129 / 156
第十七羽 誰が為に
しおりを挟むジャシン教が攻めてきた……? この孤児院に……? 突然の出来事にグルーヴは上手く状況が理解できていなかった。それでも無情に時間は過ぎていく。
「いやはや、人聞きが悪いのであるよ」
巻きひげの男が方をすくめてため息をつく。
「我輩達はただ頼みに来ただけ。これから街を練り歩くからしばらくおとなしくしていてくれ、とねぇ?」
「ふざけるなよ……!! 貴様らを街で野放しにするわけがなかろうが!!」
「そうであるか……。それなら、後ろで寝ている者達と同じように転がっていて貰うだけであるな。さあお前達、仕事だ」
「「「は!!」」」
ジャシン教の教団員がゾロゾロと現れ、思い思いの武器をトーヴに向けた。
「我らの教義のタメに」「お前は邪魔だ」「ここでゆっくり寝ていると良い」
「黙れ……!!」
教団員の手から放たれた魔法を避け、一気に距離を詰める。
「ぐあっ!?」
一番近くに居た1人を切り伏せ、続くもう1人の脚を切り裂き痛みにもだえている所を殴り倒した。他の教団員も攻撃を仕掛けてくるが、トーヴには当たらない。それどころか、1人、もう1人と立っている人数が減っていく。
「トーヴ分隊長、……すげえ」
これなら大丈夫だと、そう思った。しかし、現実はそうもいかなかった。
「さすがは分隊長といったところかね。さっきの一瞬を逃げ延びただけはある。どれ」
言うやいなや肉薄し、トーヴに斬りかかった。
「ぐっ!?」
「ふぅむ」
トーヴは苦しそうな一方、巻きひげの男は余裕そうな表情だ。戦況は明白。トーヴが押されている。
グルーヴには信じられなかった。鍛錬では自分の事を赤子の手を捻るように軽々と相手する分隊長が。さっきまでジャシン教の教団員相手に大立ち回りをしていたぶんたいが、逆に遊ばれている。何かの悪夢を見ているようだった。
「分隊長……、オ、オレも手伝います!!」
「バカ者! こいつはお前が敵う相手ではない……!! 全員を連れて裏から逃げろ!!」
「で、でも」
「早く行け!!」
必死の形相で叫ぶトーヴの迫力に押される形で、孤児院本棟の中に転がり込んだ。混乱する思考の中でも、だれかに伝えないといけないということだけは分かっていた。そこに物音に訝しんだクレアがやって来ていた。
「グルーヴ? どうしたの、さっきから表が騒がしいのだけど。なにかあった?」
「シスター! ジャシン教が……!!」
「え?」
早く逃げないといけない。そう伝えようとした所で、正面玄関の扉を突き破って何かが飛び込んできた。
「ゲホッ……!?」
「きゃあ!? ……トーヴ!? 大丈夫なの!?」
「ク、クレアか……。早く裏から逃げろ。ジャシン教が攻め入ってきた。ヤツは……強すぎる……!!」
「それは当たり前であるよ。我輩はジャシン教幹部、タラバンである。木っ端兵士如きでは些か荷が重い」
「く……!!」
扉の残骸を踏み砕きながら二刀を携えた巻きひげの男が現れる。地に背をついたトーヴとは対照的に傷一つない。
「断鋏のタラバン……!! 二刀流の使い手……!!」
二刀流……。ならばさっきの剣1本での強さはいったいなんなのか。グルーヴはあまりの実力差に目眩がしそうだった。
「トーヴ、敷地の結界はどうしたの!?」
「すまない、門を開けた瞬間を襲われた……!! 狙っていたんだ!!」
「そんな……!!」
「そう恐れることはない。すぐに終わる」
「終わらせてたまるか……!! クレアはグルーヴを連れて早く逃げろ!!」
そう言って勢いよく斬りかかったトーヴ。しかし、正面で剣をクロスするように構えた巻きひげにたやすく受け止められ、外へと切り払った剣で両脇を切り裂かれた。
「物わかりが悪いであるな……」
「これほど……遠いか……!!」
「トーヴ!?」
受け身も取れず、壁に突っ込んだトーヴは剣を取り落として動かなくなった。流れた血が木片を赤く染めていく。
「それと……残念であるが、裏には他の教団員が待機しているのであるよ。逃げ場などないのである」
逃げることすら出来ない……? このまま皆……死ぬ……? 心臓が凍えるような寒さに襲われた。息が荒くなって周りの音が遠ざかっていく。
「クレアさん!? なにがあったんですか!?」
「メルちゃん! 皆と待ってと言ったでしょう!?」
「しかしこれは……!! トーヴさんが!?」
「メルちゃんは危ないから下がって!!」
「クレアさん……!? 離してください!」
自分の胸を掴んで固まっていたグルーヴは、少女が現れたことで我に返った。
このままだと皆ジャシン教に襲われて死ぬ。クルークも、クレアも、そしてこの気にくわない女も。トーヴが倒れた以上今ここに戦える大人は誰もいない。
逃げ道がないのなら自分が、こいつを倒すしかない!!
剣を握った手が震える。息が自然と荒くなる。自分は今から到底敵わない相手に攻撃を仕掛ける。怖い、怖くてたまらない。今ならあの女が言っていた戦いが怖いという意味が良くわかる。
それでもここで逃げ出すわけにはいかない。
―――『俺がお前に剣を教えたのは誰かを脅すためか? よく考えろ、愚か者め……!!』
答えは最初からあった。オレが剣を取ったのは誰かを守るタメだから……!!
「う、うわあああ!!!」
「心意気は……いや、癪に障るガキであるな……」
しかし現実は甘くない。振り下ろした剣はあっさりと弾かれ宙を舞う。凍えるような瞳をした男と目が合って。
歪む視界の中、首へと向かってくる剣の軌道がヤケにゆっくりに見えた。
―――なにも……できなかった……!!
死神がゆっくりと近づいてくる。最後の瞬間考えたのは、死への恐怖ではなくなにも出来なかった自分への不甲斐なさだった。
唐突に。
金属同士が擦れ合う音によって世界の速度が元に戻る。
「……え?」
「子供ですよ……!! なに考えているんですか……!!」
死神が自分に触れることはなかった。打ち払われたのだ。他ならぬ、臆病な女の手によって。
凶刃を受け止めた背は……父のように思っていた大きなものではなく。
とても小さなものだった。
0
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
無限初回ログインボーナスを貰い続けて三年 ~辺境伯となり辺境領地生活~
桜井正宗
ファンタジー
元恋人に騙され、捨てられたケイオス帝国出身の少年・アビスは絶望していた。資産を奪われ、何もかも失ったからだ。
仕方なく、冒険者を志すが道半ばで死にかける。そこで大聖女のローザと出会う。幼少の頃、彼女から『無限初回ログインボーナス』を授かっていた事実が発覚。アビスは、三年間もの間に多くのログインボーナスを受け取っていた。今まで気づかず生活を送っていたのだ。
気づけばSSS級の武具アイテムであふれかえっていた。最強となったアビスは、アイテムの受け取りを拒絶――!?
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
召喚アラサー女~ 自由に生きています!
マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。
牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子
信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。
初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった
***
異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います
かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる