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4章 王の鈴
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王の鈴とは、ティトゥーリア王家に伝わる魔術の1つである。
正しくは、先代の国王から次代の国王へと伝えられるものであるが、使役するものの負担があまりに大きいことから使われることは多くない。
国王は、王の鈴に任じた者の自身の目を与える。
両の目を奪われれば使役された者の自我が壊れるため、通常は片方の目を与え、その者の見たものをまるで、自身が見たかのように映し出すことができる。
王の鈴と言われるのは、使役の証とし、鈴のついた腕輪を渡すからだ。
実際には小さな音しか鳴らない。
が、使役する者の動揺を映し出すかのように、彼らの感情が移ろいだ時にはその音は国王へと届き、与えた目に意識を向ける。
5年前、エルンストを後継とするのと引き換えに、アーデルベルトはマティアスの兄妹に王の鈴を与えた。
兄のヴィリーはジークヴァルトに。
妹のシェイラはエルンストに。
そうすることで、5年前、後継はジークヴァルトに傾きかけていたあの円卓を、エルンストの側に引き寄せることができた。
王の鈴は円卓の参加者、この国の高位貴族を納得させる方法であり、アーデルベルトが見極めるためのものだった。
提案をしてきたフェルディナンドがどちらを重視していたのかは聞いていない。
が、貴族渡り合うことに慣れていなかったアーデルベルトはフェルディナンドの提案を渡りに船とばかりに飲んだ。
5年前、アーデルベルトには3つの選択肢があった。
1つはエルンスト。
1つはジークヴァルト。
そして。
もう1つは、高位貴族の令嬢を母に持つ第2王子を為すこと。
フェルディナンドが望んだのはおそらく最後だったように思う。
5年前すぐにでも、マルグリッドではない娘を後宮に入れ、子をもうけていればそろそろ自我も発達する年頃となっていただろう。
が、アーデルベルトにはその選択はできなかった。
今更、シェイラを継妃になどと告げ彼女をひどく怯えさせたものの、それは時すでに遅く、さらには。
決して選べない選択肢なのだと他でもない、アーデルベルト自身がよく分かっていた。
この時、アーデルベルトには2つの選択肢が突きつけられた。
事もあろうにエルンストが婚約破棄などを口走ったせいで、もう少しあったかもしれない猶予は完全に絶たれてしまった。
最初はそなたから聞こうか、シェイラ・マティアス。
名を呼ばれたシェイラはびくりと肩を震わせ、硬い表情のまま一歩前へと踏み出す。
途中、隣にいた兄のヴィリーに、一瞬手を握られ、力付けられる。
「はい、陛下」
先ほどは床に座り込んでいたせいで正式な礼を取っていなかったのを思い出し、完璧な綺礼を取る。
「私は…」
しかしながらこの万人の目のある場所で王が何を求めているのか、まさかこの場で自身の子を晒したいわけではあるまいとうかがうような視線を向け、途方に暮れる。
目前のアンバーは、普段そうであるような意味深なものはない。執政者がただ、真実だけを求めるようなそれにシェイラはたじろぐ。
意を決するまでには時間がかかった。
実際にそう感じたのはおそらくシェイラだけだったのだろうが、息苦しさに思わず大きく息を吸い込もうとした。
そなた、余の継妃となる気はあるか。
そんなもの、あるはずがない。
「父上、先に私の話を聞いてください!」
その時、シェイラの躊躇を利用するように、エルンストが叫んだ。
王の鈴の意味をしらない彼は、アーデルベルトがありえないと告げたことの意味するところを図ろうとさえせず。
更なる恥の上塗りを始めたのだ。
正しくは、先代の国王から次代の国王へと伝えられるものであるが、使役するものの負担があまりに大きいことから使われることは多くない。
国王は、王の鈴に任じた者の自身の目を与える。
両の目を奪われれば使役された者の自我が壊れるため、通常は片方の目を与え、その者の見たものをまるで、自身が見たかのように映し出すことができる。
王の鈴と言われるのは、使役の証とし、鈴のついた腕輪を渡すからだ。
実際には小さな音しか鳴らない。
が、使役する者の動揺を映し出すかのように、彼らの感情が移ろいだ時にはその音は国王へと届き、与えた目に意識を向ける。
5年前、エルンストを後継とするのと引き換えに、アーデルベルトはマティアスの兄妹に王の鈴を与えた。
兄のヴィリーはジークヴァルトに。
妹のシェイラはエルンストに。
そうすることで、5年前、後継はジークヴァルトに傾きかけていたあの円卓を、エルンストの側に引き寄せることができた。
王の鈴は円卓の参加者、この国の高位貴族を納得させる方法であり、アーデルベルトが見極めるためのものだった。
提案をしてきたフェルディナンドがどちらを重視していたのかは聞いていない。
が、貴族渡り合うことに慣れていなかったアーデルベルトはフェルディナンドの提案を渡りに船とばかりに飲んだ。
5年前、アーデルベルトには3つの選択肢があった。
1つはエルンスト。
1つはジークヴァルト。
そして。
もう1つは、高位貴族の令嬢を母に持つ第2王子を為すこと。
フェルディナンドが望んだのはおそらく最後だったように思う。
5年前すぐにでも、マルグリッドではない娘を後宮に入れ、子をもうけていればそろそろ自我も発達する年頃となっていただろう。
が、アーデルベルトにはその選択はできなかった。
今更、シェイラを継妃になどと告げ彼女をひどく怯えさせたものの、それは時すでに遅く、さらには。
決して選べない選択肢なのだと他でもない、アーデルベルト自身がよく分かっていた。
この時、アーデルベルトには2つの選択肢が突きつけられた。
事もあろうにエルンストが婚約破棄などを口走ったせいで、もう少しあったかもしれない猶予は完全に絶たれてしまった。
最初はそなたから聞こうか、シェイラ・マティアス。
名を呼ばれたシェイラはびくりと肩を震わせ、硬い表情のまま一歩前へと踏み出す。
途中、隣にいた兄のヴィリーに、一瞬手を握られ、力付けられる。
「はい、陛下」
先ほどは床に座り込んでいたせいで正式な礼を取っていなかったのを思い出し、完璧な綺礼を取る。
「私は…」
しかしながらこの万人の目のある場所で王が何を求めているのか、まさかこの場で自身の子を晒したいわけではあるまいとうかがうような視線を向け、途方に暮れる。
目前のアンバーは、普段そうであるような意味深なものはない。執政者がただ、真実だけを求めるようなそれにシェイラはたじろぐ。
意を決するまでには時間がかかった。
実際にそう感じたのはおそらくシェイラだけだったのだろうが、息苦しさに思わず大きく息を吸い込もうとした。
そなた、余の継妃となる気はあるか。
そんなもの、あるはずがない。
「父上、先に私の話を聞いてください!」
その時、シェイラの躊躇を利用するように、エルンストが叫んだ。
王の鈴の意味をしらない彼は、アーデルベルトがありえないと告げたことの意味するところを図ろうとさえせず。
更なる恥の上塗りを始めたのだ。
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