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いちびっ! 旅立つ劣等尾

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 妖狐族という狐の特徴を持った獣人が住む村、普段なら平和な光景がみられるであろうその大通りに。

 ――――山のような巨体で地響きを立てながら迫り来る影があった。

 それは無数の鼻を揺らす、象ような姿をした魔物。巨象を倒そうと力を尽くした冒険者は既に地面に倒れ伏し、村人は何もできずに逃げ惑うしかない。

「冒険者が倒された!!」
「早く逃げないと踏みつぶされるぞ!!」
「無理だ!!速すぎる!?」

 進む先にある家屋をおもちゃのように踏みつぶし、何者にも止められることがないように思われた進撃は。

 ズドン!!!!と。

 唐突に止まることになる。
 強固な壁にでもぶつかったのか?

 違う。

 巨象の前には狐の尾を1つ揺らす幼い少女が立っているだけ。壁などどこにもない。
 ならば凶悪な魔物が愛らしい少女に慈悲を見せたのか?

 違う。

 この象に慈悲など存在しない。全てを蹂躙して進み続ける凶悪な魔物だからだ。
 ならなぜ象が止まったのか。答えは簡単だ。

 その少女が象の強襲を軽々と、片手で・・・受け止めたからだ・・・・・・・・

「嘘でしょう……!?」
「ありえない……!!」

 片や山のような大質量の巨象を、片や人としても小さい方のかわいらしい少女が受け止めている。常識と逆転した力関係。
 遠近感が狂っている言われた方が納得できるその光景にその場の全員がありえないと絶句した。倒れた冒険者はその規格外の力に。そして逃げ惑っていた村人はそれとは違う理由で。
 そんな静寂を切り裂いて、この村の村長が唾を飛ばしながらがなりたてた。

「なぜだナユタ……!!なぜ劣等尾・・・である貴様がそんな力を持っている……!!」

 劣等尾。それは妖狐族のとある特徴・・を持つ弱者に送られる最大の蔑称だ。

 金の髪を揺らし、涼しい顔で未だ象を押しとどめ続ける少女。どう見ても強者だとしか思えないそんな少女に蔑称がぶつけられるのは、正しく少女が弱者であると認識されていたからだった。

 少女は怒鳴る村長に嫌悪の表情を一瞬だけ向け、正面に向き直った。

 力の是非を問われた少女は。
 まだ幼さの残るあどけない顔立ちの、そんな少女は今。

(……なぜこんな力があるかって?ふふ、そんなの……わたしが知りたいんだけど!!??)

 内心で盛大にテンパっていた。

(どうしてこうなったんだっけ!?)

 時は僅かに遡る。

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


「ナユタ、お前にはこの村を出て行ってもらう」
「え……」

 村長から呼び出されたわたしは突然の宣言に思わずかすれた声を出した。
 なにがなんだかまったくわからない。

「な、なんで……」

 真っ白になった頭で必死に考える。最近は村長の気に障るような事はしていない筈だ。1年前に村から追い出すと脅されたときから逆らうこともせず、無茶な雑用もこなしていたのに。
 村の人たちから蔑まれるのも我慢した。悪いことなんてしていない。それなのになんで……。

「知れたことよ」

 村長の答えは単純明快だった。

「貴様が劣等尾だからだ」
「そんな……」

 劣等尾。

 それは私達妖狐族の最大の蔑称だ。妖狐族は自分の尾をとても大切に扱う。尾は自分の分身のようなもので、自分自身だけでなく尾にもたくさんのエネルギー、妖気を溜めそれを解放することで妖術を使う。成長するにつれ尾は自然と増えていき、早い子は年が三つになる頃に、遅くても六つの時には尾は2本に増えるのに。

 私の尾は十二歳になっても――――たったの1本しかない。尾は3本になっていてもおかしくない歳だ。同年代には4本の天才もいる。妖術に使える妖気の量も増えるため尾が多い方が当たり前のように強い。1本しかないわたしの尾は紛れもなく劣等の証だった。

 同い年どころか年下にも負けている。それを思い出すだけでわたしの狐耳が力なくしおれてしまう。

「貴様がいるだけ村の品位を落とす。他の村の妖狐族に知られたらと思うだけで恥ずかしくて死にそうになるわ」

 吐き捨てる様に言った村長は全く熱の籠もっていないゴミを見るような冷徹な瞳をわたしに向けた。本気だ。村長は本気でわたしを追い出そうとしている。止まっていた思考が動き出し、今度は顔が真っ青になった。

「お願いします!!追い出さないでください!!雑用だってもっとやります!!お仕事ももっとがんばります!!だから、だからお母さんとお父さんの思い出が詰まった大切な家から追い出さないで!!」

 父と母は既にこの世にいない。2人の温もりを求めてももうどこにもないのだ。村の皆はわたしが劣等尾だからと見下した目で見てくる。
 この村でわたしは1人ぼっちだ。そんな劣等尾の私が唯一心から安らげるのは3人で過ごした幸せな思い出のある我が家だけ。それなのに――――

「ええい!近寄るな!劣等尾が移るわ!!」
「うッ!?」

 足下にすがりついてお願いしても村長は煩わしそうに足を振り払うだけ。それだけやっても得られたのは背中から壁にぶつけられて息が詰まった苦しさだけだった。

「貴様が出て行くのは既に決定事項だ。これは村の総意でもある」
「そんな……」

 絶望に目の前が暗む。ここに味方はいない。

「わかったらとっとと出て行け。劣等尾め」

 首根っこを掴まれ無理矢理外に追い出されると硬い音を立てて扉が乱暴に閉められる。わたしを家から放り出した村長はどこまでも冷たい目をしていた。

 突然のことに現実が受け止められない。
 どれほどの時間そうしていただろう。呆然と村長の家の前に座り込んでいたが、この悪夢のような現実から目が覚めることもなかった。

 このまま座っていてもなにも変わらない。服についた汚れを払うこともせずにとぼとぼと歩き出す。
 村の真ん中ではなく外れを歩く。わたしは劣等尾。村の真ん中なんて歩こうものならどんな目を向けられるか。

 ここ最近は冒険者の人もいるみたいで、その人達に近寄って欲しくないみたい。わたしが人目に付くのは喜ばしくない事みたいだ。煙たがられるくらいなら最初から離れた方が楽だ。

