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第23羽 血の力

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 嘴に含んだ甘露が喉を滑り落ちる。

 吸血鬼とは読んで字の如く、血を吸う鬼です。
 単に血は食料であるだけでなく、力を得るための重要なファクターでもあります。
 今までは吸血なんてしていませんでした。それで地竜と渡り合ってきたのです。

 それが血を口にした場合どうなるのか。

 目も眩むような高揚感が訪れ、次いで体の奥底から力が噴出する。湧き上がる全能感を押さえつけて、力の先行きを指定します。
 すると気持ちが悪いほどの速度で肉が盛り上がり翼の再生が終わりました。

 さあ、第2ラウンドの開始ですよ。

 何度目かの驚愕の表情を貼り付けた地竜に一気に肉薄する。
 地を這うような姿勢から一撃。

 ――【血葬けっそう昇陽のぼりび

 右足から伸びた朱殷しゅあんの斬撃が、鱗もろとも地竜を深々と切り裂いた。
 先ほどまであれほど苦戦していた鱗をものともせず、たったの一撃。
 傷跡から血が舞う明確なダメージに、仰け反り苦痛の悲鳴を上げる地竜。

 闘気だけでなく、私の血を纏った戦撃。
 血葬とは元々はスキルの名前なのですが。血を吸うだけではなく、血液を扱う能力。血を第三の腕のように扱うことができます。
 自分の血を使うため多用すると貧血に陥るのがネックですが、それも吸血すれば補填が可能です。

 戦撃の発動が終わって着地すると、仰け反った地竜がギロリと睨み前足を叩きつけてくる。
 見据え、襲いかかる巨大な圧力を正面から迎え撃つ。

 鉄分を含み魔力を浸透させた血液は凝縮させれば、易々と壊れることのない強固な防具となる。

 ――それを使えばこんなことだってできます。

 ――【血葬けっそう打衝だしょう

 足から腰、腰から肩、肩から翼へと力を伝播させた突き。
 太くずっしりと力を感じさせる地竜の腕と細く軽い私の翼。激突すれば誰もが前者が勝つと断言する戦いに拮抗する。互いの殺意が乗った視線が交わる。
 力を込めていた地竜が埒が明かないと判断したのか突如としてガパリ大口を開けた。
 極小の砂の粒子達が私の全身を削り突くさんと殺到する。

 ――《ブラッディ・スカー》

 身体能力のみに突出した鬼とは違い、吸血鬼は魔法も得意です。
『カマイタチ』を『血葬』で血に染めて打ち出された嵐が地竜のブレスを僅かに押しとどめる。打ち勝つことは無理ですが、時間稼ぎくらいならできる威力にはなりました。
 ギリギリとせめぎ合っていた腕の力をフッと抜く。翼で威力を後ろに流しながら足を持ち上げ回転。
 ブレスが通り過ぎる音を聞きながら、腕に乗って頭上へと飛び上がる。

 ――【奈落回しならくまわし】!!

 高速回転した踵落しが地竜の頭のてっぺんに叩きつけられる。
 衝撃に頭が地面へと弾かれ、叩きつけられる前に地面に潜り込んだ。……衝撃をうまく逃がした様ですね。

 姿は見えないですが、地面下で泳いで隙を伺っています。

 地面が割れ、突如として足下から石柱が襲いかかる。後ろに下がれば合わせて半身を出した地竜が噛みついてきた。迫る顎門を受け流し、返しの蹴りを放てば奇妙な手応えが。蹴りの衝撃で、半身は潜ったままの地竜が後ろに滑る。どうにも地面に威力か吸収されている様ですね。
 ぬかに釘、といった所でしょうか。地面に潜っている間は大したダメージは期待できません。
 再び地竜が潜り、石柱と地竜の噛みつきがランダムに襲いかかってくる。冷静に捌き、躱し、返していく。

 厄介ですね……!!こちらの攻撃が決定打に至らない。

 ――攻撃を全部いなすとかずるでしょう!ちゃんと撃ち合ってください!!

