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第95羽 お姉ちゃんですよ

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 中心がくり抜かれ、左右が首の皮一枚でギリギリ支えられている状態だった大樹。その支えの片側の一角が小さく細くなり、やがて引きちぎれてしまったのだ。

 巨大な穴はリブの力で無理矢理開けたのですか……!!

 自重を支えきれずにゆっくりと倒れていく世界樹の上層部。残っている支えの方も、メキメキと不穏な音を立てている。
 このままではすぐに折れてしまうでしょう。

 これを引き起こした彼らの手の中にはジャシンが封印された宝玉が。おそらくこの混乱に乗じて逃げるつもりなのでしょうがそうは行きません。なにせ私は空中にいるのですから。振動で動きが鈍ること無く、彼らと戦えます。

「拙者らに構っていていいのでござるか? この上にはおぬしらの巣があったと思うのでござるが……」  

「ッ!? この……ッ!!」

 人質のつもりですか……!!

 天秤に乗せられるのは、世界を滅ぼしかけたジャシンの宝玉と、弟妹達。

 ジャシンの宝玉を見逃せばきっといつか世界に悪影響が訪れるでしょう。霊峰ラーゲンであふれ出したジャシンの影、それよりももっと危険なものが解き放たれる事になるかも知れない。

 数羽の魔物、弟妹達を見捨てるだけで宝玉を取り返すチャンスを得ることができる。きっと多くの人が宝玉に向かえと口にするでしょう。

 ――――ああ、でも。私が力を求めたのは大切な人のため。失いたくない。居なくならないで欲しくない。死なないで……。私の中にある願いは、ずっと、ずっと、これだけ。

 どんな誹りを受けようとも、迷いなんてありはしない。

 私が選んだのは――――家族。例え危険物が危険な集団に渡るとしても、私は今死ぬかもしれない家族は見捨てられない……!! そこに責任が問われるというのなら、私の命を対価にしましょう。釣り合うかなんてわかりませんが、私に差し出せるのはこれくらいです。
 すぐさま巣に向かって飛び上がる。

「……チッ」

 その間に2人は何かを砕くと姿が消え去った。あれは転移の魔法が込められた結晶……!!

 やはり逃げられました。でも今は弟妹を……!!

 巣に向かって加速する中、遂に世界樹が地響きを立てて滑り落下を始めた。

 崩れ行く世界樹。頂上付近だけとはいえ、その大きさは容易には言葉で表せないほど巨大。幹の角度が少しずれるだけでも、先端の枝葉は大きく移動します。

 その動く巨大な枝葉をかいくぐり、急いで巣に向かう。
 言うほど簡単ではありません。枝葉の数は世界樹にふさわしく豊富。迫り来るそれらを避けることができるルートを、スキルをフルに使って導き出す。
 一度でも判断をミスすれば、赤いシミに早変わり。脳みそが沸騰する感覚に襲われるほど集中する。

 なんとか巣に着いたとしても、この状況でどうすれば全員を助けられるかはわからない。だけど行かない選択肢は存在しないから。

 私の命を刈り取ろうと次々と手を伸ばして来る枝葉をひたすら避け続ける。難易度ルナティックの弾幕ゲーの様になってしまった世界樹の枝葉をくぐり抜け続けて。

 見つけた……!!

 世界樹と共に落ち行く巣の中には怯え縮こまる弟妹達が。急いで巣に飛びつき、話しかけようとして念話に切り替えた。人化も解除します。

『みんな、私です!お姉ちゃんです!わかりますか!?』

「ピヨ?」「ピヨピヨ……」「ピヨチュウ」

 弟妹達から向けられる視線は半信半疑。一箇所に固まっていてくれたのは僥倖ぎょうこうでしたが、疑心があればいざと言う時指示に従ってくれないかもしれません。
 どうすれば……!!

「ピヨッ!!」

 その時、一羽が声高に鳴き声を上げました。この子は生まれてすぐに落下から助けた妹ですね。

 えっとなになに?「この人はわたしたちのお姉ちゃんで間違いない。わたしにはわかる!」……ですって!?

 ホントですか!? え? 匂いでわかる?……スンスン、そんなに匂いますかね……。思わず自分の腕に鼻を近づける。

 いや、そんなことしてる場合じゃありません。

 ともかく良かった!他のみんなもこの子の後押しで信じてくれているようです。これなら助けられる……!!

『貴方達もう飛べますか? 全員大丈夫? それはよかった』

 もうみんな生まれて数ヶ月は経ちます。飛べるだろうとは思っていましたが予想通りでよかった。

『合図と共に家から飛び出たら、そのまま動かないでください。高さを維持して。怖いなら目を瞑っていて。大丈夫、私を信じてください』

 助ける方法は思いついたから。

 落下する世界樹の上層。このまま巣に留まれば、折れた世界樹と運命を共にすることに。
 かと言って巣から飛び出せばたちまち枝葉に巻き込まれて、赤いシミになることでしょう。迫る枝葉を全て避けることが出来れば助かりますが、全員が欠けることなく再び生きて帰れるかはそれこそ天文学的確率になるでしょう。
 もはやここは死を待つばかりの天然の檻の中。

 でも、今は私がいる……!!

