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第82羽 vs 天帝
しおりを挟むお母様が巻き起こした暴風を間近で受け、鳥の体が一気に巻き上げられる。すぐに人化して風の影響を最小限に抑え、風音に負けないように声を張り上げようとして、ふと気づき念話に切り替えた。
『お母様!! 私です!! 信じてください……!!』
『問答はせん。お前も魔物なら言葉ではなく力で示せ』
話を断ち切るように振るわれた翼から多量の羽が射出される。私の『射出』より量も速さも威力も上のそれを横回転して回避した。
話す気ゼロですね……!! 本人の言うとおり力を示さないと聞く耳を持たないでしょう。折角再会できたのになんでこんな……!!
避けた先。そこへ様子見に放たれる風の刃に背を向けて嵐に揉まれながらも避け続ける。
槍こそ手に持っているものの攻勢に転じられないでいる。お母様の攻撃が激しいのもありますが、一番は迷いが生じているせいです。
魔物として生まれて魔物として生きているお母様の価値観は、人として生きてきた時間の方が長い私にはいまいち理解できません。このまま時間を稼いでなにか案を――――
その時、お母様の声が念話で届いた。
『なんだ? そのままずっと逃げ続けるのか?』
私の肩が思わずピクリと跳ねる。私の脳裏にあの日の私を見上げるアモーレちゃんの姿がよぎった。
私はあの日彼女に背を向けた。向けざるを得なかった。私の心が、私の翼が弱かったから。
反転。向き直る。
迫る風の刃を見据え、闘気をまとった槍を感情のままに叩きつけて霧散させる。
わかりました……。やってやる……!! やってやりますよ……!! 娘に負けて後悔しても知りませんからね……!!
『そこまで言うのなら……覚悟してください……!!』
『ふん、させてみせろ』
上等……!!
槍を握り治す。
吹き荒れる嵐。『風靡』をフルに使って一瞬ごとに流れの変わる風を乗りこなし、乗り継いでいく。
さっきから移動する気配がないお母様。どういうつもりかわかりませんが好都合。
打ち出す羽の射撃や風の刃を躱し、距離を詰めていく。私の拙い魔法、魔術ではこの嵐にかき消されて有効打になり得ないでしょう。ならば接近して戦撃を叩き込むしかない。タイミングを見計らい背中側で左手を握り込む。
「《赤陣:爆閃》」
『む……』
砕けた魔術陣から目も眩む閃光が迸る。この魔術に物理的な破壊力はありません。しかしまともに見てしまえば視覚をしばらく失うことになります。『強風の力』を使って発生させた風で背を叩きさらに加速。お母様の視界はまだ戻っていない。捉えた……!!
『風の扱いが上手いな。だがこの風は我の味方だ』
「風が……!?」
あと一歩。そこで『風靡』で読み取った風の予測がかき乱される。乗っていた風が牙を剥き、私の動きを阻害した。目が見えないながらもお母様が風を操り動かしたのでしょう。だから私は――――。
「ええ、知ってますよ?」
蒼気をまとってさらに加速した。
この風は結局の所お母様の生み出したもの。私はそれをなんとか活用していただけ。お母様の意志一つで、すぐにそれは不可能になることはわかっていました。
最悪風の刃になって攻撃してくる可能性、そしてその対応まで考えていたので動きの阻害くらい何のその。
『強風の力』で風の阻害を少しだけ緩和すると氣装纏鎧で強化を施して、戦撃を発動したのだ。
体を捻り、仰け反らせながら力を溜めていく。力強く羽ばたけば最後の一歩を風を置き去りにして蒼光の尾を引き突破した。
「【魔喰牙】!!」
蒼の砲弾が着弾する。
溜めた力を加速と共に全て解き放った。最後の一瞬で『急降下』を使ったので純粋なパワーは最大級。しかし、手に帰ってきたのは肉を貫く感触ではなく、金属にでも阻まれたかのような硬質なものだった。
『やるな』
そう言った天帝はしかし健在だった。前に触れたときはあんなに柔らかかった羽毛なのに、私の渾身の戦撃はその柔らかかったはずの羽毛に阻まれ、翼で受け止められていた。どれだけ力を込めても腕が震えるばかりでそこから前に進むことはない。遂には威力をブーストしていた戦撃の光も消え去った。
……今世、前にも全力の戦撃が軽々と受け止められたことがある。あの時の地竜だ。
地竜の時はまだ納得できた。なにせ鱗だ。硬くて当然。
しかし今回阻まれたのは羽毛です。柔らかいはずの羽毛が無傷なのはけっこうショックですね。頭ではわかっています。地竜の鱗は貫けて、この羽毛は貫けない。お母様の羽毛の方が地竜の鱗よりも強靱だった。それだけ。
視覚が発達しているわたし達は、目で得た情報に比重を置いています。どんなにわかったつもりでも、目で見たものにショックは受けてしまうものですね。
それにしても私の記憶が正しければお母様の羽毛は高級布団顔負けの柔らかさでした。一体どうやってこれほどの防御力を。なにかのスキルでしょうか。
疑問に思いましたが素直に聞くのは癪なのでこっちを聞きましょう。
『……なんで飛べているのか聞いても?』
そう、ここは未だ上空。そしてお母様は私の槍を翼で受け止めています。すなわち、羽ばたいてないのに浮いたままなのです。風の力で浮いている訳でもありません。それなら『強風の力』と『風靡』でわかります。
『我は”天”だ。当然だろう。似たようなことなら竜種もやってるいるしな。なんだ、お前はできないのか?』
お母様の念話にからかうような声色が混ざる。
……はい???
……これって煽られていますよね? 私煽られてますよね?? そろそろ怒っても良いのでは???
『考え事とは余裕だな。もう少し強く行こうか』
ハッと気づいた時には遅かった。鍔ぜり合っていた翼が目の前から突如消える。直感が導くままに上に対してガード。その直後上から衝撃が。翼で叩き落とされたのだ。
会話ができたからといって少々悠長にしすぎましたね……!!
お母様が落下する私に向けて翼を振るう。
『そら、我の娘だと言うのなら凌いで見せろ……!! 《羽天:霹靂《へきれき》》』
雷鳴が轟く。
お母様が打ち出した多数の羽。それに落雷が追従し、同化。巨大な雷の鳥の姿を取って迫り来る。
回避……無理。攻撃が速すぎる。戦撃で対処……無理だ。範囲が広すぎて防ぎきれない。なら、魔術で……!!
地面へと一直線に落下しながら迫る雷鳥に向けて左手を突き出し、握りしめる。
「《白陣:壁盾》」
左の白陣に右手を突っ込んで紫陣を引き絞った。
「+《紫陣:連星》……!!」
「《白漂陣:偽・拒交神盾》!!」
右拳をリリースすれば五つの白陣が一気に収束、巨大化する。
巨大な白の魔術陣から顕現した荘厳な大盾が雷鳥の接近を拒み受け止めた。
翼を開いて飛行を再開。同時に左手の盾を振って電光の絡む羽を払い落とす。そこで盾の魔術は役割を終えて消え去った。
未だに場所すら移動していない真上のお母様を鋭く睨み上げる。
《連星》は死ぬほど魔力を食います。魔力量的にはあと二回。火力は比較的高い方ですが魔術を戦闘の主軸に据えるには心許ない回数です。必然的に戦撃が私のメインの攻撃手段になります。
足りない。お母様の防御を突破できるだけの闘気がいる……!!今じゃ足りない。
もっと量を……!! もっと質を……!!
深く、深く息を吸い込んだ。
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