 内心で特大ブーメランな愚痴を吐きつつ、ひたすら地竜の攻撃を捌いていると決定的な隙を晒してしまうことになる。
 後ろに下がった拍子に、足下にいきなり現れた段差に踵が引っかかり躓いてしまったのだ。

 ――しまった!!

 地竜がしかけた罠です。見逃すはずもありません。咄嗟に翼で立て直したものの間に合わない。
 驚くほどの機敏さで飛び出してきた地竜を避けきることができずに、左足に噛みつかれてしまった。

 ――抜け出せない!!あ……。

 フワリとした浮遊感。鼻先で目が合った地竜は笑っている気がしました。

 ドゴッ!!!!勢いよく地面に叩きつけられる。受け身なんて取れません。
 視界がチカチカと点滅する。傷は治りますが痛みはあります。

 再びの浮遊感。

 ――待っ!!?

 ドゴッ!!ドゴッ!!と何度も叩きつけられた地面が割れていく。私は言わずもがな。
 十数回ほどでしょうか、玩具にされたところで地竜が叩きつけるのを止めました。
 持ち上げられた私は力なくぷらぷらと揺れます。喉の奥から熱が吹き上がり、地面を赤く染める。

 ――ゲホッ……!!ゲホッ……!!はぁ……、はぁ……、痛いです。死にそう。

 こちらを見つめる地竜は満足げに目を細めています。ドSか。
 それでもまだ終わらせるつもりはないのか更に持ち上げられ地面に叩きつけられる。
 ……前に《ブラッディ・スカー》で足を切った。左足に訪れる叫びそうなほどの喪失の痛みを食いしばって我慢する。

 ――いい加減にしてください。【貪刻どんこく】!!

 突然手応えを見失った地竜の鱗を蹴り砕いて地面に転がす。横滑りして地面に体で線を引いて止まった。

 ――く……ぅ……!!

 すぐに地竜から離れて滞空。
 切れた左足の断面が盛り上がり再生していく。
 吸った血の効力もそろそろ切れそうです。血を飲んだ当初よりも再生速度が遅い。
 もう一度補給したかったのですが地竜はその隙を晒してはくれませんでした。流石に警戒されているようです。
 補給できないなら、血の効果があるうちに終わらせるしかありません。
 地竜が前足を地面に押しつけ、沈んでいく。再生が終わった。体は問題なく動くようになりましたが、また潜られてしまいました。

 滞空して警戒していると、天井から上半身を出した地竜がそのままブレス。
 前よりも範囲が広くなったように感じるブレスを全力で飛んで逃げ、地竜に接近していくとすぐに潜ってしまった。
 そして離れた場所から顔を出してブレス。追いつく前にすぐに潜って別の場所へ。すぐブレス。
 潜って、顔を出して、ブレスして潜る。

 ――こ、こいつ!!!

 地面から上半身だけ出してブレス。行けば逃げる。

 ――恥ずかしくないんですか!!貴方竜でしょう!?土竜《もぐら》叩きやってるんじゃないんですよ!?

 しかし腹が立つほど合理的な戦い方だ。厄介きわまりない。
 ブレスもやはり範囲が広がっていてかなり避けづらくなっています。その分威力は分散しているようですが。
 このままでは負けますね。ブレスでじわじわ削られても、時間が経過するだけでも私は負けます。
 吸血の効果が消えて終わりです。一度見せた吸血がもう一度決まると思うのは流石に楽観視しすぎでしょう。

 ……賭けに……でます。

 天井に顔を出した地竜。比較的近い。これなら行けます。
 風を裂いて加速。吸血鬼は飛ぶのも得意です。速度はそれまでの比ではありません。
 そうしている間にも地竜はチャージを完了させ、遂に砂のミキサーを解放した。
 それでも私はまっすぐ進むのを止めない。魔力を解放する。

 ――《ディープ・ライン》

 凝縮された朱殷の一線が砂塵に突き刺さり、威力を弱めた。そこへ『血葬』した翼に戦撃の輝きを乗せて大きく振りかぶり、遮二無二飛び込む。
 拡散して弱まったブレスに、魔法で威力を弱め、そこに血葬の防御に戦撃の威力、私の再生力があれば突破できる……筈。故に賭け。

 ――はあッ!!

