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第57羽 風の心は
しおりを挟む「くっ!?」
上から押しつぶすような攻撃に必死に抵抗する。雪崩に叩き落とされれば待っているのは凍死。
弾かれ回る視界の中、風の魔法と翼を使って全力で体を持ち上げる。すぐ下で鳴り止まない轟音が濁流のように手をこまねいていて。
未だ空気抵抗の少なさから来る飛びにくさは健在。翼を広げて無心で空気を掴もうとすれば、今度は吹雪の暴風が邪魔をする。
さながら風に弄ばれる木の葉のよう。
ドラゴンは下が雪崩な事や吹雪な事はなんのその。全て持ち前の能力で対処可能。気にもしていません。この種族チートめ……!!
せめて少し距離が取れれば良いのですが、ドラゴンはそれを許してくれない。風すら敵になった中、竜の猛攻からひたすらに身を守り続ける。
……いや、守っていても埒があきません。一度ここで攻めます。
周囲の情報量が多いので一瞬ですが……呼吸を整え蒼の闘気をまとう。氣装纏鎧だ。
迫る竜爪のルートを見据え、脇腹が抉られ血が吹き出すのも構わず前に進む。血のストックはまだまだあります。肉を切らせて骨を断つ!!
両手で槍をギリギリと握りしめれば、黄色の魔術陣が槍の先端に纏わり付き雷を散らし始め―――――構える。
「はああああ!!【黄陣血葬:剛破槍】!!」
ねじった体をバネのように弾けさせ力の限り槍を突き出す。雷電を散らす穂先は竜の強固な鱗に止められることなく貫通、貫いた。
それだけには留まらない。
穂先から血葬の槍が伸び、体内を雷で焼き痺れさせながら背中から飛び出す。深紅の槍は吹雪の中に雪のない道を作り上げ、しばらく伸びると消えていった。ドラゴンの胸元から背中までを貫通する絶大なダメージ。だが、
―――――決定打になっていない……!!
急所を外れている。技の直前になってまた風に体をずらされてしまった。思い通りに動くことができていない。風が本当に邪魔だ。
「ならもう一度……!!」
維持の限界に達した氣装纏鎧をかき消して追撃を試みるも、火球ではなく口元で爆発するタイプのブレスの爆風で距離を取られた。
「そう来るなら上空に……」
逃げる。そう思った時には見上げた先に既に竜がいた。しかも絶妙に距離を維持している。
どうやっているかはわかりませんが好き勝手加速して……!!
警戒を強めたのか、大振りな一撃ではなく、ブレスを絡めた牽制のような攻撃。ジワジワと上空から雪崩に押し込められていく。
マズい……!!その時。スッと、意識することもなく、ドラゴン牽制をくぐり抜け懐に入っていた。
「ッ!!【一閃】!!」
訳がわからなかった。それでも意識の空白は僅か。とっさに戦撃を発動し、ドラゴンを押し返すことに成功する。
なんでしょうか、今のは。
「風が……背中を押した?」
そこでハッと気づく。
風が邪魔?違う。私が風を使いこなせていない、いや、乗りこなせていないだけだ。
既に勝利へのチケットは存在していました。私がそれに気づいていなかっただけ。
風の魔法を使って制御するのではない。薄く広げ、周りの風を読み取り、流れに少しだけ手を加え、戦闘プランに組み込む。風によって移動できる場所、それを攻撃、回避、防御に混ぜ合わせ自分の手札にする。
風を感じ取ることができる今世の私ならできるはず……!!
忘れないうちに今の感覚を掴む必要があります。
風を強く感じる。それには人の姿よりも空気抵抗の多い鳥の姿の方が良い。
すぐさま槍をマジックバックにしまい、元の姿に戻る。
しようとしてすぐできることではない。私は才能がないのだから。それでもここで成功できないと、逃げることもできそうにない。
鳥の姿で上空のドラゴンの動き攻撃を捌けば、再び徐々に雪崩に押し込められていく。風に上手く乗れず、傷もかなり負ったが治せば大丈夫だ。
焦るな。冷静さを失った人から死んでいく。フレイさんの言葉を胸に、正面のドラゴンと背後の雪崩のプレッシャーに負けないように心を強く保つ。
風の流れを意識する。どこから吹いて、どこに流れていくのか。完全でなくてもいい。少しずつ慣れればきっとなんとかなる。
深く深く風に意識を向けていけば徐々に雑音はかき消え、頭にあるのはは風の流れと自分への影響だけ。すでにドラゴンさえ眼中になかった。傷を負う痛みも雪の冷たさもどこか遠い。ゾーンに入っていた。
そして―――――それは集中と努力、そして運。どれが欠けていても成功しなかっただろう。
ドラゴンの正面。
そこに横殴りの風が来る。広げた意識に電撃が走った。風に乗ると確信した。これは―――――成功する。魔法を使い、僅かに手を加え風のルートを思い描く完璧なものにすれば、回り込むようにドラゴンの背中に。風に手伝って貰った、まるで空中で行う滑歩のような不規則な動き。ドラゴンの反応を完全に振り切っていた。普通に飛ぼうとしても到底できない加速と軌道。
それに成功する。
――【廻芯撃】!!
「風の道」の加速と『急降下』を合わせた、全力のローリングソバット。翼の付け根に芯を捉えた攻撃がクリーンヒットした。鱗を軽々とけり砕き、衝撃の余波で雪はドーム状の空白地帯を作り出すことになる。
それらの全てを一身に受けたドラゴンは悲鳴と共に墜落し、雪崩に巻き込まれた。
また出てくるのを警戒をして、一秒、二秒、……三十秒。眼下の雪崩は既に過ぎ去り、叩き落としたドラゴンが戻ってくる気配もない。
――今回はなぜか雪崩から逃れられなかったようですね。理由は……痛みとか?
考えても答えはわかりませんが何とかなって良かったです。
今の風を捉え、乗りこなす感覚。成功は偶然だ。それでもできた。なら訓練して自分のものにするのみ。
――ありがとうございます。おかげでまた強くなれそうです。
最初は厄介ごとでしかないと思っていたドラゴンに礼を送る。きっと死んではいないでしょうから。
安心したその時ズン!と背後で衝撃音が。恐る恐る振り返ればドラゴンが。しかも傷跡がない上、大きさも微妙に違う。2体目だ。
良かった、最初のがもう戻って来たとかではなくて。いや、そうじゃない。
流石に冷や汗を垂らして言った。
――あの、私お腹いっぱいなのでおかわりは要りませんよ?
あ、今声出ませんね。
返事は咆哮だった。
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