 そんなことを考えている間にも、思わず涙がこみ上げてきたくる。こらえるために空を見上げれば憎らしいほどの良い天気が目に入った。わたしの内心とは大違い。

「ぐすっ」
「どきなさい!!」
「いたッ……」

 突然背中に衝撃を受け、地面に倒れ込む。
 体を起こせば、黒髪をなびかせた少女が意地悪そうに笑っていた。

「なに?文句でもあるわけ」
「ありません……」
「そうよねぇ?所詮あなたは劣等尾。私に逆らうのが間違いなのよ」

 フフンと笑った彼女は勝ち誇ったように4本の尾を揺らす。同年代の天才。それが彼女、フェリアだ。
 尾が1本のわたしと4本の彼女には越えようのない差が存在している。

 日の当たる彼女と、日陰者のわたし。

 そんなわたしでも彼女に妖術で勝ったことがある。もっともっと小さかったときの事だ。
 皆もう尻尾は2本になっていたけれど、その時はまだ尻尾が1本でも変な目を向けられる程度だった。
 子供達で集まって術を披露する。
 その中で当時三尾だったフェリアが術の派手さと難易度で頭1つ抜けていた。そしてその後に術を披露したわたしがフェリアよりも難しい術を使った。使ってしまったのだ。それも得意げに。

 尾が増えないことに焦っていたわたしは、術の練習を頑張った。そこでわたしだってすごいんだぞと、目立ってしまった。その時のフェリアの顔はすごく恐ろしいものだった。

 そこからはもう予想がつくだろうけどいじめのオンパレードだ。彼女が村長の娘という立場だったことも相まって、村の子供達は皆彼女の味方になった。劣等尾のわたしの味方は誰もいない。

 日の当たる彼女と、日陰者のわたし。

 目立ったところで結局何かが変わることはなかった。だからわたしは極力村の中で目立たないことにした。
 フェリアが子供達に口止めしていたので、大人達はわたしが当時難しい術を使っていたことも知らない。今も努力はしているけど隠しているから知ることはない。
 バレればきっと劣等尾のくせにと言われてしまうだろうから、それでいい。

「パパから聞いたわよ。村からおいだされるんですって?」
「うん……」
「いい気味ね。あなたにお似合いの結末よ。対して私は冒険者の方に、もう尾が四本もあるのかと褒めてもらったわ。あなたは魔物に襲われてピーピー泣いていればいいのよ」

 その時わたしは思わず彼女を睨み付けていた。魔物に襲われればそんなかわいいものでは済まない。下手すれば死んでしまう。わたしのお父さんもそうだったのに……!!

「な、なによ、劣等尾の分際で……!!」

 フェリアは一瞬たじろいだようだったが、すぐに負けん気を取り戻して睨み付けてきた。

「こ、これでも食らえ!!」

 フェリアが放った妖術の風が目の前の地面に着弾して、土埃を巻き上げる。

「けほっ、けほっ」

 煙が晴れた頃にはフェリアはいなくなっていた。どこかに行ったのかな……。
 唖然としているときゅるるるると体から音が鳴った。

「お腹空いた。帰ろう……」

 家は村の外れにある。村から離れていく細い道を歩いて行けば、帰りの途中にお地蔵様がぽつんと1人。

「こんにちはお地蔵様。ってもう夕方か。だけどこんばんはにも早いしなぁ」

 そう言ってお父さんがやっていたように今日も手ぬぐいと備え付けの箒でお地蔵様と周りを綺麗にしていく。お父さんは毎日お地蔵様を綺麗にしていて、それを手伝っているうちに自然とわたしの日課になっていた。それにこれをしている間は嫌なことを忘れることができる貴重な時間でもある。

 それなのに今日は次々と思い出してしまう。家族3人そろっていた楽しい時間を。
 父はとても強かった。なぜかいろんな武器の使い方を熟知していて、遊びながら教えてもらった。

『すごいぞナユタ!これなら世界で一番強くなれるかもな!!』
『ほんとう!?』
『ああ、ほんとうさ!』

 父は大きな魔物相手でも全然負けていなかった。そんな強い父も6歳の時には魔物に襲われて死んでしまった。

 母は優しかった。時に厳しく、時に優しくわたしに愛情を注いでくれた。それは父が死んでしまってからも変わらなかった。すぐにお腹を空かす大飯食らいのわたしを養うためにした無理がたたって体調を壊してしまった。

『ごめんなさいね。あなたをお腹いっぱい食べさせてあげられなくて』
『ううん。わたし全然お腹空いてないから大丈夫!!』

 布団に苦しげに横になった母へそう言っている最中にもお腹は鳴っていた。嘘をついても何よりも雄弁にその音が事実を示してしまう。

『なんで!鳴るの!うるさい!止まってよ!!』

 涙をこぼしながら自分のお腹を殴っても音は止まらない。また振り上げた拳をお母さんが優しく握って首を振った。

『お母さんはあなたのことを愛しているわ。尻尾が一本だなんてどうだっていいの。あなたはとっても優しくて人の痛みがわかるそんな自慢の娘なんだから』

 そしてわたしが10歳の時に眠るように旅立った。

「ぐすっ。お父さんお母さん……、ごめんね。あの家にはもういられないみたい……」

 拭っているお地蔵様の頭にぽたりぽたりと水滴が垂れていく。

『ああもう、見てられんわい』
「え?」

 そんな時不思議な声が聞こえた。

「だ、だれ?」

 突然かけられた声に戸惑いを隠せない。女の子のようなかわいらしい声だった。声の主を探して右に左にと視線を向けても人なんてどこにもいない。空耳かな……?

『わしじゃ。目の前におる』
「え……?」

 再び声がして正面を向けば、さっきまできれいにしていたお地蔵様が目に入った。まさか……ね?

