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第四十二羽 魔剣

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――前書き――――――――――――――
皆様メリークリスマス! ちょっと遅いかな? ともかく良い一日を!

―――――――――――――――――――

 
「待たせたな」

 マントを無駄に翻してゴブリンに歩みを進める男性に一日千秋の恨みを込めた視線を送る。早くして……!!
 得意げな表情を崩さない男性に対し、視線をメイドさん固定しているゴブリン。会話の最中はずっとメイドさんがゴブリンを押さえていたので、男性は眼中にないようです。

「そう怖がるな。すぐに終わらせてやるさ」

 しかし男性はそれを都合良く捉えたようです。鞘から抜き放った剣をゴブリンへを向け、すでに勝利が見えているような余裕そうな表情。私には綺麗なお花畑が見えてきました。

「この魔剣〈烈日れつじつとが〉でな!」

「魔剣!?」

「し、知っているのですか。ミルさん」

「うん、魔剣はとっても珍しい凄い武器なんだよ。世の中に数えるほどしかなくて、それぞれに凄い機能が秘められているんだって!」

 人差し指を立てて凄い凄いと熱弁するミルはかわいらしいですね、と現実逃避気味に和む。

「それだけじゃなくて凄い危険性故にあまり使われることもないんだって。もしかしたら凄い人なのかも……!!」

 いや、それはないのでは? 立ち振る舞いから私はそう思ったものの口には出すことはありませんでした。もしかしたら本当にすごい人の可能性もありますし……。

「行くぞ。悪鬼め、覚悟しろ!」

 大きく振りかぶった剣を携え、男性は力強く前に進む。

 かくして勝負は一瞬で着いた。




  ―――ゴブリンの勝利で。



「い、痛い!? ヤメテ!?」

「ギギィ!!」

 メイドさんに翻弄されていたストレスを吐き出すように棍棒をやたらめったらに振り回すゴブリン。男性は地面に蹲って亀のように体を丸めている。

「これは酷い」

 大層な魔剣もゴブリンが振るう棍棒に弾き飛ばされて地面に転がっている。

「あの……ルイス様? なんのご冗談ですか、ゴブリンなどに負けるだなんて」

「ちょ!? 見てないでタスケテ!?」

「マジでございますか……」

 心なしかエルフメイドさんも引いている。軽やかなステップで近づいたメイドさんはロングスカートから覗くきれいな脚でゴブリンを簡単に蹴り飛ばした。

「……特に強くはございませんね」

 飲み込めない事実をメイドさんがかみ砕いている間に男性はカサカサと地面を這って離れ、魔剣の場所へをたどり着いていた。剣を拾ってヨロヨロと立ち上がると、最初に見た豪華さから大分ボロッちくなったマントを翻して剣を正面で垂直に立てて構える。

「ふふ、なかなかやるな。今のは少々危なかったぞ」

「負けましたよね」

「うるさいぞ外野! 今から本気出すんだよ!」

「……えぇ」

「本気出せない人の典型例みたいな台詞だね」

 ぼそりと溢したミル。貴女なかなか辛辣ですね……。

「これが俺の魔剣の本気だ……!! 〈烈日れつじつとが起動ブート開始!」

 言うや否や剣身の根元に付属していた装飾が半分に割れ、カシャンと音を出して倒れると巨大な鍔のように広がった。次いで電子音のような声が聞こえてくる。

「『解放コードを入力してください』」

「これは……?」

「《地に満ち、空に伸び、海に差せ》」

 男性の言葉に呼応するように巨大な剣の鍔がクルクルと回転していく。

「《光なき闇を引き裂く陽の鼓動》……」

 魔剣が持ち手の魔力を吸い上げ、鍔の回転速度が増していく。横に広がった鍔から魔力の光が立ち上り、回転する度に魔力がスパークする。
 鍔が回転する度に魔力が剣身に絡みつき、巨大な剣身を形成していく。感じる力は明らかに男性が持っている魔力よりも圧倒的に多い。魔力を増幅している……? いえ、これは……。

「魔素をエネルギーに変換して剣に集めている……!?」

「魔素って……なに?」

「魔素とは空気中に漂っている魔力の元です。それをあの魔剣は形状化した魔力と回転機構で絡め取って回収、エネルギ-に変換している様ですね」

「魔力の元……。それでこんなにすごい力を……。その魔素をたくさん取り込めば強い魔力が使えるの?」

「いえ、魔素は同時に毒でもあります。多く取り込みすぎると魔力に変換できずに体を壊してしまいますし、魔素が溜りすぎている場所に長時間居ると死んでしまうこともあるほどです。だからあれは道具として生み出されたのでしょうね……」

「……そうなんだ」

 私達がそんな話をしている間にも着実に魔力の充填は進んでいく。

「《とばりはし曙光しょこうの兆しなり》……!!」

 それにしても……と男性が構える剣に視線を送る。そこにはなんかもうすごいエネルギーをまき散らす魔力の奔流が形成されていた。

「《果てなき贖罪しょくざいの一助とせよ》……!!」

「感じる魔力、明らかにゴブリンには過剰では……?」

「これじゃお腹いっぱいどころか……お腹はち切れちゃうね」

「不穏なこと言わないでくれませんか???」

 なんで目を逸らすんですか?

「食らえ……! 我が魔剣の一撃……!! 」

 あ、どうやら準備が整ったみたいです。

「《烈日れっか》……!!」

 天にまで立ち上る魔剣の光が上空に掲げられ、集約された破壊の力がゴブリンに向けて振りかざされる。

 ―――――――――ヒュルルルルゥゥ。

「うん?」

 なにか……飛んできている?

