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男爵屋敷でのイソベラ

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 キャスリンが驚いている間に、その部屋の主であるイソベラは、お盆が置いてあるテーブルの前の椅子にのっそりと座り料理を食べ始めた。パンは固いらしく、スープの中に入れてふやかして食べている。このお盆を驚かずに平然と食べる様子を見ていたキャスリンは、びっくりした。たぶん毎日こんな料理を食べているのだろう。
 キャスリンはよくイソベラの様子を見ていたが、顔に覇気がない。洋服も古ぼけた感じで髪もぼさぼさに近い。先ほどのメイドのほうがよほどこぎれいにしている気がした。
 末端とはいえ今ここにいるイソベラはとても貴族令嬢には見えなかった。
 
 キャスリンが知ってるイソベラは、毎日きれいな洋服を着て、髪もすごくつややかでいかにもお手入れしてますって感じだった記憶がある。男爵家はこの屋敷を見ても決してお金がないわけでもないようだ。先ほどの趣味の悪すぎる廊下を見てもお金をかけている感がある。
 キャスリンは、黙々と食事を食べているイソベラを見て強烈な違和感を感じた。イソベラがこんな目にあっているのを見ても可哀想だとは思えない。なんだって自分は殺されたのだから。しかしなぜこんなところにいるのだろう。
 
 キャスリンは疑問を解決すべく部屋を出て、ほかの場所に行くことにした。
 やはり先ほどのメイドたちを探ったほうがいいだろう。
 廊下を歩き回り、メイドがちょうど休憩している場所へたどり着いた。
 先ほど食事をイソベラの部屋まで運んでいたメイドが、先ほどとは違うメイドと食事しながらしゃべっていた。
 どう見てもイソベラが食べていた食事よりは、おいしそうな気がする。パンもやわらかそうだし、スープの中に具がたくさん入っている。おまけにちょこっと果物までお皿にのっている。 

 「どうだった、あの子?」

 「いつも通りよ。それにしてもなんだかね~」

 「奥様も怖いわよね~。前にメイドがあの子にちょっと優しくしただけで、ここをやめさせられちゃうんだから」

 「奥様はあの子の存在が許せないのよ」

 「大変ね~。お貴族様は!」

 「それより今度来る行商の人から何買う?」

 「そうねえ、今王都ではやっているって言ってた髪飾りがいいわね。それと~」

 メイドたちはイソベラの話から別の話を始めたので、キャスリンは部屋を出た。
 あのイソベラがあまりいい環境にいないことに喜んでいいはずなのに、なぜか心が沈んだまま自分の魔法部屋に戻った。

 夕食も父のスコットは忙しいらしく不在だった。キャスリンは父親を除いた家族で食事をしながら、昼間見たおイソベラの事を思い出していた。
 イソベラは毎日あの薄暗い部屋で一人で食事しているのね。そう考えていたせいかぽろっと言葉が漏れてしまった。

 「イソベラって男爵の子なのかしら」

 「まあ男爵の子だけど、庶子だからね」

 キャスリンのつぶやきを聞き取った兄のクロードが答えた。

 「そうなの?お兄様よく知っているわね」

 「キャスリンの話を聞いてから調べたのさ。まだ学校にも入っていないし、聞いたこともない名前だったから最初は本当にいるのかと思ったけどね。」

 「じゃあイソベラって?」

 「男爵邸でメイドをしていた女に産ませた子らしいよ。ただ男爵夫人が男爵がそのメイドに手を付けた時点で屋敷から追い出したらしいんだけどね。最近その娘だけを引き取ったって聞いた」

 「どうして今頃引き取ったのかしら?」

 「学校に入れるためらしいよ。あわよくば同じ年ごろの大貴族に見染められて妾にでもなればと思ってるらしい」

 「まあ、ひどいわ」

 「ストラ男爵は今は妻の実家の援助で羽振りがいいけど、前は貧乏だったらしいから金に執着がすごいって言われてるようだよ」

 「ストラ男爵夫人は裕福な商家の出らしいわよ。だから誰も男爵夫人には頭が上がらないそうね。だからってその女の子に同情はしないわ。だってキャスリンをひどい目に合わせたのよ」

 いつも穏やかな母のミシェルがそういってバッサリと話を切った。
 ミシェルの強い怒りにキャスリンと兄のクロードは顔を見合わせた。


 それからも毎日キャスリンは男爵邸に行った。もう通っているといってもいいほどだ。肝心なストラ男爵とあの男コルトは王都の屋敷にいるらしかった。
 男爵夫人もあれからすぐ王都の屋敷に行ってしまった。本当なら王都の屋敷を探るほうがいいのだが、どうしてもイソベラの事が気になってしまったのだ。
 
 男爵夫人がいなくなると、イソベラの食事は少しはまともなものになった。といってもメイドたちと同じだが。心なしかイソベラの顔色も前よりはよくなった気がする。とはいえまだあの薄暗い部屋で薄汚れた洋服をまとい髪もぼさぼさだったが。
 
 キャスリンがイソベラの部屋に行くと、今日のイソベラはなんだかそわそわしていた。
 キャスリンがいぶかしげにイソベラを見ていると、不意にドアの下の隙間に何かが差し込まれた。イソベラが走ってドアに向かう。イソベラが手にしたのは一枚の葉っぱだった。
 
 イソベラが、その葉っぱを見て目を輝かせて、ドアの外に飛び出していった。
 キャスリンはそれをあっけにとられて見ていた。今までどんなことがあってもドアの外に出ることはなかったのだ。男爵夫人がいるときならともかくいないときでも。
 キャスリンは慌ててイソベラの後を追いかけた。

 屋敷の裏の使用人出口の外にイソベラはいた。一人の男の子としゃべっている。その男の子はいかにも庶民の洋服を着ており、ところどころつぎはぎがされていてとてもお金持ちには思えなかった。
 
 「どう?お義父さんの具合は?」

 「だいぶ良くなったよ。もうすぐまた薬を作ることもできると思う。ねえイソベラ、もうこんな屋敷出て僕と帰ろう」

 「駄目よ。それよりジークとピートはもう歩くようになった?」

 「まだだよ~。でもお座りできるようになったよ。義母さんも元気だよ」

 「そう~よかった!」

 「それよりイソベラ、君の方が心配だよ。こんなに痩せてちゃんと食べてるの?父さんも義母さんも心配してる」

 「私は大丈夫よ。だってお貴族様よ。学校に行ったらもっといい暮らしになるわ」

 「ごめん。イソベラばっかり苦労してる...」

 「なに言ってるの?今日も教えてくれてありがとう。もう行くわね」
 
 そういってイソベラは一度も振り返らずに屋敷に戻っていった。
 残された男の子はいつまでもイソベラを見つめていた。その目からは涙があふれていた。

 イソベラが見えなくなってしばらくたってから、男の子は洋服の袖で涙をぬぐうと屋敷を後にした。
 
 



  
 
 
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