「もしかして話しかけてきたのってわたしの目の前にいるお地蔵様ですか?」
『その通りじゃ!!』
「しゃ、シャベッタ……!!」
『なんじゃ地蔵が喋るくらいで驚きおって。ここはホントに田舎じゃのう』
「えぇ……?」

 都会ではお地蔵様が普通に喋ってるの……?都会って変なところなんだね……。

『そんなことより!!どうして泣いておるんじゃ』
「そ、それは……」

 いくら相手が今まできれいにしてきたお地蔵様だとはいえ、話すのは初めて。初対面と変わらない。事情を話すのをためらってしまう。

『ふむ、見知らぬ相手では話すのは難しいか』
「う、ごめんなさい……」
『気にするな。まあこれでもおぬしの両親とは浅からぬ縁じゃ』
「そうなの?」

 そんなこと2人からは聞いたこともなかった。目をパチクリとさせる。

『そうじゃよ?おぬしの父がやんちゃだった時の話でもしようかの。あれは――――』

『ーーーーだったのじゃよ』
「ふふっ、お父さんがそんなことを?」
『ああ、それでおぬしの母がカンカンになっての。わしも縮み上がったほどじゃ』

 どうやら本当に両親と知り合いらしい。父と母がしそうで、そしてわたしが知らないエピソード。家族の話に飢えていたわたしは、気づけばすっかりお地蔵様と仲良くなっていた。この人になら話しても良いかもしれない。

「ねえ、聞いてくれる?なにがあったか」
『うむ?良いのか』
「うん。お地蔵様に聞いて欲しいんだ」

 村長に村から追放されたことを話す。その理由と父と母がいなくなってからの今までの出来事。告げ口するみたいでちょっと嫌だったけど、全部はき出してなんだかスッキリした気分だ。

『なるほどのう。尾が少ないということだけで追放とは酷い話じゃ。遙か昔の妖狐族は尾が一本から増えることなんてなかったというのに……!!』

 お地蔵様はまるで自分の事のように怒ってくれた。それが両親と重なり、なんだか昔に戻ったみたいでちょっぴり嬉しくて少しだけ切なかった。

「ありがとう、お地蔵様。でももっと辛いのはお父さんとお母さんの家を手放さなくちゃいけない事なの」
『そうか、そうじゃよな。その家は記憶が詰まった大切なもの。理不尽に奪われるなど許せんよな』
「うん。でもどうしたら良いかな。家を持ち運ぶわけにも行かないし」

 わたしがもっとすごい術でも使えたらできるのかもしれないけど。
 もう諦めるしかないのか。そう思っているとお地蔵様が提案をしてきた。

『良し、ならわしを家に連れて行け。しばらくはなんとか守って見せよう』
「守るって村長達から?」
『そうじゃ。今のわしの力でもなんとかなるじゃろう』

 お地蔵様が言ってくれたのは願ってもないことだった。村を追い出されてしまっても、帰る家が残っているのはとんでもなく嬉しい。

「いいの?」
『良い良い。おぬしの両親にはわしも助けてもらった。もうあやつらに借りを返すこともできない以上、おぬしを助けるのもまた一興。わしがやりたいのじゃ。気にするな』
「わかった。ありがとうお地蔵様」
『ふふ、それでこそじゃ。童は笑顔にかぎる』

 なんだか笑ったような雰囲気のお地蔵様が、あーと気まずそうに言った。

『それで、この体を運んでもらっても良いかの?』

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

「はぁ、はぁ、着いた!!」
『ご苦労様じゃ。済まんかったな』
「はぁ……、良いよ。はぁ……、軽かったし!」
『それは無理があるじゃろ』

 ちょっと強がってみたら呆れた目を向けられた気がした。
 石でできたお地蔵様を運ぶのはとても大変だったけど、家を守ってくれると思うと苦ではなかった。途中からゴロゴロ転がしたし。
 許してもらったからやったら『うにゃー!?』って言ってて面白かった。また転がしたいな。

『ふむ、ここがおぬし達の家か。村から離れておるが静かで良いところじゃな』

 玄関先に連れてきたお地蔵様が地面にペタリと座り込んでいたわたしに向けて感慨深そうに言った。
 ふふ、自分の大切なものを褒めて貰えるってなんだかうれしいね。

『そうじゃ。おぬしギフトは持っておるか?』

 心の中で喜んでいるとお地蔵様が思いついたと言った風に声をかけてきた。

 ギフト。

 それは数万人に一人が持っている事がある特別な才能のこと。基本的には生まれつき持っているもので、ときたま後天的にギフトが手に入ることもあるようだけど。

「たぶんある」

 まだ両親が生きていたとき、村に旅の途中の神父さまが通りがかった。どうやらその神父さまはギフト持ちかどうかがわかる力があったようで、その時に言われたのだ。わたしがギフトを持っていると。それがどんなギフトなのかはわからなかったけど、両親はとっても喜んでくれた。
 神父様が嘘を吐いていないならわたしはギフトを持っている。ただ、ギフトがわたしの力になってくれたことは一度だってないけれど。
 そう伝えればお地蔵様はわたしのギフトを調べてくれるらしい。なんだかすごいハイスペックなお地蔵様だね……。

『どれどれ……。うん……?これは……』

 真剣そうな声を出したお地蔵様は、表情が変わらないけれどうんうん唸っている。どうしたのだろうか。

「もしかしてすごいギフトだった!?」
『いいや、外れも外れ、大外れじゃ』
「やっぱり……」
『あ、いや、済まんな……』

 もしかしてとお地蔵様に詰め寄ったものの僅かに抱いた希望は儚く消え去った。残念。

『時におぬし、大昔に世界各地で暴れ回った化け狐を知っているか?』
「うん。お母さんが昔話で話してくれたよ。いろんなものを食い荒らした危険な魔物だったんでしょう?」

 言い伝えによると化け狐は見上げるほど巨大な体を持っていたそうな。それは山を越え、川を越え、海を越えて世界を荒らし回った。どれだけ傷つけてもすぐに回復し、凄まじいエネルギーで全てを薙ぎ払ったと言い伝えられている。

