上 下
65 / 104

65 思ったよりさくさく進みました

しおりを挟む
 私は、白目をむいている清徳さんの胸に着いている黒い物体を、軍手をはめた手で勢いよく払い落としました。黒い物体は床に落ちたかと思うと、すごい速さで消えていきました。

「大丈夫ですか」

「ああ」

 しばらくしてようやく息を吹き返した清徳さんが返事をしました。そして黙って棒を私によこしてきます。私はその棒を無言で受け取りました。
 それからは、結局私一人で検針をしました。清徳さんはと見れば、私のずいぶん後ろに突っ立ています。もうとても検針をする気にはなれないようです。目もうつろです。
 ただそのおかげで、検針はさくさく進みました。

「いったん車に戻りましょうか」

 ノルマの分の検針を終えて車に戻ることにしました。まだ青木さんたちは戻ってきていませんでした。
 私と清徳さんは日陰に移動して待つことにしました。私はバッグの中からウエットティッシュを出して、清徳さんに渡しました。清徳さんは、一袋丸ごと使ってしまう勢いで先ほど黒い物体が付いた作業服の上を何度も拭いています。手も何度も何度も拭いています。結局一袋すべて使ってしまいました。あなた、そんなに拭いていますがろくに作業していませんよね。ウエットティッシュを何個か持ってきていて正解でした。

「どうぞ。これ私たちの同じ課の方々からの差し入れです」

 清徳さんが拭き終わったのを確認して、私は飲み物の袋を差し出しました。お茶かスポーツドリンクを自分で選んでもらうためです。

「やっぱり一仕事終えた後はうまいな」

 清徳さんはそういって、おいしそうに選んだスポーツドリンクを飲んでいます。その姿はちょっとだけ恰好がよかったのですが、胸のあたりが先ほど拭いたせいでびしょびしょに濡れています。濡れて作業服の色が少し変わっているせいか、なんだか飲み物をこぼした後の様でさまになっていません。少し笑えてきました。
 私がにやにやしているのを目ざとく見つけた清徳さんが、不審そうに私を見てきました。
 私はそ知らぬ顔をしてスポーツドリンクを飲みました。暑かったのでおいしいですね。

 私と清徳さんが飲み物を飲み終わるころ、やっと青木さんと杉さんが戻ってきました。青木さんはいつも通りですが、杉さんの方は、髪はよれ洋服も少し土が付いていました。なんとなく状況を理解した私は無言で、杉さんにウエットティッシュを渡しました。杉さんも先ほどの清徳さんと同じようにウエットティッシュであちこち拭きまくっていました。

「お疲れ様です。はかどりましたか?」

 私が飲み物の袋を青木さんに手渡しながら聞くと、青木さんがニヤッと笑いました。

「最後の方ははかどったよ。そっちは?」

「こちらも同じです」

 私の返事に青木さんは、素早く清徳さんの姿を一瞥してから胸の色が変わっている場所を見てくすっと笑いました。私は、やっと拭き終わった杉さんに飲み物を渡しに行きました。杉さんも午前中でへとへとになったようです。日陰でおいしそうに飲み始めました。

「お昼はどうします? いつものところでいいですよね」

「そうだね」

「お昼はどこで食べるんだ?」

 私が青木さんに聞いているのが聞こえたのか、日陰にいたはずの清徳さんが、足早にこちらにやってきました。先ほどまで日陰でだらりとしていたのによく聞こえましたね。

「この先の公園で食べます。近くのコンビニで買っていくつもりです」

 青木さんが清徳さんに説明をしました。たちまち清徳さんの顔が曇っていきます。

「公園? 暑くないか? それより近くの店に入った方が...」

 清徳さんは私と青木さんにそういいながら、考え込み始めました。もしかしたらここの近くのお店を思い出しているのかもしれませんね。でも私たちは仕事で来ているんです。清徳さんが満足するようなお店に入ったら、お料理を食べ終えるだけでどれだけ時間がかかることか。

「午後からも仕事があるんです。昼食にあまり時間は取れません」

 青木さんは、そういって清徳さんにきっぱりと言いました。そうです。もっといってやってください。案の定その言葉を聞いた清徳さんがたちまち不機嫌顔になりました。すごく文句を言いたそうにしています。

「そんなに食べたいなら仕事が終わってから、行ったらいかがです?」

「そうか。じゃあ仕事が終わったら食べに行こう。いいところがあるんだ」

 私がこの話は終わりだとばかりにそういうと、清徳さんの顔が明らかに笑顔になり私を見てあろうことか変なことを言ってきました。何言ってるんだこいつという顔を見せてやると、清徳さんは何を勘違いしたのか頓珍漢なことを言い始めました。

「まあ今日は急だから、少しカジュアルな店でもいいな。突然だったから服装も準備してないだろう?」

「行きませんよ。仕事が終わったらすぐ家に帰ってシャワーを浴びてのんびりするんです」

 私の言葉に隣にいた青木さんは吹き出し、言われた清徳さんはびっくりした顔をしました。何びっくりしているんですか? もういいなずけではあるまいし、行くわけないじゃないですか。まあいいなずけの時でさえお誘いなんて受けたことは一度もありませんでしたしね。今日は汗だらけですから早くさっぱりしたいです。

 私はまだ唖然とした顔をしている清徳さんをほおって、日陰でぐったりとしている杉さんのもとに行きました。杉さんも飲み物を飲んでしまったようです。杉さんにもコンビニに行く旨を言いました。杉さんはさすがに清徳さんとは違い、何も言ってきませんでした。

 では皆さん、コンビニに行ってお昼を買いましょうかね。 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳
恋愛
思い切って飛び込んだ新世界は、奇天烈なところだった。。。 文武両道で良家のお嬢様、おまけに超絶美少女のJK3島津凛子は、そんな自分が大っ嫌い。 『自分を変えたい』との想いで飛び込んだコスプレ会場で、彼女はひとりのカメラマンと出会う。 そいつはカメコ界では『神』とも称され、女性コスプレイヤーからは絶大な人気を誇り、男性カメコから妬み嫉みを向けられている、イケメンだった。 痛いコスプレイヤーたちを交えてのマウント(&男)の取り合いに、オレ様カメコと負けず嫌いお嬢の、赤裸々で壮絶な恋愛バトルがはじまる! *この作品はフィクションであり、実在の人物・地名・企業、商品、団体等とは一切関係ありません。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...