王の鈴

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5章 別離

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エルンストとシェイラのやり取りを止めたのは意外な人物だった。
1人はカテリーナの側近、マノントン夫人。
そしてもう1人は。
少し時間は遡るが、カテリーナの元に宰相配下の書記官、ドリューが書状を手にやってきた。それを受け取り、カテリーナはしばらく思案した。
養い子となったエルンストはこの宮に来、しかるべき教育を受け、随分と落ち着いたように見える。
が、まだ10日ほどなのだ。
何かの刺激により再び荒れるかもしれない。
出来ればそんなことにはなって欲しくない。カテリーナとエルンストの間には血のつながりはない。が、アーデルベルトの子だと思えば、愛おしさが湧いた。
王太弟となって我が子と争わせるつもりはない。が、王子として、いずれは臣下に降り貴族として、幸せを得て欲しいと思っている。
そのエルンストにとって、これはよくない選択ではないのか?
すぐに返答できずにいたカテリーナの元にもう1人、宰相府から使いが来た。
きっちりと迷う時間を読んだかのような来客に、思わずカテリーナは肩を竦めた。
「不可欠、ということか」
問うたカテリーナに宰相府の使い、イザクはうなずく。
「不可欠とまでは申しませんが、時が惜しいとはお考えです」
「イザク」
「近くシレジアに向かわれる王太弟殿下のためにも急がれます」
告げたイザクは笑んだ。
王子殿下は大丈夫だと思いますよ。
エルンストの教授の1人を務めるイザクの言葉にカテリーナはうなずくしかなく、マノントン夫人を呼んだ。
フェルディナンドはエルンストを宰相府に呼んだ。
それは、カラフェ男爵令嬢、アリアの取調べに参加するためである。


「お兄様、それは」
アリアの名の前に不自然なほどに肩を揺らせたエルンストに代わり、シェイラが尋ねる。
エルンストが現在、アリアに対しどんな感情を抱いているかは分からなかった。が、未だ彼女に焦がれているのであれば、これ程に自身に対して紳士的な態度を取らなかっただろう。
やり方の問題はともかく婚約を破棄されたこと自体に思うところはない。寧ろ、エルンストがジークヴァルトの御代を支える1人なることをよく知るシェイラにとって、今のエルンストに無闇な刺激を与えるのには賛同出来ない。
「男爵は手強くていらっしゃるのですか」
「手強いというより、時間稼ぎをしているように見える。であれば、時間は惜しまなければならないだろう」
「だから、アリア様から切り崩されようと?」
問いににこりと応じたイザクは肯定を示す。
シェイラは1つ息を吐き出し、エルンストを見上げる。
酷く驚いた素振りを見せたエルンストは、既に落ち着いているように見える。
「アリアの取調べに俺が必要だと?」
「はい、したたかなご令嬢ですが、或いは殿下を前にすればまた変わった反応を見せることもあるかと」
「そうか、分かった」
あっさりとうなずいたエルンストにシェイラは驚く。
本気かと視線が問うていたのかもしれない。
王家にとって価値がある者にならねばいつ消されてもおかしくない身だぞ、俺は。
随分と自虐的な軽口で応じてきたエルンストに、押し黙る。
エルンストの本心を推し量ろうとするが、このような彼を見るのは初めてでどう判断していいか分からない。助けを求めるように見れば、兄はすました表情をしている。
エルンストの教授も務めている兄の落ち着いた様子に、信じてもよいのだろうかと思ったシェイラは、少し考え、瞬きを1つする。
「お兄様、殿下をお連れするのはアリア様の動揺を誘い、有り体に言えば何かを口走って欲しいということですわね」
「そうだな」
うなずいた兄に思わず唇をゆるめそのまま、エルンストの方を向く。
「殿下、お願いがございます」
「シェイラ?」
何事かと問うエルンストに、シェイラは告げた。
「アリア様の取調べ、私もご一緒させてくださいませ」
手にしていた花と鋏を女官へと渡したシェイラは笑った。
あぁそうだ、と思ったのだ。
我らが父であれば、今日この時間、シェイラもこの場所にいると知っていたはずだ。であれば、シェイラが話を聞き、こう言い出すことも計算していただろう。
アリアを動揺させたいのであれば、エルンストだけではなくシェイラもいた方が好都合のはずだ。
エルンストを1人で行かせてしまえば気が気ではない。
それに。
くすりと、自嘲の笑みをこぼす。
「そなた」
「アリア様を動揺させたいというのであれば私は役に立ちますわ、それに」
「それに?」
「王太后様のお茶会に出ない理由になりますでしょう?」
告げる。
シェイラは本当は、この場所から逃げ出したかったのだ。
ジークヴァルトの妃選びの場所に、妃になれない身で参加をし、他の令嬢とジークヴァルトが親しくしているのを見たくはなかったのだ、本当は。
先ほど冷静に告げることが出来たが、決して何も思っていなかったわけではない。
嫌ではなかったわけではない。
随分と利己的で情けない理由だが、役割は果たすからと兄を見れば、仕方がない子だねとでも言うような呆れた視線にぶつかる。
自制心の塊のような妹が垣間見せた弱さを含んだ判断は、フェルディナンドからすれば好都合でしかないだろう。
宰相閣下はイザクに言ったのだ。
ドリューにカテリーナ様宛の書状を持たせた。だからお前は王太后様の宮に行き、エルンスト殿下とシェイラを連れて来てくれ、と。
このタイミングで、これを告げたフェルディナンドの本意は分からない。
ただ単に自身の娘が役に立つと思っただけなのか。
ほんの少しでも恋心の行き場を失った娘をお茶会から救い出してやろうと思ったのか。
焚きつけようとしているのか。
どれもありそうだが、実は3つ目が本心に近いのではないだろうかと想像しつつ、イザクはうなずいた。


イザクは知らない。
エルンストとシェイラを連れ出すことを報告するために、カテリーナの元に立ち寄った時、応じたカテリーナは2人を宰相府に向かわせるとともに、イザクを引き止めることを。
宰相は王太后宛の書状でもう1つ頼み事をしていた。
うちの不肖の息子達もお茶会に参加させてくれませんか、と。
そちらの頼みにはカテリーナもすぐさま応じた。
確かにジークヴァルトの婚約者探しの場ではあるが、もちろん参加するすべての令嬢が未来の王妃候補というわけでない。そうした令嬢のためにも、将来有望なイザクとヴィリーの兄弟の参加は大歓迎だったのだ。
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