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40 お金がありません

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 思い出したら、今までおいしかったはずのお料理の味が急にわからなくなってしまいました。早くお財布の中を確認しなくてはいけませんね。私が一人おたおたし始めたからでしょうか。

 「どうしたの? 酔っちゃった?」

 近藤さんが私に気遣ってくれます。

 「いえいえ。ちょっと席外しますね」

 近藤さんは、どうやら私の落ち着かなくなったのをトイレに行きたくなったからだと思ってくれたようです。

 「気を付けて」

 「場所がわからなかったら、係りの人に聞くといいわよ」

 桧垣さんもアドバイスしてくれます。私は、急いでトイレに向かいました。もちろんトイレでお財布の中身を確認するためです。
 ホテルの廊下に行くと、トイレまで待てずについバッグからお財布を取り出しました。焦ってお財布の中身を確認します。

 「あぁぁ__! ない!」

 なんとお財布の中には、2,000円しか入っていませんでした。思わずがくっと肩を落としてしまいました。

 「どうかしたの? 柳さん?」

 後ろから声がしました。ぎくっとして後ろを振り返ると、少し離れたところに立っていたのは青木さんでした。
 青木さんは、きっと私の嘆きとがっくりと肩を落とした姿を見ていたのでしょう。慌てて飛んできてくれました。気が付けばすぐ目の前に青木さんが立っています。私はといえばお財布を持ったまま固まっていました。
 青木さんは、素早く私のお財布の中身をチェックしたようです。

 「もしかして、今日払うお金に関係している?」

 きっと財布の中身がほとんどないことに気が付いたのでしょう。青木さんを見れば、ずいぶん心配顔をしています。私は、慌てて財布をバッグにしまいました。なんでもないと言おうとしたのですが、やはりここは恥を忍んでお願いしたほうがいいですよね。

 「すみません。実は、今日お財布の中にお金があまり入っていなくて。今日のビアガーデンの代金が払えないんです」

 「いいよ。貸すよ」

 私がすごく情けない顔をしていたからでしょう。青木さんは、私を安心させるようにそういってくれました。

 「本当にすみません。月曜日にでもすぐにお返しします」

 「いや。大丈夫! それより...」

 青木さんは、話を急にやめました。廊下の先の一点を見つめています。私も思わず振り向いて、青木さんの視線の先を見ました。いたのは作業をしているこのホテルの社員お二人だけでした。私たちのちょっと先で、カートの上のものを整理しているようです。ビアガーデンに使用する物の様ですね。

 「青木さん?」

 私は、また青木さんに向きなおりました。

 「ああ」

 青木さんも先ほどの人たちから私に視線が戻りました。

 「ごめん。そうだったね。お金5,000円でいいかな」

 そういって私に五千円札を一枚手渡してきました。

 「先に渡しておいた方がいいでしょ」

 「ありがとうございます。助かります。お金は月曜日にお返ししますね」

 私は、ありがたく五千円札を受け取りました。青木さんの顔がまるで神様のように見えます。

 「気にしなくていいよ」

 私があまりにありがたがっていたせいでしょうか。青木さんが苦笑いをしています。

 「本当にありがとうございます」

 私はまたお礼をいって、せっかくだからと洗面所に向かいました。これで一安心ですね。おっといけない。早く席に戻って元を取らないといけませんね。

 
 私が席に戻ると、青木さんはもう席についていました。

 「さっきちょっと顔色が悪かったから心配したんだけど、なんともなさそうね」

 「ありがとうございます。大丈夫です」

 近藤さんと桧垣さんは、私の顔色を見て安心したようでした。さっきはそんなに顔色が悪かったんでしょうか。自分では気が付きませんでした。

 「そう。よかったわ。さっきね、青木君が心配してそっちにいったんだけど」

 「お会いしました。実はお恥ずかしい話、私お財布の中身があまりないことに気が付きまして。さっき青木さんにお借りしちゃいました」
 
 私は、心配してくださっている近藤さんたちにぽろっと真相を言ってしまいました。

 「あらっ。そうだったの~。ごめんなさいね。今日は急だったものね。でもそんな心配しなくてもいいのに。もし鈴木課長や小田係長が知ったらきっと柳さんの分ぐらい出してくれたわよ」

 「そうよ。出してもらえばいいのよ」

 近藤さんと桧垣さんが笑いながら言ってくれます。やっぱり心配してくれていたんですね。すみません。変なことで煩わせてしまって。

 「じゃあ、元を取らなくちゃあね」

 そういって近藤さんたちは、別の飲み物をお願いしていました。それから急に笑顔になって、私と青木さんを見ました。うん? なんでしょう。

 「じゃあ柳さん、青木君に借りができちゃったのね」

 そういった近藤さんの笑みがなんだか少し怖いです。

 「そういえばこの前青木君、女子に人気のあるスイーツを食べたいって言ってなかった?」

 「えっ?」

 青木さんは急に名前を出されてびっくりしています。

 「言ってたわよね。ねえ桧垣さん!」

 「そうそう。聞いた気がするわ」

 「そうでしょう? じゃあこの際二人でそのスイーツを食べに行って来たら。青木君、男一人じゃあさすがに入りにくいって言ってたでしょ? ねえ桧垣さん!」

 「そうだったわね。ちょうどいいじゃない。柳さん。お金借りたお礼に連れて行ってあげたら」

 「いいわねえ。そうよ、そうしなさいよ。青木君!」

 近藤さんと桧垣さんが青木さんに言っています。そういえばコンビニで青木さん、よくお菓子買っていましたもんね。よくおすそ分けにいただきましたしね。甘いもの好きだったんですね。

 「青木さん、もしよかったらスイーツのお店行きませんか?」

 「えっ。いいの?」

 「もちろんです。青木さんさえ良ければですけど」

 私は、意を決して青木さんに聞いてみました。本音は、自分も食べたいっていうのがあったんですけどね。

 「もちろんよ! 行くわよね。青木君!」

 「そうそう。行ってらっしゃいよ。青木君」

 青木さんが返事するより先に近藤さんが返事をしました。桧垣さんも援護射撃です。さすがにお二人にこれだけ言われると、青木さんも断りずらいですね。

 「じゃあ、よろしく!」

 「はい! ちなみにどこのお店のスイーツですか?」

 「えぇっと...」

 私の問いになぜか青木さんは、しどろもどろになってしまいました。まあ先ほどのお二人の猛プッシュで記憶が飛んでしまったんですね。わかりますとも!
 それではこのわたくし千代子が、おいしいスイーツのお店にご案内しますね! お任せください!

 
 

 
 

 
 
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