 突きだした右の翼にブレスが激突する。威力だけでなく血葬も削られていく。
 ダメージは右の翼に集中しますが、庇いきれない部分は砂塵に晒されます。それを血葬で守るも次々に削られていく。徐々に翼と体の外側から削られていくのを、無理矢理再生し、血葬で時間を稼ぐ。
 突破できるか中で死ぬか。視界は砂で遮られ終わりが見えない。叫びだしそうになる恐怖を押し殺してひたすら前を見る。
 もう止まれない。戦撃は発動してから止めることはできません。この戦撃が止まるのは私が死んだときです。

 かくして――賭けに勝った。十分以上にも感じられた、2秒にも満たない僅かな瞬間のこと。

 広すぎるブレスで視界が狭まっていた地竜の目の前に、ブレスを突き破って私が現れる。

 全身血葬によるものなのか負傷によるものなのかわからない赤に染まっている。事実、満身創痍。
 残り少ない吸血の効果を身を守るためでなく、攻撃に回すために。
 そんな私を見て驚愕し、急いで天井に潜り直そうとする。

 ――【血葬けっそう剛巌腑損ごうがんふそん

 一撃目の右突きはブレスに振り抜いたものです。
 次いで勢いそのまま回転し二撃目の左回し蹴り。ヒット位置をずらして寸止め。地竜を蹴るのではなく『鷲づかみ』する。左足を引く次撃の予備動作で天井から引きずり出した。逃がしませんよ。
 左足を引いた勢いのまま回転。左の裏拳を落下し始めたばかりの地竜の腹にねじ込めば、轟音と共に背中から天井に激突した。

 地面に潜る気配は、ない。

 第2の賭けに勝ちました。
 何度も地竜が地面に潜る姿を見てきましたが、とある法則を見つけました。潜るときに必ず前足からという法則です。体の一部が既に潜っていれば潜り直すことはできるようですが、全身が出てきた後は再度前足を沈めないと潜行はできません。
 確証はありませんでしたが、正解だったようです。

 逃げ場のなくなった地竜に右膝の追撃。衝撃が臓腑を貫いて背後の天井を割り砕いていく。

 ――まだまだ!!

 膝を伸ばして突き刺さるようなヤクザキック。
 そこに天井から伸びた石柱が襲いかかった。まだ戦撃は終わっていない。大した回避動作が取れない中、僅かに体をずらして致命傷を免れる。それでも脇腹を大きく抉られてしまいました。
 熱い物が喉元をせり上がるのを無理矢理飲み下し、攻撃を続ける。
 更に一撃、二撃、三撃と天井から背中が離れる隙も与えず打ち据えていく
 目が、合う。未だ獰猛に牙を剥きだして生きることを止めない。
 頭上から尾がしなり、力強くなぎ払われる。それを――――頭で受け止めた。

 ――ぐうぅッ!!終わりですッ!!!!


 終撃。

 地面にはたき落とそうと力が込められ続ける尾を気力だけで押し返す。
 遮るものなし。全身全霊のソバットの衝撃が臓腑をズタズタにかき回した。

「オオォォォ……」

 今一度天井へと叩きつけられた地竜の体が力なく落下していく。
 今度は潜ることなく地面に激突して地響きを届かせた。動くことはない。
 一拍の後、先ほどの激突で崩れていた天井の一部が地竜の体の上に降り注いで覆い隠してしまった。

 ――お、終わった。

 安堵と疲労感から膝から崩れ落ちる。もうまともに動けない。休ませてください……。

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