「《破―――ぶっふゥウ!?」

 しかしそこに突然の横槍インターセプト。「ドッゴオォォォオオ!!!」と男性は地面に顔面からすごい勢いでめり込んで、剣を振り下ろすことはできなかった。魔力を保持されたままの魔剣が、倒れた男性の肘を支柱に悲しげに揺れている。

「ルイス様ァ!?」

 しものメイドさんも突然の出来事に取り乱している。なにせ上空から飛んできたなにかが男性の後頭部にものすごい速度で激突したのですから。
 ……痛そう。彼、生きてますかね?

「きゅきゅ~!」

「―――♪ ―――♪」

 男性の頭上でポヨポヨしている物体と、その周りをクルクル回る小さな人影には見覚えがあります。最初に絡んできたスライムさんとフーちゃんですね。なんというか……ピンポイントに現れましたね。場所もタイミングも。

 不幸な衝突事故で死者が発生した「殺さないであげて?」とはつゆ知らず、スライムさんとフーちゃんは再び風に乗って楽しげに飛んでいきました。きっとこのまましばらく無邪気に楽しい時間を過ごすのでしょうね。

 あの……この惨状はどうすれば?

 男性を助け起こすべきだとは思いつつも、お腹の痛みに耐えかねて足を動かすのをためらっていると肘を支点にプラプラと揺れていた魔剣が遂に力尽きたように倒れるのが見えました。未だ魔力を保持したまま。

「「「あ」」」

 轟音とともに解放された魔力は斬撃を天を割るほどに拡大し、余波をまき散らしつつ暴威を振るいながら地面を削りひたすら邁進。遠くに見える山脈を切り裂いて見えなくなった。
 とんでもない威力ですね。下手したらこれ巻き込まれる人がいるんじゃないですか。……これをゴブリン相手に使おうとしたのですか? しかも……と視線を向けた先には、私たちと同じように破壊跡を見つめ、怯えるゴブリンが。
 およそキルスコアゼロ。風に揺られて倒れた魔剣は目的対象を討伐することはできずにその役目を終えたのです。おかわいそうに……。

 ―――――――――ヒュルルルルゥゥ。

「うん?」

 なにか……落ちてきている?

「ギッ!?」

「「「あ」」」

 ドシンと重たい音を立てて何かが落下して、立ち尽くしていたゴブリンを押しつぶした。カエルが潰れるような音を最後にその場には静寂が広がる。
 落下してきた物体を信じられないと見つめていたミルはその静寂を破るように声を絞り出した。

「あれって……グリフォン?」

「……ええ。獅子の体を持ち、鷲の顔と翼をもつ存在が他にいないのなら……そうなるでしょうね」

「つまりこの人は……気絶した状態で偶然グリフォンを倒した上に、それを落とすことでゴブリンを倒したってこと?」

「……ええ、見る限りそうでしょうね」

「もしかして……本当にすごい人……?」

「それは……ないでしょう……」

「だよねー」

 すごくはないけど、何かを持ってはいそうな男性に複雑な視線を向けていると、メイドさんがハッとして倒れたままの男性の側に寄ると深いお辞儀をした。

「お邪魔いたしました。グリフォン討伐ミッションとゴブリンの討伐お手伝いは完了いたしましたので、わたくしどもはこれで失礼いたします。では」

「オゴゴゴゴゴゴ!?」

 言うや否や男性の脚を持ったままピューッと引きずって帰っていった。……持ち方。それでいいのですかメイドさん。

「帰りましょうか……」

「……うん」

 なんだか色々疲れました。

 その後、何事もなく街にたどり着くことができ、乙女の尊厳も守り切ることが出来たとだけは言っておきましょう。

 ただ、後日わかったのですが予想だにしない問題が発生していました。それは……

「ねえ、あの娘って……」

「ん、どれ? ……ああ、ゴブリンとスライムにボロ負けしたって噂の……。一時期はジャシン教の幹部を一人で抑えていたって噂だったけど……」

「しょせん噂は噂よねぇ……」

 あの日の出来事を誰か見ていたのか、尾ひれがついた噂話が冒険者ギルドで広がっていたのです。そのおかげで私がジャシン教のテロ行為の時に暴れ回った話は鎮火された様なのですが……代わりに今みみたいな噂が広がってしまいました。確かに私に才能はありませんが、さすがにスライムとゴブリンにボロ負けしたと言われるのはちょっと、いやかなり不服です。いや、でもあの日は自己管理を失敗して苦戦してしまいましたが……。
 それを再び認識するとズンと頭が重くなる。

「前日は役に立たず済みませんでした……」

「お、落ち込まないで!? 大丈夫だから! つ、次! 一緒に頑張ろう!!」

「はい……スライム以下の微力で良ければ……」

「わあ!? もっと落ち込んだ!? 気にしないで! あたしはメルが強いってちゃんと知ってるからね!?」

「次は迷惑をかける前に頑張って自力で消えますね……」

「ネガティブに前向き!? ほら立ち直って!」

「うぼぁー」

 ミルは甲斐甲斐しくこのかわいい少女に世話を焼きながら思った。
 この少女は大人びているようで、少々危なっかしい面があるのだと。今回はメルの力になれたんだから、もっと助けられるようになろうと決意を新たにして。



「あ、そうだ。メル」

「はい、なんですか?」

「ちょっと近接戦闘の手ほどきをして欲しいんだ。ほら、昨日は近づかれて苦戦しちゃったし」

「なるほど。いいですよ。私の戦い方で良ければ」

――後書き―――――――――――――
次回予告

昔々のとある前世。
チーターの獣人に転生した主人公は、幼い頃に自分を拾ったという師匠と一緒に過ごして、はや十年が経った。ある日神妙な顔をした師匠に呼び出されてたと思えば衝撃の言葉を告げられる。

師匠「お前破門な」
主人公「!!?!?!??」

次回『獣人ノ刻 その1』

お楽しみに!
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