 悪いことをすると化け狐を食べられてしまうぞと言われるくらいには知名度のある昔話だ。

『いや、アレは魔物ではなく暴走した一人の妖狐族の仕業じゃ。そしておぬしはその妖狐族が持っていたギフトと同じものを持っている』
「え、うそ……」

 お地蔵様の衝撃の言葉に思わず愕然とする。おとぎ話の魔物だと思っていた化け狐。
 それが実は妖狐族で、しかもおんなじギフトをわたしが持っているなんて……。

「わたしもその化け狐とおんなじになっちゃうの……?」

 悪い化け狐になって世界を荒らし回る自分を想像してしまい、怖さで体が震えてしまった。
 縋るように見つめれば、お地蔵様は答えてくれた。

『安心せい。わしがおる限りそんなことはさせんよ。毎日きれいにしてくれたお礼じゃ。それにあやつの娘じゃしな』

 自信ありげな言葉に冷たくなっていた胸が温かくなる。追放とかそれ以上の暗礁が現れたと思ったけど希望が見えてきたよ。自然と表情が明るくなる。

『そもそもおぬしは妖狐族の尻尾の性質について詳しく知っているか?』
「妖気を溜めることができて、成長すると尻尾が増えるってことくらいは」
『まあそんなものかの……』

 その答えにお地蔵様はなんだか不満そうだ。そんなことだれも教えてくれなかったんだし、しょうがないじゃん。

『一尾の妖狐族は本人の妖気を1としたとき尾に2の妖気を溜めることができる。合計で3の妖気が持てるわけじゃな。妖気の量で言えば成長力はトップじゃ。これが妖狐族の強さの秘訣じゃな』
「そうなんだ」
『そしてこの尾にたまった妖気が満タンである時間が長ければ長いほど尾が増えやすくなる。満タンになったからもっと妖気タンクの許容量を増やさなくては、となるわけじゃな。そして増えた尾も同様に満タンにした時間の長さで本数が更に増えていく』

 尾が増えれば満タンになるだけの時間が増えるし、尻尾が増える時間も遅くなる。
 尾が一本も増えなかったわたしは満タンになる時間がほとんどなかったって事なのか。そこまで考えてふと気づいた。

「あれ?なら本体が弱い人の方が強くなりやすいってこと?」

 お地蔵様に聞いてみたら良く気づいたと褒められた。へへへ。

『弱くても時間さえかければ強くなれる。種としての平均的な強さの底上げじゃ。もともとたいした強さのなかった妖狐族は尾を妖気タンクにし、それを増やす進化をすることで人類種トップクラスの強さになったのじゃ』

 弱い人は早く強くなれて、元々強い人は時間がかかるけどすごく強くなるってことだよね。

『そこでさっきの話につながるのじゃが、おぬしのギフトは尻尾に溜めることのできる妖気の許容量が1000倍になるというものじゃ』
「あれ、それってすごく強いんじゃ……?」

 他の人の尾が妖気2なのにわたしは2000と言うことになる。尾が増えないのは妖狐族の価値観で考えると外れだけど、強さで見ると外れじゃないよね?浮かんだ疑問にお地蔵様が答えてくれた。

『溜めることさえできればな。妖狐族は食事で得たエネルギーを通常、自分と尻尾に1対1の割合で分ける。じゃがおぬしの場合はギフトの効果で1対100じゃ。しかも食べ物のエネルギーが吸収しやすいわけでもない。単純に101人分食べなくては満腹にすらならん』

「うわ……」

 それはお腹が空くのは当たり前だよ……。術の練習に妖気を使ってるし、わたしの尾が満タンになんてなるわけない。わたしの尾はわたし2000人分の妖気がため込めるのだから。
 普通の妖狐族は3人分の食べ物で自分を含めて満タンなのに、ギフトのデメリットが大きすぎる。

『遙か昔の化け狐はこのギフトが暴走したせいで極度の飢餓状態に陥り、世界の五分の一を喰らい尽くした。今のおぬしでも101人前食べてようやく満腹じゃ。このギフトは明確に外れと言えるの』

「そんな……」

 ギフトは大外れ。わたしは満腹になるには101人分のご飯がいる。そんなの毎日三食用意することなんてできるわけがない。これからわたしはずっとお腹が空いた苦痛を感じたままだし、いつか化け狐と同じように空腹で暴走してしまうかもしれない怖さがずっとついて回る。

 このまま生きていても未来に絶望しかない。最悪だ。こんなの酷い。わたし悪い事なんてなにもしてないのにあんまりだよ……。

 ただでさえ暗かった未来に、自力で解決ができるはずもない問題が壁となって立ちはだかった。どうしようもなさに再び涙が零れてくる。

『待て待て待て。わしがおると言ったじゃろう!?だから泣かないでおくれ……』

 零れた涙を見たお地蔵様があたふたと慌てている。自分の事でもないのに慌てふためく様子がなんだか面白くて、ちょっぴり元気が出た気がした。ぐしぐしと袖で涙をふく。

「ふふっ、じゃあどうするの?」
『それはな、ギフトじゃ!!』
「またギフト?」
『そうじゃ。わしは少々豊穣の力を司っておってな、おぬしの助けになるギフトを渡すことができるのだ(普通はダメなんじゃがな)』
「ほんとう!?」
『まあ、食事を取ったときに吸収量が3倍になるだけのたいしたことのないギフトじゃが』
「そんなことないよ!!100人分食べなきゃいけなかったご飯が33人分で済む……から……」

 あれ?やっぱり足りない?ま、まあ33人分だったら頑張ったら集められるかもしれないし、ないより全然良いよね!!

『それでは『吸収効率上昇』のギフトを渡すぞ。それ!!』

 ピカリと光ったお地蔵様からなんだか暖かいものを受け取った瞬間、体の中心からものすごい熱が発生した。
 なに……これ?

