王の鈴

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断章 思惑

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学術院の卒業パーティーの翌朝、自身から王太子の身分が剥奪されたことが、正式に通達された。
併せて、母である王妃マルグリッドが王宮から出され離宮にやられること、婚約破棄を叫び代わりに自身の妃にと望んだアリアが実家のカラフェ男爵家に戻ったことが知らされた。
表面上は病気療養となっているが事実上の追放である。二度と王宮に戻れないだろうマルグリッドはもう一度だけ息子に会いたいと叫んだらしいが、決して許されることなく、王家の紋章のない、王妃が乗るにしては粗末な馬車で王宮を発ったのだという。
アリアの方はと言えば、早々に男爵家の領地にある教会に送られるとのことだった。
また、武器商人の顔を持つカラフェ男爵がライドゥルとも通じていたという、先の戦争の時よりささやかれる噂が本格的に取り調べられることになるのではないかという話さえあった。
王家と宰相を家長にいただくマティアス侯爵家に真正面から喧嘩を売ったようなものだ、お取り潰しとなってもやむを得ないだろうと女官達が噂をしていた。
王宮内の自身の部屋に戻ったエルンストは、ほとんど眠れぬまま朝を迎え、翌朝、自身が何もかもを失ったのだと理解をした。
母とは会えない、アリアとも会えない、王太子でさえない。
が、理解してなお、エルンストはそれらは取り戻せるものだと、都合のよい思考を始めた。
すべてはシェイラとの婚約破棄をしたのがまずかったのだ。
で、あれば、再び婚約をすれば取り戻せる。
さすがにアリアまでを取り戻せるとは思わない程度の思慮深さはあったらしく、そこは仕方ないと諦める。
しかしながらそれ以外のものはシェイラが取り戻してくれるだろうと信じたエルンストは、昨日の自らの行動がマルグリッドとアリアに騙されてのものだとさえ言い放ち、シェイラを呼び出すよう近衛兵に向かって命令をした。
「何をぐずぐずしている、シェイラを呼んでこい!」
「しかしながら殿下」
「何だ、お前は俺にたてつく気か!?」
エルンストを見張ることのみを命じられ、何ら彼からの命令を受け取る必要のない王太后付きの近衛兵は、慣れぬ癇癪にあっけに取られた。もちろん聞く気はないのだが、さりとて高貴な身分の人が子供のように暴れれば、実力行使に躊躇する。
2人の近衛兵、そして女官の3名がどうしたものかと呆れるように顔を見合わせていると、扉の向こうから涼やかな声が発せられる。
「エルンスト殿下はいらっしゃいますか」
前を守っていた兵士に丁重に扉を開けられ中に入ってきたのは、マティアス侯爵家の長男、つまりは次期侯爵であるイザクである。次男のヴィリーとは異なり、体力よりも頭脳向きである彼は、父の下につき、宰相府で働いている。
「申し訳ありませんが、妹は屋敷で伏せっております」
「そなた、シェイラの兄ではないか!」
「イザク・マティアスでございます。陛下からの命令でこちらに参りました」
「父上の!?」
イザクの言葉にエルンストは目を輝かせる。
父はやはり、見限ってはないのだ。そうだ、シェイラを婚約者に戻すよう頼めばいいと、自身に都合のいい方向にばかり思考を走らせる。
しかしながらイザクは、そんなエルンストに冷ややかな視線を送り、自身の役目をさっさと終わらせることばかりを考える。
このバカな王子は考えつかないのだろうか。
王太子相手であれば、宰相の子と言えども、未だ地位の低いイザクが役目を承ることができるはずがない。
今のエルンストはイザクが相手でも十分であると値踏みされているということに。
「はい、殿下には王太后宮に移り、王太后様の命令にすべて従うようにとのご命令でございます」
「なっ」
「殿下をお連れしてもらえますか。あぁ、女官殿はその後、この部屋を引き揚げてください」
「イザク…!」
続いた言葉は兵士と女官に向けてのもので、命じられた彼らは淡々と行動を開始する。
男2人にそれぞれ両方から挟まれたエルンストは、それでも逃れようともがいた。
そしてシェイラを呼べと叫び続ける王子に、イザクはこれみよがしにため息をつく。
「殿下は本当に愚かですね。首の皮1枚で今の地位が保たれていることを、正しく理解されるのがよろしいでしょう」
「イ…ザク?」


殿下はご自身の価値を誤って理解されておられる。
殿下の価値は、陛下の存在と我が妹が婚約者であったことにより作られたもの。
王太子の地位を剥奪された殿下に、当家は妹を差し出すつもりはありません。
であれば、殿下の価値は陛下の御子であることにある。ですが、陛下同様によき王となるだろうという幻想は既に崩れたのです。
そうなればもう、殿下には何の価値はありません。
精々王子の地位にしがみつき、いつそれさえも脅かされるかと恐れ慄きながら日々を過ごされるとよいでしょう。
せめて、良き王子としてこの国に尽くしてくださることを臣下は願っております。
あぁ、間違っても王太子の地位に返り咲くことなど考えませんよう。
確かにリッカは陛下と争ってまでジーク殿下に王位をとは望んでいませんでしたが、手にしてしまった以上、害する者は徹底的につぶしにかかりますよ。
リッカの恐ろしさなど、知らぬ方がよいでしょう。


一気に告げ、にこりと笑みを浮かべたイザクは、その笑みに邪気がないからこそ恐ろしく、エルンストは言葉を失った。
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