かん子の小さな願い

にいるず

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かん子の研修所生活 その8

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 研修所生活最終日となった。
 今日は最寄りの工場を見学してから解散となっている。昨日のこともありかん子は、正也や寿々子たちと顔を合わせづらかったが、朝食会場に入ると待っていたかのようにやってきた寿々子たちに謝られた。

 「昨日はほんとうにごめんなさい。お怪我までさせてしまって」

 本当に悪いと思っているらしくしおれている。
 
 寿々子の姿を見たときには、一瞬昨日のことが頭をよぎり足がすくんでしまったが、横には薫子や彩加もいたおかげでどうにか立っていることができた。
 寿々子達にさんざん謝られたのにはびっくりしたが、これからの事を考えどうにか笑顔を作り答えることができた。顔はずいぶんこわばってしまったが。

 「怪我といってもたいしたことじゃないので大丈夫です。それよりこちらこそ気づかなかったとはいえ、不快な思いをさせてしまっていたようですみませんでした」

 かん子が言った言葉に、それまでずっと下をむいていて顔をあわせなかった寿々子が、はじめてかん子を見た。信じられないという顔をして。

 「いえっ私の勝手な思い込みでごめんなさい。もう私の顔なんて見るのも嫌かもしれないけれど、私藤乃さんが好きになりそうです。今度お会いしたときには、ぜひお話させてください」

 寿々子はそういって何度も頭を下げて去って行った。

 かん子は、寿々子の言った言葉にびっくりして呆然としていた。

 「よかったね」

 彩加と薫子がそういってくれて、かん子ははっと我にかえりほっとした。

 そのあと彩加と薫子は、誰かを探すように朝食会場を見ていたが、吉岡と小林の手を振る様子を見つけ三人でそのテーブルについた。
 そこには吉岡、小林のほかに敦彦や正也もいた。席に着くなり吉岡に昨日の怪我のことを聞かれ、朝食もそこそこに質問コーナーとなってしまったかん子であった。
 正也はといえば質問こそしないもののかん子は、正也の視線をずっと感じていた。
 というのも昨日のことを思い出せば出すほど、恥ずかしくて正也のほうを見ることができなかったからである。

 「昨日のことは、謝ってくれたからもういいよ」

 かん子は、さっき寿々子が謝ってくれたことを皆に言い、朝食を食べるのに専念した。
 その間もたびたび正也の視線を感じた。しかし顔を向けることも昨日の御礼やスーツをよごしてしまったおわびをいうことができなかったかん子だった。



 工場見学を終え、行きと同じ駅にバスがついた。一週間の研修が終わった。明日から三日間会社は休みである。
 
 帰りのバスは彩加と薫子の隣に座ることができた。行きのバスでは隣だった正也といえば、自分よりも前のほうに座っている。敦彦の隣に。
 その周りはなぜか女子が取り囲んでいて、二人にいろいろ話しかけているように見える。
 
 かん子は、それを見るとなぜかもやもやした気分になり見るのをやめた。隣にいる薫子や彩加は、かん子の視線の先やかん子が無意識でしてしまっているしかめっつらを面白そうに眺めていた。
 自分をじっと見ていた二人の視線に気づいたとたん、思わず赤くなってしまったかん子であった。

 かん子は、このもやもやした気持ちを追い払うかのように二人に聞いた。

 「勤務先同じだね、よろしくね。会社へはどうやっていく?」

 勤務先となる職場は郊外にある。たぶんふたりとも電車であろうが。かん子はそう思っていた。

 薫子が言った。

 「わたくし送り迎えだと思いますわ。いやですけど」

 「わたしも電車がよかったけど、危ないからってたぶん送り迎え」

 彩加が言った。危ない発言をしたのは、たぶん婚約者であろう。
 何がどう危ないのかつっこみをいれたくなったかん子であったが、まさか会社へ行くのに送り迎え発言をするとは思ってもいなかったので、ぶっとんだかん子であった。  

 「かん子さんは?」

 薫子が聞いた。

 「私、会社の寮に入ろうと思って」

 かん子がにんまりとした顔でいった。かん子は、今まで一人暮らしをしたことがない。大学も電車で行ける距離だった。もちろん職場へも快速電車なら行けない距離ではない。
 だが会社には女子寮があると聞いていたので、会社のアンケート用紙に職場が自宅から遠い場合になった時には女子寮希望と書いておいた。
 もちろんそんなことを早くから言っていれば、兄の俊史に猛反対されるであろうが、今回は三日後から会社出勤である。もうこの際事後報告でもいい。
 ぜひ一人暮らしをしてみたかったかん子には渡りに船である。寮は最低限なものはそろっていて、身一つで行けるらしい。
 その上寮であるから、両親はあまり文句はいわないだろうという計算もあった。
 しかも母親の美絵子には前から話はしてあった。かん子が一人暮らしにあこがれていることを。

 それが今朝、母親から自宅に会社の寮に入れるとの連絡がきたとメールがきたのだ。
 一瞬なぜ自宅にと思ったがそんなことすぐに忘れてしまい、初めての一人暮らしに思いっきりにんまりしてしまうかん子だった。

 「じゃあ落ち着いたら呼んでね」

 「そうそう、引っ越しのお祝いをしましょうね」

 彩加と薫子に言われ、よけいうれしくなったかん子だった。

 たださっきバスの車内で感じたもやもやは、なかなかかん子の胸からとれなかったが。

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