「う……ぁ?」
『おい?どうたのじゃ?』
「体が……すごく熱いの……」
『なに!?どういうことじゃ!?ほ、炎が……!!』

 お地蔵様でも想定外の事態なのかわちゃわちゃと慌てている。
 体の中心から湧き上がる熱は、いつの間に体の外にも溢れわたしを包み込んでいたらしい。
 轟々と燃え上がる炎に包まれて、溢れそうになるなにかを押さえ込むように自分の体を抱きしめる。
 炎は焦がされるようなそんな苦しいものではなくて。まるで、何かが生まれ変わるようなそんな心地よい暖かさ。ほら、地面だってかけらも焦げてない。

「大丈夫だよ、お地蔵様……」

 聞こえたかどうかはわからなかったけど、これはきっと悪いものではない。

『な、なんと!?2つのギフトが反応して1つになりおった!』

 カチリとなにかがピッタリはまり込んだような感覚がした。
 お地蔵様が驚いているのをよそに、湧き上がっている炎が爆散する。そして溢れる高揚感のままに腕を突き上げ宣言した。

「わたし、 爆☆誕 !!」
『スキルが頭になんかしたのかの??』
「ひどい!!」

 背後で爆発が起きそうなこれは不評だったらしい。お地蔵様はかわいそうなものを見る目で見てきた。いや、目はないけどそんな気がした。なんでさ。

「なんだか今ならなんでもできそうな気がするの!!」
『それは新しいギフトを手に入れた高揚感じゃな。まあもちつけ』

 ぺったんぺったん。

 その後しばらく経ったわたしは赤くなった顔を押えて俯いていた。爆☆誕!!ってなに!?馬鹿なの死ぬの!?恥ずかしすぎる……!!
 もだえるしかないわたしにお地蔵様は同情するように声をかけてきた。

『まあ、ギフトの高揚感は時として行動をおかしくするものじゃ。あんな風になったのはおぬしだけではないぞ。爆☆誕!!は初めて聞いたがの……。くふっ』

 お地蔵様にまで笑われた……。もはやもだえるのも止めて光を失った瞳で地面に力なく倒れ伏す。うつだ……。

「あれ?」

 視線の先の村から煙が上がっているのが見えた。

「え!?」

 思わずガバリと起き上がる。

『どうした?』
「村から煙が……」
『む?本当じゃな。だれか小火ぼやでも起こしたのかの』
「ちょっと見てくる」
『あっ、おい!』

 曲がりなりにも育った村だ。気になる。もう夕方だけど見に行ってみよう。
 そしてわたしは引き止めようとするお地蔵様の声を振り切って来た道を戻っていった。

 村に近づくにつれてなにかが焦げるような匂いが強くなってくる。スンスンと鼻をならせば、焚き火の匂いに似ているような気がする。やっぱり小火ぼやかな。

「きゃああああ!?」
「え?」

 その時、村の中から誰かの悲鳴が聞こえた。
 急いでそちらに向かう。村の誰かに見つかると大変だからもちろん静かに隠れて。コソコソと家の影に隠れて悲鳴がした方をうかがう。鼻がいくつもある巨大な象のような魔物と武器を持った3人の大人、その背に庇われる誰かの姿が見えた。

 あれは……村に来てるって聞いてた冒険者の人かな?わたしは見たことがないからわからないけど、村の中では見たことがない人だし、それに着ているのが服ではなく装備って呼べそうな物だからだからきっとそう。

 戦いを見ている限り冒険者の人は苦戦している様子だ。巨大な象の魔物は村で一番大きい教会よりも大きいので仕方がないのかもしれない。あんなのが動き回っていたら威圧感があって結構コワイし。
 大きな男の人が身の丈よりも大きな盾を振り回して迎撃しているけど捌ききれていない。鼻の数が多すぎて四方から攻撃されているからだ。地響きを立てて地面を叩きつけている鼻はうねうねと動いていて、象のはずなのにそこだけ話に聞くタコみたいだ。
 盾の人が注目を集めている間に剣を持った人が攻撃を加えているけど象の皮膚が硬すぎるのかあんまり効いていないみたい。後ろから弓を持った女の人が不思議な矢を放っているけどそれも同様。
 なにより後ろに人を庇っているせいで上手く動けないみたいだ。よく見れば庇われているのはフェリア。逃げ遅れたのかな。

 盾の人に攻撃を防がれていた象は鼻の乱打を止め、巨体を生かした突進に攻撃を切り替えた。至近距離にいた盾の人は既に溜まっていた疲労のせいか、避けきれずに弾き飛ばされしまった。ヒヤリとしたけれど生きている。踏みつぶされなくて良かった。

 でも盾の人に足止めされていた象は引き止める人がいなくなったせいで、好き勝手し始めた。鼻を振り回して家屋を破壊し、理性なく踏み荒らしていく。あんなの当たったらひとたまりもない。盾の人が耐えていたのはすごいことだったんだ。

 剣と弓の人は必死に攻撃しているけどやっぱり効いていない。フェリアは腰でも抜かしているのかまだ逃げていない。助けに行った方が良いかな……。でも顔見せると文句言われそうだし、象はコワイ。
 踏ん切りが付かないでいると、いつの間にか足を止めていた象の鼻から光る塊が放たれた。それは家の1つに激突すると簡単に半壊させた。見えた煙はこれが原因かな。
 そして今度はそれが鞭のようにしなるたくさんの鼻の先端からあちこちに打ち出された。
 それは巨大な雹が象を中心にばらまかれているようだった。地面にぶつかれば抉った土塊つちくれを吹き飛ばし、周りの障害物は蜂の巣にされた。冒険者の人たちも必死に逃げている。隠れていた家も光の弾が貫通していった。ここも安全じゃない。逃げないと!!

 その時世界が遅くなったように錯覚した。そのゆっくりした世界の中で象が放った1つの弾がフィリアに向かっていくのが見えた。確実に直撃コースだ。

 冒険者の人たちは助けられない。流れ弾がフェリアに向かっていく。
 わたしがこのままなにもしなければ座り込んだままのフェリアは避けられない。

 わたしが術の腕で勝っただけでいじめてきたフィリア。
 尻尾の数をいつも自慢してきたフィリア。
 今日も今日とてわざとぶつかってきたフィリア。

 そんなフィリアにこのまま行けば痛い目を見ることになる。
 それを想像すると仄暗い感情が浮かび上がってきた。……いい気味だ。

 その時今日の朝『いい気味ね』と言ったフェリアの声が頭の中で再生される。

 わたしは弾かれるように飛び出していた。

「《狐火きつねびしゅん》!!」

 わたしの放った人魂のように揺らめく炎が空中を矢のように飛翔する。間に合わせる為に速度を重視したそれは倒れ込むフェリアの頭上を飛び越えて、象の攻撃を相殺することに成功した。
 同じ事するところだった。当たったら痛いじゃ済まない。死んじゃうかもしれないのに。人が死ぬ辛さを知っていたはずなのに。
 わたし、馬鹿じゃないか……!!

