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5 魔法って今言いませんでしたか? 

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 私は、また目が覚めた。やはりシャンデリアが見える。窓からは西日だろうか。オレンジ色の淡い光が差し込んで、部屋全体を淡く染めている。シャンデリアがその光できらきら光っているのが、無性に悲しかった。ここが、自分の部屋ではないことを証明している。
 起き上がると、自分が着ている洋服が目に入った。確か自分はTシャツにパーカー、ジーパンをはいていたはずだ。しかし今目に映っているのは、淡い桃色の袖がたっぷりとしたかわいらしいものだった。
 私は、自分が着ている洋服を見たくなってベッドから降りた。部屋の隅に姿見がある。そこまで歩いていった。それはまるでドレスのように丈が長くくるぶしまであって、首元や裾に繊細な刺繍が施されてはいるが、肌にやわらかい素材でできており部屋着の様だった。

「これっ、かわいい!」

 今まで落ち込んでいたテンションが、そのかわいい服を見て少しだけ上がった。ベッドのほうを見やれば、ベッドの足元にルームスリッパが置かれていた。まるで今来ている部屋着に合わせて作られているようにスリッパにも部屋着と同じ刺繍が施されていた。慌ててスリッパをはきにベッドに戻り、そのスリッパをはいてみた。やはりというべきか履きやすく肌になじむ。
 
 私はそっと部屋のドアのところに行き、ドアに耳を当てて外の音を伺った。外の音は聞こえない。次に窓のそばにいった。外を見下ろすと、そこは二階の様で下にアシンメトリーな庭があった。大きな噴水も見える。ベランダがあるので、外へ出てみた。柔らかな風が頬に当たる。夕方のためか、風が少し冷たく感じた。庭は湖まで続いているようだ。ベランダから左右を見ると両側に大きな高いとがった建物が見える。それを見てすぐに思ったのは、テーマパークにあるお城だった。
 
「なにこれ?大きくない?」

 私がそうつぶやいた時だ。

「風も冷たくなってきましたよ。冷えますのでどうぞ中へ」

 窓のところから声がした。声の主は、水を飲ませてくれた女性だった。確かアリーといったか。私はその時初めて寒さを覚えた。中に急いで入ると、アリーはその部屋着とおそろいであろうガウンをかけてくれた。

「ありがとうございます」

「いえ。お体はいかがですか?」

「大丈夫です。この洋服ありがとうございます」

「サイズがぴったりでよかったです」

 アリーはほほえみながら私を見た。

「ご夕食ですが、食事をこちらにお運びしますか? それともダイニングでお召し上がりになりますか?」

「あっ、もしよければここでもいいですか?」

 私の声はずいぶん小さかったと思う。不意にあの男の事を思い出したのだ。顔はよく覚えていないが、私から見ても明らかに怒っていた。思い出しただけで、首がちりっと傷んだ気がした。ふと首に巻いてあるはずの包帯に触れようとした。

「包帯がない!」

 首に巻いてあった包帯がなかった。確か少し怪我をした気がするので、怪我がどこにあるのか首を指でなでてみた。しかしどこにもそれらしい傷はなかった。

「傷がない!」

 それまで私をじっと見ていたアリーが言った。

「傷は治療させていただきました。傷跡も残らずようございました」

「すごいですね~。こんなに早く治るなんて。よく効く傷薬があるんですね」

 私がそういうと、アリーはきょとんとして私を見た。私もそんなアリーの顔を見つめた。どのくらい見合っていただろうか。アリーが急にポンと両手をたたいた。

「お嬢様の世界には魔法はなかったのでしたね」

 ずいぶん納得した様子のアリーに、私の方が逆にびっくりしてしまった。

「魔法? 今魔法って言いましたよね? この世界には魔法あるんですか?」

「ええ、ございますよ」

 当たり前のようにアリーが言った。たぶん私の顔がすごいことになっていたのだろう。

「大丈夫ですか?」

 アリーが心配してくれたが、私はそれどころではなかった。

「魔法あるんですか? あるんですね? あるんですよね? 私も使えるんですか?」

 ずいぶん食いつき気味に言ったせいだろう。気が付けば私は、アリーにすごい勢いで聞いていたようだ。アリーは、私の勢いに押されて引きつった笑みを浮かべていた。

「あっ、すみません」

「いえっ、魔法に興味がおありなんですね」

「はい!」

 勢いよく返事をした私に、アリーは嬉しい言葉をかけてくれた。

「今日は、ごゆっくりなさってください。明日お体の調子がよろしければ、わたくしにわかることでしたら、何でもおお答えさせていただきますね」

「ありがとうございます!」

 ひょうきんなもので、ここが魔法が使える世界だと知ったとたん、ファンタジーの世界に迷い込んだ物語の主人公になったような気分になり、落ち込んでいた気分が今だけはどこかに吹っ飛んでいた。
 
「じゃあお食事をお持ちしますね」

「ありがとうございます!」

 途端に元気になった私の返事を聞いて、にこやかに微笑んでくれたアリーだった。

 食事が来るまで、いろいろ考えてみた。ここが自分がいた世界とは違うことを、外の景色や皆の服装でうすうす感じていた。アリーの着ていた服装は、まるで昔自分が見た絵本の中に出てくる人が着ていたものとそっくりだ。気を失う前にちらっと見たあの男が着ていた服装も、絵本の中に描かれていたものと似ている。
 もしかしたらこの世界は、あの絵本の世界なのだろうか。ひいおばあちゃんが描いた絵本。ひいおばあちゃんが持っていたネックレス。

 私は、テーブルに置かれているあのネックレスを見た。青い石がきらりと光った気がした。
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