにおとなしく玉山の後ろに控えていた。いつもならかまってほしくて自分アピールがすごいので、今日のしろに皆がびっくりするほどだった。

 おいしくお菓子をいただいた後、皆で巻物を見ることとなった。

 父親が巻物を広げていった。
 玉山も食い入るように巻物をじっと見ていく。
 その目が、ある男の人の絵でとまった。

 やはりその男の人の絵は、今目の前にいる玉山に本当にそっくりだった。

 「やっぱり似てるよなぁ」

 「ああ、ほんとに似てる」

 聡の言った言葉に父親が同意して、二人とも絵と玉山を何度も見比べていた。
 玉山もこんなに似ているとは思ってもいなかったらしくずっと絵を見続けている。

 敦子も間近で絵と玉山を見比べて確信したのだった。

 やっぱり夢は、正夢だったのだと。

 
 



 

 


  

 
 
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