「《狐火《きつねび》・硬《こう》》!!」

 フェリアの前に陣取ると自分への怒りを込めるように炎を集めていく。お皿のような形に渦巻く炎が正面に出現した。物質みたいな硬さを持つ妖術の炎だ。これなら盾になるはず……!!

 無作為に放たれ続ける弾は炎の盾にぶつかる度に硬い音をたてて内包される炎の力を削っていく。その度に妖気を使って補充していくけれどイタチごっこだ。こんな時にも「きゅるるるる」とお腹はなる。こんなことならご飯食べてくれば良かった!!

「なんで……」
「うるさい!!」

 後ろから聞こえてくる声を怒鳴りつける。助けてはいるけれど別にフェリアを許したわけではない。ただわたしの価値観だと死なせるのは許せなかっただけだ。死んでしまったら何にもできない。その代わりこれが全部済んだら絶対痛い目に遭わせてやる!!

 頑張って堪え忍んでいたら象はようやく攻撃を止めた。た、助かった……!!

「はぁ……、はぁ……」
「良くやったわ!すごいじゃない」

 額から汗を流し、荒い息をついていると声をかけられた。若葉のような緑のきれいな髪をしたお姉さんだ。弓を打っていた人。とびっきりの美人さんで、耳が尖っているからエルフって種族かも。

「ティラファントの攻撃を防ぎ続けるなんて……あら?」

 そこでお姉さんがわたしのとある場所を見つめている。称賛の色が濃かった顔が冷めていく。

「貴女……一尾じゃない。危険だからその子を連れて下がってて。火事場の馬鹿力とはいえ助かったわ」

 それだけ言ってお姉さんは戦闘に戻っていった。

 うぐぐ……!たしかに一尾だけどさ!
 いつの間にか盾の人も復帰して、たしかお姉さんがティラファントと言っていた象を再び引き付けている。

 綱渡りのような戦闘が遂に破綻した。剣を使っていた人がティラファントの鼻に捕まってしまったのだ。

「ぐああああ!?」

 ギリギリと締め上げられ激痛に悲鳴を上げる。マズい。あのままでは死んでしまう。冒険者の人はまともにダメージが与えられないせいで拘束を解けそうにない。
 乗りかかった船だ。効くかわからないけどやってみよう。
 フェリアを置き去りにして、遠くのティラファントに向けて駆ける。屋根の上をひとっとびだ。

「《狐火きつねびごう》!!」

 射程距離に捉えたわたしは術を発動する。
 鉛のように質量を持った狐火がティラファントの鼻を打ち据えた。それは見事に剣の人の拘束を緩めることに成功する。
 盾の人が前に出てカバーし、弓のお姉さんが急いで剣の人を連れて距離を離した。上手く行った。

「助かった!」
「はぁ……はぁ……」

 盾の人の感謝の声に応える余裕はない。息が上がってきた。今日はまともにご飯食べてないからそもそもあんまり体力がないし、妖気はもうほとんどない。
 これからどうしよう。冒険者の人たちも決め手はないみたいだし。
 未だティラファントを引き付けている盾の人の活躍を見て息を整えていると、申し訳なさそうな顔をした弓のお姉さんが近づいてきた。

「ちょっと良いかしら」
「あ、はい」
「子供相手に情けないけど今猫の手も借りたいの。手伝ってくれる?」

 答えは決まっていた。

 お姉さんの語った作戦はシンプルだった。
 ティラファントを村から離れさせて、その後なんとかして逃げる。それだけ。

「こっちだ!!」

 村で一番の大通りを冒険者の人たちとわたしで注意を引き付けて遠くに引っ張っていく。わたしと弓のお姉さんが身軽さを活かして家を飛び越えながら。なんとか復帰した剣の人と盾の人は地面を走って。

 最初は順調だった。息は切れて苦しかったし、妖気は切れて絞りかすみたいな攻撃しかできなかったけど、なんとかなっていた。

 でもそれは人が話す声が聞こえるまでだった。

「マズいわね……!!」

 弓のお姉さんが焦燥感をあらわにする。
 正面には大きな荷車を運んでいる一団が。何人もの妖狐族が後ろから押している。
 でも車輪が溝にはまったのか全く進んでいない。

 妖気を使えば身体能力を強化することができるから、それに任せて荷物を積み込みすぎたのだろう。押すことはできても持ち上げきれないんだ。

「早く運ばんか!!このウスノロども!!」

 荷車の後ろで声を張り上げているのは村長だ。荷車の上には村長の家で見たことがある物ばかり。父親のくせにフェリアを置いてなにやってるの!?

「ヒィ!?追いつかれてしまったではないか!!」

 象の姿に気づいた村長が村人を更に急かす。荷物を置いていくという考えはないみたいだ。

「作戦変更だ!!ここで止めるぞ!!……とっておきだ!!」

 このままだと進むと死人が出ると判断したんだろう。
 反転した盾の人が巨大な盾を地面に突き立てると、地面が隆起して壁として立ちはだかる。轟音と共に象の突進を受け止めた。ティラファントは更に力を込めてメキメキと壁に音を鳴らさせるがそれでも壊れることはない。完全に受け止めたあと、壁は崩れていった。

 すごい……。けど盾の人の息が大分上がっている。かなり消耗してしまったみたいだ。
 そこから瓦解するのは早かった。ほとんど一人でティラファントを受け止めていた盾の人が真っ先にダウンしてしまったからだ。せめてあの大技を温存できていれば……。

 村の人たちはまだ逃げていない。冒険者の人たちは逃げるように言っているのだけど、村長の言葉の方を優先しているのかティラファントに怯えつつも荷物を運ぼうとしている。

 結局時間稼ぎは失敗。
 剣の人は鼻になぎ払われて家に突っ込んだ。弓の人は壊れた家の木材を投げつけられ立ち上がれないでいる。わたしも立ってこそいるがもう限界だ。

 そこで巨象が未だ騒いでいる村人達に視線を向けた。足を止めたティラファントが鼻に光を集めていく。
 まさかまた乱射するつもりじゃ……!?そんなことになったら大惨事だ。
 しかし幸か不幸かそうはならなかった。鼻の先端に現れた光全てを一カ所に集め始めたからだ。

「魔力が一点に収束している……。まさか全部吹き飛ばす気!?」

 弓のお姉さんの言ったことは詳しくわからなかったけど危険な事はわかった。止めないと……!!

