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第29羽 人の意識、鳥の意識
しおりを挟む打ち合ったとき始めに感じたのは、当たり前だが以前よりも強くなったパワーだった。
相手の体格も見た目も少し変わっている。恐らく進化したのでしょう。
『どうだ!前の時のリベンジのために父上に鍛えて貰ったんだぞ!』
――何ですかそれは!私への当てつけですか!?私はもう長いことお母様に会えていないのに!!
『うはは、たくさん構って貰ったぞ!』
――はい、もう怒りました。容赦しません。喰らいなさい!【側刀】!!
怒りを乗せ一気に加速して肉薄して蹴りつける。しかし、スルリと避けられ脇を掠るだけに終わってしまった。……前より反応も良いですね。これは簡単に終わらないかも知れません。
『うはは、残念だったな!めるす……めしゅ……?』
――……呼びにくいならメルと呼んでも構いませんよ。
『わかった!これからはメルって呼ぶぞ!!それとこれはお礼だ!!』
そう言うと翼竜はガパリと大口を開けた。ブレスだ。
――それは効かないと……!?
芸もなく真正面に飛んできた火球を受け流そうと足を添えると体に衝撃が走った。
それのせいで体が硬直し受け流しに失敗してしまった。衝撃を吸収し損ねた火球は本来の役割を果たし爆発。
――ぐっ!これは……電撃?
咄嗟に風を展開して威力を逃がしましたがそれでも大ダメージです。油断しました。まさか火球に電撃を纏わせてくるなんて。鬼の耐性で痺れは僅かですが、もう火球の受け流しはできないと考えた方が良いでしょう。
『うはは、修行の成果だ!』
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「すごい……」
上空で紺碧の羽毛と黒光りする鱗が再度激突する。最初は地上付近で戦っていたのだが何度も激突するうちにもつれ合うようにして上空へと戦場を変えていった。既に遙かな高さに行ってしまったがまだなんとか見ることができる。
子供のスワロー種とグレーターワイバーン。その差は大きい。通常、スワロー種は普通のワイバーンにも抗うことができない程の明確な差がある。それを対等に見えるレベルで戦っている。それは最早あり得ないレベルのことだ。
シャドウウルフの時から強いとは思っていた。だがそれはスワロー種にしてはだと思っていた。
だが蓋を開けてみれば、そんなレベルではなく、格上である竜種と正面からぶつかり合う事ができる程の力を持っていた。
スワロー種の攻撃なんて、『射出』と風の魔力を使った遠距離攻撃が主で、直接攻撃など自身より弱い蟲系の魔物にしかしない。
そもそもスワロー種の防御力は低い。鳥系の魔物全般に言えることだが、魔力での補助があるとはいえ飛ぶためにある程度体を軽くする必要がある。あんな風に格闘家も真っ青な足技で竜種と肉弾戦をし合うなんてそれこそ自殺行為だ。
それが今回の相手は竜種。強靱な鱗ともふもふの羽毛、鎧とタダの服以上の差がある。
「あんなに小さいのに戦ってる。私は……」
小さな体が勢いよくはね、何倍もある巨大な翼竜を吹き飛ばした。小さくとも強大な相手に立ち向かう。それはまさに弱者が強者を下す様のようで。
なんて、かっこいいんだろうか。
「あんたの名前メルって言うんだね。覚えたよ」
静かに拳を握りしめた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
火球が防げなくなった。だからといって負けが確定したわけではありません。初心に戻って上空を取ることを意識すれば良いだけです。
上にいれば翼竜は無理な姿勢でしかブレスを吐けないので有利に立ち回ることができます。翼竜もそれを知っているので上空を取り返そうとしてきます。
翼竜と打ち合いながら上空を取り、上空を取られ、上空を取り返す。
それを何度も繰り返し、結果、どんどん上昇することになってしまいました。
そして現在。結構ピンチです。
――息が……苦しい……!!
重力が存在している星では、上に行けば行くほど空気が少なくなってきます。自然、呼吸は苦しくなっていく。
だからといって止めることもできない。未だ苦しむ様子の見えない翼竜は、その時を逃さず上空をとり只管ブレスを吐き続けるでしょう。絶対に勝てないとは言いませんが、かなりの不利を背負い込むことになります。
酸欠の苦しみが襲う中、鱗に蹴りを入れ尻尾の一撃を受け流していると、翼竜が私の息苦しそうな様子に気づいた。
『なんだ?お前鳥なのにこんなとこで息が苦しいのか?変な奴だな!』
――何を言って……?
人は高所では息が苦しくなるもの。なんともない翼竜がおかしいのだ。
『てい!たあ!さっきより動きが鈍いぞ!!』
――くっ!この……!!
重くなった体で苛烈になっていく翼竜の連撃を捌いていくと、激しい動きに酸素がみるみる消費されてしまう。息もつけない攻防に、やがて視界が白くなり始め、意識がぼやけていく。
散漫になった注意が遂に受け流しを失敗に導いた。力の方向がずれてしまい、尾の一撃に足が弾かれて体が流される。
『隙ありー!!』
白んだ視界に映った翼爪は避けられない筈のものだった。
――【貪刻】
『いっったーい!!』
それなのに気づけば懐に潜り込んで戦撃を直撃させていた。強烈な横蹴りに翼竜は空中で痛みにもだえている。
――今のは……?
