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一回目のキャスリンの人生3
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「まあ怖い!キャスリン様が私をにらんでいるわ」
メルビス王太子にまるでしなだれかかるように張り付いているイソベラが言った。
「大丈夫だ。お前は私が守るから」
そういって鼻をこれ以上ないぐらいに伸ばしたメルビス王太子は、さっさと取り巻きたちを引き連れて部屋を出ていった。
キャスリンは王太子たちが出ていったあと、やっと自分の今後を冷静に考えた。
-さっき王太子は、杯と言ったわ。やはりわが公爵家は貴族といっても王家に近い血筋だもの。さすがに絞首刑とかはできないわよね。毒杯なのね。まああれならすぐに死ねると聞くし。仕方ないわね。
もともと王族の刑に使われた毒杯の毒は、飲むとすぐに苦しまずに死ねるように作られたものだ。
キャスリンは、自分のことながらどこか頭の中は冷えていた。キャスリンが見る限りあのメルビス王太子が国王になったらこの国もおしまいだ。兄クロードも言っていた。このままではきっと遠い将来国が立ち行かなくなる。現にハビゼル侯爵家のロング宰相が実権を握ってからというもの、国は余計混乱して、貴族たちも私利私欲に走っている。
-ダイモック家のみんなとお兄様、そしてそしてスティーブは無事かしら。それだけが心残りだわ。こんなに早く刑が執行されるなんてさすがに誰も思わないわよね。
キャスリンはダイモック家の公爵令嬢である。見苦しく逃げたり命乞いをしたくない。これでも貴族たる矜持だけはあるつもりだ。しかし目の前に迫ってきた死というものに恐怖を感じるのは許してほしい。自分の知らぬうちに勝手にひとりで震える手を握りしめながら、キャスリンはもうひと目だけでもスティーブに会いたいと思った。
そうしているうちにドアがノックされた。毒杯を持った者たちが部屋に入ってきた。
こんな時はドアがノックされるのね。キャスリンが最後に思ったことだった。
「こうして毒杯を飲んだのよ。ただ毒杯はすり替えられたのかもともと用意されていなかったのか、私が飲んだのは、ガオミールという猛毒だったの。苦しかったわ。のどは焼けるように痛かったし。だけど死んだと思って起きたら12歳に戻っていたのよ」
「ガオミールを!」
そこまで黙って聞いていたスティーブが、毒薬の名前を聞いて怒りが込み上げてきたようだった。今にも人を殺しそうな顔をしている。
「私が戻れたのは、スティーブあなたのおかげよ。あなたの魔法で私、戻ることができたの」
「私ですか?」
スティーブはあっけにとられたようだった。
「そうよ。ありがとう。私を戻してくれて」
「えっ、それよりキャスリン様を陥れたメルビス王子やハビセル侯爵家のロングやオルコットを、先に制裁する方がいいんじゃないですか」
「あの時の状況ではとても無理だったと思うわ。いくらスティーブでも。謎の流行り病で王も王妃も父も母も病に倒れたでしょ。あれでだいぶダイモック家寄りの貴族たちの力がそがれてしまったわ。あの時のダイモック公爵家では、とてもハビセル侯爵家には立ち向かえない。だけど私がいる12歳の世界ならきっと止められると思うの。それにいろいろやりたいしね!だって私だけあんなに苦しんだんじゃあ不公平でしょ!」
楽しそうに言うキャスリンに、寒くもないのに身震いしたスティーブだった。
「それにマーク達の事ももう一度調べてみたいわ」
「ですが私は今まだ魔法が使えないんです」
「そうなの?じゃあ私が教えるわ。安心して」
「わかりました。でもキャスリン様がどうして魔法を使えることになったのですか?」
キャスリンは魔法が使えることになった女性の話をした。女性の頭の中に入っていろいろ体験したことを。そしてその女性こそあのアシュイラ皇国を作った初代の王妃であったことを。
「すごいですね。実は私も父のマークから聞いてはいたんですが、半分半信半疑だったんです。この目でキャスリン様を見るまでは」
「そうよね~。私も自分で魔法が使えるなんてびっくりよ。しかもチートなのよ。すごいでしょ」
「何ですかそのチートって。何かの呪文ですか?」
「そうみたい、よく彼女が連呼していたわ」
「それにしてもどうしてキャスリン様は今の恰好を?」
「だってスティーブのぬくもりを感じたいじゃない。この前のようにトウメイニンゲンだったら触ることもできないでしょ。だからスティーブに触れるように魔法を使ったら、こんな格好になったのよ」
「それは犬ですか?さっき変な名前を言っていましたが」
「そうよ。これはれっきとした犬よ。ちょっと足が短くて不格好だけど。彼女のいた世界では人気の犬だったみたいよ。現に彼女の家でも飼っていたし」
そうなのだ。彼女の家で飼っていた犬はこういう格好をしていた。だから動物になるほうが魔法の効率がいいとあの魔法の鏡で知って、すぐに彼女の犬を頭に思い浮かべてしまった。まさかこの世界にはいないということまで思い至らなかったのだ。
「キャスリン様この格好で外を歩かないでくださいね。珍しくて捕まえられてしまいますよ」
そういったスティーブの顔は笑っていた。
「大丈夫よ。スティーブにしか見えないし」
「そうなんですか?」
「そうよ、だってトウメイニンゲンの時にもスティーブしか見えなかったでしょ」
「確かにそうでしたね。でもどうしてですか」
「たぶん魔力がある人しか見えないのよきっと」
そうスティーブに説明したキャスリンは何かが頭の隅に引っかかっていた。そしてはっとした。