「ぅえ?」

 二歩と進まないうちにズルリと視線が下がる。足から力が抜け膝を突いてしまったのだ。立ち上がろうとしても力が入らない。冒険者の人も力尽き、動ける人は誰もいない。万事休すだ。

 ティラファントの攻撃の予兆に気づいた村人達が荷車を捨てて逃げだそうとしているけれどもう遅い。
 強力なエネルギーの奔流にこの場にいる全員が絶望する。とある一人を除いて。

 遂に臨界点を迎えた光は発射された。閃光と共に鼻先の中心に集められた砲撃が一気に拡大し、全てを塗りつぶしながら先頭にいたわたしに迫り来る。

 そして疲労と空腹で意識が朦朧としていたわたしはふと思った。

 ――――なんて美味しそうなエネルギーなんだろうと。

 そのときにはもう、砲撃はご飯にしか見えていなかった。

「「「……は?」」」

 その場にいた全員が自分の目を疑った。
 それもそうだろう。なにせ魔物が放った村一番の大通りよりも広いビームがまるで水かなにかのようにズボボボボボとナユタの口に吸い込まれていくのだから。

 砲撃が終わる。

「うそ……。助かった……?まさかあの攻撃をかき消したの?」

 驚愕の表情をあらわにした弓のお姉さんがポツリとこぼす。
 光も収まり静かになったその場で、ゴクンというなにかを飲み込む音だけがヤケに大きく響いた。

 その瞬間。ぶわりと、ナユタからあふれだした巨大な妖気がこの場を駆け抜けた。その圧にその場の人たちが思わず喘ぐ。

「なんだこの妖気!?」「これほどの量、見たことないぞ!?」「馬鹿な!?劣等尾が!?」

 騒ぐ声をよそにわたしは自分の状態を確かめていた。

「すごい……。力が溢れてくる」

 さっきまで倒れそうだったのが嘘みたいだ。今まで空だった器が満たされる、そんな充足感に包まれている。

『……るか、聞こえるか、ナユタよ』
「お地蔵様!?」

 脱力感と空腹感からの解放に浸っていると声が聞こえてきた。お地蔵様だ。

『そうじゃ。頑張って少しの間だけおぬしと話せるようにした。まだギフトの説明をしていなかったからの』
「今それどころじゃないよ!?」
『2つのギフトが合わさって、おぬしのギフトは新しく『騰劫妖怪とうこうようかい』というギフトに変化した』

 聞いて?

『騰劫妖怪の意味はわしも知らん。だが』

 その時。

『今のおぬしは、めちゃくちゃ強いぞ?』

 驚愕に固まっていたティラファントが再び動いた。同時に固まっていた村人達も逃げ惑い始める。このままだと巻き込まれる位置にいるからだ。

「早く逃げないと踏みつぶされるぞ!!」「無理だ!!速すぎる!?」「間に合わない!!」

『効果を教えるぞ』
「ちょっと待って?今すごい魔物に襲われてるんだけど!?」
『知っておるよ。とりあえず受け止めておけ』
「何言ってるの!?」

 そんな言い合いをしている間にも象は迫り来る。もう既に逃げる場所なんてない。
 ええいままよ!!死んだらお地蔵様も恨んでやる!!
 覚悟を決め、溢れんばかりの妖気を全力で身体能力の強化に回す。

 そしてあれほど家を軒並み破壊して進み続けていた巨象を片手で受け止めた・・・・・・・・

「「「は?」」」

「……え?」

 そして冒頭に至るというわけだ。

 未だにわたしは片手で象を抑え、周囲には目が点になった人たち。それは驚くだろう。わたしもできるなんて思っていなかったのだから。

「劣等尾がどこからあんな力を!?」「ありえない……。これは夢か?」「俺でも止められなかったティラファントをあっさりと……。彼女、何者だ……?」

 あまりに現実味がない光景だった。容易く踏みつぶされてしまいそうな小さな少女が、家すら見下ろす巨躯の象を受け止めるなんて。

『できたな?じゃあ続けるぞ』
「あ、はい」

 お地蔵様は当たり前の様に話に戻った。このまま続けるの?ティラファント鼻息荒いし、めちゃくちゃ睨んでくるんだけど。

『まず、尾の許容量1000倍はそのままじゃ。
 そしてなんと摂取した全てのエネルギーの吸収量が20倍になる。
 それだけではない。もう一つはなんでも食べることができる能力じゃ』
「なんでも食べられる?」
『そう。おぬしはこれから一生涯、口に含んだ物からなにかしらの害を受けることはなく、そしてそれは必ず自らの糧にできる。食べたものを20倍のエネルギー量で吸収し、膨大な妖気として蓄える。シンプルにして強力なギフト、『騰劫妖怪とうこうようかい』じゃ』

 じゃあギフトの効果であのすごいエネルギー攻撃を食べることができて、そして20倍にしてわたしの物にしたってこと?

『ほれ、とっとと決めるといい。今の力に溢れるおぬしなら容易いぞ?』

 お地蔵様の説明を裏付けるようにわたしの体には力が溢れている。
 今まで空腹と脱力感に常に苦しめられていたのが嘘のようだ。物心ついてからここまで満たされたのは初めてだ。

 ならちょっとくらいこの充足感を楽しんでも良いよね……!!

 お地蔵様の言葉に背中を押され、わたしは地面を全力で踏みしめる。そしてガッチリと掴んだティラファントの巨体を投げ飛ばした。
 そして家よりも大きな物が宙を舞うという目を疑う光景を引き起こす。
 す、すごい。できた。地響きと砂埃を立てて落下する魔物を背に自分の力を確認する。

「オオォォォォォォン!!!!」

 すぐさま起き上がったティラファントは怒りに任せて突進をしかけてきた。
 もう負ける気はしない。いや、ちょっと違うかも。正確にはティラファントを受け止めた瞬間から恐怖なんて感じていなかった。きっと本能的に、わたしの方が強いってわかったからだと思う。

 迫り来る象を正面に見据え、至って冷静に腰を落とす。
 そして。

 ――――拳が激突する。

 巨大な質量と純粋な暴力の衝突に大気を揺らす衝撃が発生する。
 わたしが行ったのは単純なアッパーカットだ。父に鍛えてもらったそれは象の突進を受け止め。

「はあぁぁぁぁぁッ!!」

 ドッゴオオオォッ!!と容易く宙に打ち上げた。その光景にもう、驚きはない。少なくともわたしには。

 突き出された両手に膨大な量の妖気が収束されていき――――解放。

「これでも食らえッ!!《狐哮砲ここうほう滅却めっきゃく》」

 それは極大なビーム。

「オオオォォォ…………」

 宙で身動きが取れない象を飲み込み、天をいた。
 余波で雲さえ吹き飛ばし、きれいな暁に空を一面塗り広げる。そういえばもう夕方だ。
 砲撃の後には象の姿など一欠片すら残されてはいなかった。
 勝った……。あんなに強かった魔物にこんなにあっさりと?

