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第十七羽 誰が為に

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 ジャシン教が攻めてきた……? この孤児院に……? 突然の出来事にグルーヴは上手く状況が理解できていなかった。それでも無情に時間は過ぎていく。

「いやはや、人聞きが悪いのであるよ」

 巻きひげの男が方をすくめてため息をつく。

「我輩達はただ頼みに来ただけ。これから街を練り歩くからしばらくおとなしくしていてくれ、とねぇ?」

「ふざけるなよ……!! 貴様らを街で野放しにするわけがなかろうが!!」

「そうであるか……。それなら、後ろで寝ている者達と同じように転がっていて貰うだけであるな。さあお前達、仕事だ」

「「「は!!」」」

 ジャシン教の教団員がゾロゾロと現れ、思い思いの武器をトーヴに向けた。

「我らの教義のタメに」「お前は邪魔だ」「ここでゆっくり寝ていると良い」

「黙れ……!!」

 教団員の手から放たれた魔法を避け、一気に距離を詰める。

「ぐあっ!?」

 一番近くに居た1人を切り伏せ、続くもう1人の脚を切り裂き痛みにもだえている所を殴り倒した。他の教団員も攻撃を仕掛けてくるが、トーヴには当たらない。それどころか、1人、もう1人と立っている人数が減っていく。

「トーヴ分隊長、……すげえ」

 これなら大丈夫だと、そう思った。しかし、現実はそうもいかなかった。

「さすがは分隊長といったところかね。さっきの一瞬を逃げ延びただけはある。どれ」

 言うやいなや肉薄し、トーヴに斬りかかった。

「ぐっ!?」

「ふぅむ」

 トーヴは苦しそうな一方、巻きひげの男は余裕そうな表情だ。戦況は明白。トーヴが押されている。
 グルーヴには信じられなかった。鍛錬では自分の事を赤子の手を捻るように軽々と相手する分隊長が。さっきまでジャシン教の教団員相手に大立ち回りをしていたぶんたいが、逆に遊ばれている。何かの悪夢を見ているようだった。

「分隊長……、オ、オレも手伝います!!」

「バカ者! こいつはお前が敵う相手ではない……!! 全員を連れて裏から逃げろ!!」

「で、でも」

「早く行け!!」

 必死の形相で叫ぶトーヴの迫力に押される形で、孤児院本棟の中に転がり込んだ。混乱する思考の中でも、だれかに伝えないといけないということだけは分かっていた。そこに物音に訝しんだクレアがやって来ていた。

「グルーヴ? どうしたの、さっきから表が騒がしいのだけど。なにかあった?」

「シスター! ジャシン教が……!!」

「え?」

 早く逃げないといけない。そう伝えようとした所で、正面玄関の扉を突き破って何かが飛び込んできた。

「ゲホッ……!?」

「きゃあ!? ……トーヴ!? 大丈夫なの!?」

「ク、クレアか……。早く裏から逃げろ。ジャシン教が攻め入ってきた。ヤツは……強すぎる……!!」

「それは当たり前であるよ。我輩はジャシン教幹部、タラバンである。木っ端兵士如きでは些か荷が重い」

「く……!!」

 扉の残骸を踏み砕きながら二刀を携えた巻きひげの男が現れる。地に背をついたトーヴとは対照的に傷一つない。

断鋏だんきょうのタラバン……!! 二刀流の使い手……!!」

 二刀流……。ならばさっきの剣1本での強さはいったいなんなのか。グルーヴはあまりの実力差に目眩がしそうだった。

「トーヴ、敷地の結界はどうしたの!?」

「すまない、門を開けた瞬間を襲われた……!! 狙っていたんだ!!」

「そんな……!!」

「そう恐れることはない。すぐに終わる」

「終わらせてたまるか……!! クレアはグルーヴを連れて早く逃げろ!!」

 そう言って勢いよく斬りかかったトーヴ。しかし、正面で剣をクロスするように構えた巻きひげにたやすく受け止められ、外へと切り払った剣で両脇を切り裂かれた。

「物わかりが悪いであるな……」

「これほど……遠いか……!!」

「トーヴ!?」

 受け身も取れず、壁に突っ込んだトーヴは剣を取り落として動かなくなった。流れた血が木片を赤く染めていく。

「それと……残念であるが、裏には他の教団員が待機しているのであるよ。逃げ場などないのである」

 逃げることすら出来ない……? このまま皆……死ぬ……? 心臓が凍えるような寒さに襲われた。息が荒くなって周りの音が遠ざかっていく。

「クレアさん!? なにがあったんですか!?」

「メルちゃん! 皆と待ってと言ったでしょう!?」

「しかしこれは……!! トーヴさんが!?」

「メルちゃんは危ないから下がって!!」

「クレアさん……!? 離してください!」

 自分の胸を掴んで固まっていたグルーヴは、少女が現れたことで我に返った。
 このままだと皆ジャシン教に襲われて死ぬ。クルークも、クレアも、そしてこの気にくわない女も。トーヴが倒れた以上今ここに戦える大人は誰もいない。

 逃げ道がないのなら自分が、こいつを倒すしかない!!

 剣を握った手が震える。息が自然と荒くなる。自分は今から到底敵わない相手に攻撃を仕掛ける。怖い、怖くてたまらない。今ならあの女が言っていた戦いが怖いという意味が良くわかる。

 それでもここで逃げ出すわけにはいかない。

 ―――『俺がお前に剣を教えたのは誰かを脅すためか? よく考えろ、愚か者め……!!』

 答えは最初からあった。オレが剣を取ったのは誰かを守るタメだから……!!

「う、うわあああ!!!」

「心意気は……いや、癪に障るガキであるな……」

 しかし現実は甘くない。振り下ろした剣はあっさりと弾かれ宙を舞う。凍えるような瞳をした男と目が合って。
 歪む視界の中、首へと向かってくる剣の軌道がヤケにゆっくりに見えた。

 ―――なにも……できなかった……!!

 死神がゆっくりと近づいてくる。最後の瞬間考えたのは、死への恐怖ではなくなにも出来なかった自分への不甲斐なさだった。

 唐突に。
 金属同士が擦れ合う音によって世界の速度が元に戻る。

「……え?」

「子供ですよ……!! なに考えているんですか……!!」

 死神が自分に触れることはなかった。打ち払われたのだ。他ならぬ、臆病な女の手によって。

 凶刃を受け止めた背は……父のように思っていた大きなものではなく。
 とても小さなものだった。
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