「そうよ、そうなのよ!どうして今まで気が付かなかったのかしら」
キャスリンは思い切り叫んでいた。
メルビス王太子にまるでしなだれかかるように張り付いているイソベラが言った。
「大丈夫だ。お前は私が守るから」
そういって鼻をこれ以上ないぐらいに伸ばしたメルビス王太子は、さっさと取り巻きたちを引き連れて部屋を出ていった。
キャスリンは王太子たちが出ていったあと、やっと自分の今後を冷静に考えた。
-さっき王太子は、杯と言ったわ。やはりわが公爵家は貴族といっても王家に近い血筋だもの。さすがに絞首刑とかはできないわよね。毒杯なのね。まああれならすぐに死ねると聞くし。仕方ないわね。
もともと王族の刑に使われた毒杯の毒は、飲むとすぐに苦しまずに死ねるように作られたものだ。
キャスリンは、自分のことながらどこか頭の中は冷えていた。キャスリンが見る限りあのメルビス王太子が国王になったらこの国もおしまいだ。兄クロードも言っていた。このままではきっと遠い将来国が立ち行かなくなる。現にハビゼル侯爵家のロング宰相が実権を握ってからというもの、国は余計混乱して、貴族たちも私利私欲に走っている。
-ダイモック家のみんなとお兄様、そしてそしてスティーブは無事かしら。それだけが心残りだわ。こんなに早く刑が執行されるなんてさすがに誰も思わないわよね。
キャスリンはダイモック家の公爵令嬢である。見苦しく逃げたり命乞いをしたくない。これでも貴族たる矜持だけはあるつもりだ。しかし目の前に迫ってきた死というものに恐怖を感じるのは許してほしい。自分の知らぬうちに勝手にひとりで震える手を握りしめながら、キャスリンはもうひと目だけでもスティーブに会いたいと思った。
そうしているうちにドアがノックされた。毒杯を持った者たちが部屋に入ってきた。
こんな時はドアがノックされるのね。キャスリンが最後に思ったことだった。
「こうして毒杯を飲んだのよ。ただ毒杯はすり替えられたのかもともと用意されていなかったのか、私が飲んだのは、ガオミールという猛毒だったの。苦しかったわ。のどは焼けるように痛かったし。だけど死んだと思って起きたら12歳に戻っていたのよ」
「ガオミールを!」
そこまで黙って聞いていたスティーブが、毒薬の名前を聞いて怒りが込み上げてきたようだった。今にも人を殺しそうな顔をしている。
「私が戻れたのは、スティーブあなたのおかげよ。あなたの魔法で私、戻ることができたの」
「私ですか?」
スティーブはあっけにとられたようだった。
「そうよ。ありがとう。私を戻してくれて」
「えっ、それよりキャスリン様を陥れたメルビス王子やハビセル侯爵家のロングやオルコットを、先に制裁する方がいいんじゃないですか」
「あの時の状況ではとても無理だったと思うわ。いくらスティーブでも。謎の流行り病で王も王妃も父も母も病に倒れたでしょ。あれでだいぶダイモック家寄りの貴族たちの力がそがれてしまったわ。あの時のダイモック公爵家では、とてもハビセル侯爵家には立ち向かえない。だけど私がいる12歳の世界ならきっと止められると思うの。それにいろいろやりたいしね!だって私だけあんなに苦しんだんじゃあ不公平でしょ!」
楽しそうに言うキャスリンに、寒くもないのに身震いしたスティーブだった。
「それにマーク達の事ももう一度調べてみたいわ」
「ですが私は今まだ魔法が使えないんです」
「そうなの?じゃあ私が教えるわ。安心して」
「わかりました。でもキャスリン様がどうして魔法を使えることになったのですか?」
キャスリンは魔法が使えることになった女性の話をした。女性の頭の中に入っていろいろ体験したことを。そしてその女性こそあのアシュイラ皇国を作った初代の王妃であったことを。
「すごいですね。実は私も父のマークから聞いてはいたんですが、半分半信半疑だったんです。この目でキャスリン様を見るまでは」
「そうよね~。私も自分で魔法が使えるなんてびっくりよ。しかもチートなのよ。すごいでしょ」
「何ですかそのチートって。何かの呪文ですか?」
「そうみたい、よく彼女が連呼していたわ」
「それにしてもどうしてキャスリン様は今の恰好を?」
「だってスティーブのぬくもりを感じたいじゃない。この前のようにトウメイニンゲンだったら触ることもできないでしょ。だからスティーブに触れるように魔法を使ったら、こんな格好になったのよ」
「それは犬ですか?さっき変な名前を言っていましたが」
「そうよ。これはれっきとした犬よ。ちょっと足が短くて不格好だけど。彼女のいた世界では人気の犬だったみたいよ。現に彼女の家でも飼っていたし」
そうなのだ。彼女の家で飼っていた犬はこういう格好をしていた。だから動物になるほうが魔法の効率がいいとあの魔法の鏡で知って、すぐに彼女の犬を頭に思い浮かべてしまった。まさかこの世界にはいないということまで思い至らなかったのだ。
「キャスリン様この格好で外を歩かないでくださいね。珍しくて捕まえられてしまいますよ」
そういったスティーブの顔は笑っていた。
「大丈夫よ。スティーブにしか見えないし」
「そうなんですか?」
「そうよ、だってトウメイニンゲンの時にもスティーブしか見えなかったでしょ」
「確かにそうでしたね。でもどうしてですか」
「たぶん魔力がある人しか見えないのよきっと」
そうスティーブに説明したキャスリンは何かが頭の隅に引っかかっていた。そしてはっとした。
「そうよ、そうなのよ!どうして今まで気が付かなかったのかしら」
キャスリンは思い切り叫んでいた。
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