急に体の動きが元に戻ったような気がしました。いや、もしかしたら地上より動きのキレが良かったかも知れません。それに消費の大きな【貪刻】を使ったのに大したことない。
『良いのを入れたからって考え事ー?余裕じゃん、かっ!』
……わかりませんね。少し息苦しいのがなくなっているとは言え、動く度に苦しさは戻ってきています。
飛来する火球を避けながら考える。
――さっきの感覚を引き出せればもしくは……。
もっと強くなれるかもしれない。なら試してみましょう。
更に飛んでくる火球に『射出』。爆炎の中から更に羽が飛び出し翼竜に襲いかかった。
『うわっ!……うはは、全然痛くないぞ!』
そんなことは承知の上。翼竜の強固な鱗に軽い羽が有効打になるとは思っていません。目的は羽の雨で視界を奪うこと。
――こちらですよ。【崩鬼星】!
羽に隠れて下方空回り込んだ私は、前回の焼き増しのように上空の翼竜に向けて戦撃を発動する。今回はロケット式の加速はありませんが、私を見ていない今なら問題ありません。
土手っ腹に鬼気を解放した戦撃を叩き込んだ。直撃。衝撃でひるんだ一瞬で『鷲づかみ』、体を捻るように入れ替えた。私が上に、翼竜が下になるように。
自然、翼竜は背を地面に向けることになる。ひるんだ直後にそんな状態でまともに飛べる筈もなく。
――【狼刈】!!
大きな隙に三連蹴りを叩きつけた。その威力に撃墜された翼竜を急降下で追いかける。
追いつくまもなく衝撃から復帰した翼竜が背を地面に向け、落ちながら多量に枝分かれした雷のブレスを吐き出した。
ここに来て新形態のブレス。翼を広げて急制動をするも範囲が広すぎて逃げ場がない。
――うぐッ!!?
火球ブレスの雷はおまけのようなものだったが、こっちは雷が本体だ。焦げる音と共に体が跳ね動きが止まる。
一瞬、しかしそれは致命的だった。
止まった隙に体勢を立て直した翼竜は急浮上。一気に加速し上空から重力の重さを乗せ頭から突進してきた。
『お返しだー!』
――グフッ!?
衝撃に肺から息が押し出される。ボールのように弾かれ、一気に体の重さが増した私はそれでもなんとか追撃を受け流した。
この危機的状況にさっきの感覚を引き出そうとして翼竜の鱗を打ち据え、攻撃を受け流していくも唯々息が苦しくなっていくだけ。体内の酸素量は既に限界だ。
だが、あの不思議な感覚は訪れない。
――これじゃ……ダメなんですか?
口は酸素を求めてあえぐものの、それで息苦しさがなくなるなんて都合の良いことは起きない。準備した【狼刈】の闘気が意識の明滅と共に不安定に瞬く。
ガクンと急制動を掛け体の動きが止まる。明確に晒された隙に、翼竜の口元にこれまでとは比べ物にならない炎が蓄積されていく。
――やっぱり。無理だ。私じゃ。ダメだ。
ネガティブな感情ばかりが生み出されていく。
走馬燈のようにゆっくりとした視界の中、生み出された爆炎が迫り来る。
その時不思議と翼竜の『鳥なのにこんなとこで息が苦しいのか?』という言葉が思い出された。
――あのとき私はなんて思ったんでしたっけ。確か――
意識が薄くなり、本能が前面に押し出される中。
――――闘気が爆発した。
今までよりも純度が高く、今までよりも量が多く、今までよりもスムーズに生み出された闘気は。
今までよりも圧倒的なスピードとパワーを以て戦撃を発動させた。
爆炎を切り裂いてその先にあった鱗が三カ所、飴細工のように容易く砕き、その下の体にもダメージを負わせる。
――すごい……。
深く息を吸い込む。
今までよりも呼吸が楽だ。今までの人としての意識が強い呼吸とは違う、鳥としての呼吸。
人は高所で息が苦しくなるもの。でも――――私は鳥です。それを忘れていた。
薄れ行く意識の中、私の中にあった本能が教えてくれた。もっと良い呼吸法があるのだと。
鳥としての心肺機能を、忘れないように感覚として落とし込ませていく。
その感覚としてはまるで――――常に息を吸い続けているようで。信じられないほど体が軽い。
――これが空を舞う鳥の呼吸。少ない酸素で活動できる生き物の力。
お母様から受け継がれた力を噛みしめ正面に向き直る。
【狼刈】が当たった場所の鱗は砕かれ、羽ばたきは最初と比べると弱い。
それでも先ほどの戦撃を受けても未だ墜ちない目の前の翼竜を見て、素直に凄い、そう思った。
私の強さはズルの上に成り立っています。前世の強さを引き出して、何百、何千年と培ってきた経験を使って戦う。そんなズルをした私に対等以上に戦える彼はまさに強者と言うに相応しいでしょう。
引け目を感じないと言えば嘘になります。寧ろ申し訳無いとさえ思う。
私には才能がない。他者の何倍もの時間を掛けてようやく並ぶことができます。
前世の力の一端を引き出し、苦手とはいえ長らく付き合ってきた格闘術で、才のある彼とようやく並び立っている事からもよくわかります。
それでもそうしないという選択肢はありません。そうでもしないと私は全部無くしてしまうから。
私は弱い。普通だったら強い人を見上げるだけで終わる程度の存在です。そんな私でも嫌いなものがあります。
私は戦うのが嫌いです。痛いのが嫌いです。悲しいのが嫌いです。苦しいのが嫌いです。
でも――――負けるのだって嫌いなんですよ!!
全身を鮮血のように濃密な闘気が覆っていく。
戦撃の時だけ使っていたそれを更に純度の高いレベルで常に体に纏う。
引き出す方法はズルだろうと元は自分で積み上げた力でもあります。見上げるだけで終わるなんて耐えられない。大切なものを守るために鍛えた力ですが、同時に私自身が私のために強者に抗う術として手に入れた力でもあります。そこにお母様の力が助けてくれるなら――――負ける気はしません。
――最初にも言いましたが……容赦はしません。――――覚悟を。
だって、貴方は強いのだから。私が手加減なんてできるはずもない。
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