 貴方達はただ、浮いているだけでいい。私が貴方達に迫る大樹を全て消し、障害物の一切を排除します。絶対に死なせはしない……!!

闘気燃焼エンコード』……ッ!!

 人化をすると同時。
 胸の中心、そこにある炉心に闘気の種火を灯し、『普人種』に秘められた数多のエネルギーを焚べる。

 さあ、最後の仕事です……!!
 私が思いついた、みんなが助かる方法は至極単純。押し切る……!!

「今です!!飛んで!! ――――【一閃いっせん】ッ!! 【回連かいまい】!! 【双爪そうそう】!! まだまだァッ!!」 

 刹那。手の中の黒棍が膨張する。巨大な蒼の三叉斧槍が空中を駆け巡り、次々と発動する戦撃で襲い来る樹木を破壊していく。
 もはや一つの森が迫っていると言っても過言でもない現状。それを巨大な闘気をまとった槍一つで切り開いていく。弟妹達の正面に立ち塞がり、壁となり決して後ろに通すことはない。はためくマフラーから陽炎かげろうが立ち上る。

「【告死矛槍こくしむそう】ッ!!!!」

 発動するは9連撃の槍術。戦撃の連続使用で軋む体を押しての使用。だから? これで助けられるなら出し惜しみなんてしない……!!

闘気燃焼エンコード』により生成される闘気の量は過去最高峰。槍の速度も今世最速。姿が霞むほどの連撃に全てが削り取られていく。もはや何かの結界でも存在しているかのように槍のリーチの中には侵入を許さない。

「これで――――終わりッッ!!!!」

 最後の突き。蒼の奔流が手元から伸びていく。
 その一撃は群れる緑を突き破り、一番星が輝く空を覗かせた。地面に落下した世界樹の上層部が轟音を上げる。背後の弟妹達は全員無事。無傷です。

「良かった……」

「「「ぴよっ!?」」」

 安堵と共に体から力が抜け、視界が暗くなっていく。浮遊感。落ちる……?
 働かない思考。ふと、浮遊感が止まりなにか大きくて柔らかいものに包まれた気がした。

『全く、無茶をして……。流石だ、メルシュナーダ。我が娘よ。良くやった。ありがとう』


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 ヴィルズ大森林、緑溢れる森の中、ぽっかりと地面がむき出しになった異様な空間があった。なにかが破壊し尽くしたような場所。その地面からボコりと、何かが突きだした。

 腕だ。

「くそがッ!!」

 次いで地面が盛り上がり、体が全て現れる。悪態を吐きながら地面から姿を見せたのはコアイマ、ドゥークだった。

「屈辱だ……!!」

 顔を歪め、感情のまま握り込んだ拳を地面に叩きつける。

 あと少しで天帝を殺せるはずだった。邪魔が入るも再び現れた天帝のガキは素手。決定打はない。
 苦し紛れにどこからか出したのも黒い棒きれ。余裕だ、勝てる。

 そう思っていたのに、あのガキは地を這わせた時よりもさらに強かった。少し押すだけで倒れそうなのに、決して倒れない。何がそこまで駆り立てる?
 結局手も足も出なかった。

 そして視界が埋め尽くされるあの一撃。あれを思い出すだけで体が震える。
 確実に死んでいた。もう手はなかった。

 それなのに生き残ったのは、あいつの力だ。人間の小娘、リブ。気まぐれか、哀れみか。あいつが自身の能力を使って威力を弱めたのだ。

 もたらされた効果はごく僅か。きっと能力を使った本人も気休めだったに違いない。

 だがその僅かな差で生き残ったのだ。

 屈辱だ……!!魔物のガキに負けるだけでなく、人間の小娘に助けられるなんて……!!

「覚えていろよ、この借りは……必ず……!!」


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ 

 ~約二ヶ月後・霊峰ラーゲンにて~

『人の身でよくぞ試練を突破したな。天晴れだ、リヒトとやらよ』

 満足そうに巨大な岩に蜷局を巻く龍帝。その目の前には、ボロボロながらも1人の少年が力強く立っていた。
 パルクナットにやって来ていたリヒトは様々な経緯を経て、霊峰ラーゲンを登頂。そして龍帝が出す試練を突破することに成功していた。

『さあ、お前の願いはなんだ?』

「今から使う魔法に力添えを願いたい。召喚の魔法、次元を越えるレベルのものです。出来ますか?」

『我を誰を心得る。龍帝トルトニスぞ。無論可能だ』

「ありがとう、頼みます」

『良かろう。準備は?』

「もう終わってます」

 そう言ったリヒトが魔力を高めると、巨大な魔方陣が地面に描かれていく。

「龍帝!!」

『むゥん!!』

 リヒトの声に反応し、龍帝が魔方陣にエネルギーを送り込んでいく。

『なかなか大食らいだな。これは』

 難易度も相応であろう。リヒトも顔を歪め、汗が滲むほど集中している。
 そして数十秒後。魔方陣が一際大きく輝き、爆発するように煙が立ち上った。

「成功したのですか……?」

『無論。しかしお前、すごい者を呼んだな……』

 龍帝が首で指し示した先。発生した煙の中に人影が見える。
 そして煙が吹き飛ぶと同時に、快活な声が響き渡った。

「どーん!!お姉ちゃんだゾ☆」
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