『済まんもう時間の限界じゃ。通信を切るぞ』
「あ、うん」

 生返事を返して自分の両手を見つめ握ったり開いたりする。
 すごい力だ。この力があればわたしは……。
 その時腰を抜かして地面に座り込む村長の姿が目に入った。脳裏のよぎったのはわたしのことを邪険にする姿。わたしに理不尽な要求をし、そして理不尽に怒鳴るそんな意地悪な姿だった。

 気づけばわたしは村長の首を掴んで持ち上げていた。手を外そうと藻掻いているけど村長の力では外せない。もう、わたしの方が強いから。それを認識して嗤いがこぼれる。
 あいている方の手に妖気を収束させていけば、照らされた村長の顔が恐怖の色に染まっていく。さっきのようなすごい威力はいらない。ちょっと力を込めるだけでもこいつは簡単に……!!

 その時苦しむ村長の目の中に醜く嗤う妖狐族がいた。誰だろう……これ……?そしてハタと気づいた。

 これは――――わたしだ。

 この醜悪な笑顔を浮かべて悦びに浸っているのはわたし。

『あなたはとっても優しくて人の痛みがわかるそんな自慢の娘なんだから』

 思い出したのはお母さんの言葉。

 お父さんとお母さんはもういないけれど――――ふたりに誇れるわたしでありたい。

 掴みあげていた手から力が抜け、村長がドサリと地面に落ちた。

「ゲホッゲホッ……。き、貴様……ヒッ!?」

 睨み付けてきた村長のすぐ横を炎が通り過ぎる。それは地面に深い穴を穿った。手に妖気を収束させ村長に詰め寄る。

「約束して。わたしの家に手を出さないって」
「なぜ貴様の言……ヒイ!?」
「約束して」
「わ、わかった!だからそれを離せ!?」

 手に集めた妖気の量を増やし、語気を強めれば壊れた玩具のように首をガクガクと振る。もう一押しかな。

「もし約束を破れば――――」

 手に収束した妖気が村長の頭の天辺を根こそぎ焼き尽くす。

「これだけじゃ済まないからね?」
「は、はい……」

 それと。

「これは今までのお礼だッ!!」
「ほんぎょ!?」

 村長を持ち上げ頭から地面に突き刺した。なぜか足をピンと伸ばして地面から生える奇妙なオブジェになった。うん、アートだね。それに妖気であれやこれやして生きてるからヨシ!

 次はと。
 ぐりんと首を巡らせればいつの間にかやって来ていたフェリアが「ヒッ!?」と声を上げた。ひどいなぁ。まだなにもしていないのに。
 地面に座り込んだフェリアの正面に立てば、彼女は媚びたように「えへへ?」と笑った。わたしも「んふふ」を笑い返す。
 優しく抱擁するように腕を広げればビクリとした後、許されたと思ったのかおずおずと近づいてきた。油断したその顔に渾身のサンドイッチビンタ!!

 ドバァンッ!!!!

 わたしの両手に顔を挟み込まれたフェリアは「ぽぎゅ?」と喉から謎の音を漏らして気絶した。一週間は頬がぱんぱんに腫れ上がって外に出られないだろう。これこそ「いい気味」だね。

 そこで村の妖狐族の一人がおずおずと近づいてきた。

「な、なあナユタ。今日は助か……へぶゥ!?」

 なのでビンタする。もんどり打って地面に倒れ伏す。ピクピクと痙攣するのを見てその場が凍り付いた。今更感謝?遅いよね。

「お、おい……オブッ!?」
「ま、待っ……グピッ!?」
「くぺっ!?」
「あぼん!?」

 全員逃がさん。

「ふいー」

 最後に立っているのはわたしだけだった。格付け終了!!老若男女全村人を余すことなく張り倒したわたしは良い仕事をしたと額の汗を拭う。みんな平等だよ。当たり前だよね?

「はー、スッキリした!!」

 こんなの相手にしても時間の無駄。家の安全は確保したし、こんな村とっとと出て行ってしまおう。
 呆然とした表情でこちらを見つめていた冒険者の人達に会釈をして、空に飛び上がった。

「あっ、ちょっと!?」

 飛翔の術だ。普段は妖気が足りないけれど今は難なく空を飛べる。後ろに流れていく空気が気持ちいい。

 旅に出よう。

 村人を張り倒しているときに思いついたのだ。

 お父さんは『世界で一番強くなれるかもな!!』とわたしに言ってくれた。なら世界一、目指すしかないでしょ?
 わたしの尾は少ないけど、だからって馬鹿にされて迫害されるなんて間違ってる。尾が少ないわたしが世界で一番強くなって、そんな常識を壊すんだ!!

 世界最強を証明して村の皆に自慢して、もう一回ビンタしてやる。

 なんて楽しみなんだろう!!
 今思えば村の中だけで縮こまっているなんて昔の自分が馬鹿みたいだ。だってほら。

 暁が照らす世界を見下ろす。どこまでも大地は広がり、空には果てがない。この先に何が待っているかわたしは知らない。

 そう、こんなにも世界は広いのだから……!!
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みんなの感想(1件)

ウルウル
2022.10.01 ウルウル

続きが読みたいです〜よかったらお願いします♪

ねむ鯛
2022.10.02 ねむ鯛

感想ありがとうございます!
手直しをしていずれ続きを書くつもりです。他の作品も書いていますので、時間はかかるとは思いますが、かならず書きますのでお待ち下さいませ。

解除

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