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感謝を伝えても一向に構いません
しおりを挟む「いやあ、娘を助けてくれた相手がジュリアの生き別れの息子だったとは。世の中には不思議な縁があるものだね」
私とルベルが座っている向かいの椅子に腰かけ、オリーヴァ商会の会長ウベルト・オリーヴァ様はしみじみとそう言った。
商会を束ねている会長というだけあって、穏やかな顔立ちなのにどっしりとした貫禄を感じる。
アンジェロとジュリア様が感動的な再会を遂げた少し後のこと。チェーリア嬢の行方がわからなくなった、と知らせを受け慌てて帰ってきたウベルト様と屋敷の前にいた私達は鉢合わせをした。
事情を聞いたウベルト様が『ここで長話しをするのもなんですから、ぜひ中に入って下さい』と言ったので、お言葉に甘えて今に至る。
ちなみに、ジュリア様は今もまだアンジェロから離れていない。少し離れたところにあるソファで二人は寄り添って座っている。
よっぽどアンジェロと再会出来たのが嬉しいのね。
「実は、この国にはジュリア様を探す為に来たんです。それがまさか、こんなに早く見つかるとは思ってもみませんでした」
宿を見つけて明日から探し始める予定だったんだもの。本当に予想外だわ。
「ヴェルデ王国から君達が亡くなったという噂が流れて来て、ここ数日ジュリアは酷く落ち込んでいたんだ。君達が生きていてくれて良かった。天の神々に感謝するよ」
私とアンジェロが公爵家から逃げて来たことを隠すのは不可能だろうから、ウベルト様とジュリア様とチェーリア嬢には私達の事情を少しかいつまんで説明した。
フラウド様に強引に婚約破棄をされ、それに腹を立てたお父様がその日のうちに私を修道院に送ろうとしたのを利用して、私達は死んだことにして国外逃亡してきたのだと。
さすがにルベルがお父様を殺したことや、フラウド様のことなどをそのまま言うわけにはいかないので言っていない。
「私の考えが浅はかでした。悲しませてしまったことを深くお詫びします」
追われないようにする為とはいえ、結果的にジュリア様の心を傷つけてしまったんですもの。
「いえ、謝らないで下さい。あの家から逃げ出したいと思う気持ちはわかりますから。むしろ、お礼を言わせて下さい」
「お礼、ですか?」
チェーリア嬢を助けたこと以外でお礼を言われるようなことなんてあったかしら?
理由が思い当たらず首を傾げる。
「あなたはアンジェロをこの国まで連れて来て私に会わせてくれました。アンジェロはまだ子供です。この子を連れて逃げるより公爵家に置いてきた方が楽だったはずなのに、あなたはそうしなかった。それは、あなたがこの子を大切にしてくれている証拠だと思うんです」
「ジュリア様……」
「アンジェロが公爵家に連れて行かれてから、どんな風に過ごしているのか心配でした。公爵家に一人でもこの子の味方になってくれるような人がいたら、とずっと祈っていたんです。あなたみたいな人がアンジェロのそばにいてくれて良かった。ありがとうございます」
ジュリア様は立ち上がって、深々と私に頭を下げた。離れていても、ジュリア様はアンジェロを大切に思っていたのね。
「頭を上げて下さい。私からも、あなたにお礼を伝えたいので」
「私に?」
今度はジュリア様が先ほどの私と同じく首を傾げた。
「お母様が亡くなってから、私が心を許せるのはルベルとアンジェロだけだったんです。アンジェロとジュリア様は離れ離れになってお辛かったとは思います。ですが、私はアンジェロという可愛い弟が出来て嬉しくて幸せでした。だから……アンジェロをこの世に産んで下さったことを深く感謝します」
椅子から立ち上がってジュリア様のもとへと歩き、ジュリア様の手を私の両手で包み込んで微笑んだ。
公爵家での辛い日々を耐えられたのは、ルベルとアンジェロが居てくれたおかげだと思っている。ルベルのことは愛しているけれど、アンジェロという家族の存在が無ければ、きっと今の私は無かったはずよ。
「リヴィアンナ嬢、この国にはしばらく滞在する予定かい?」
ジュリア様と見つめ合っていると、ウベルト様がおもむろに問いかけてきた。
「そうですね。ジュリア様を探すという目的は達成されましたが、せっかく初めて来たんですからすぐに離れるのは惜しいと思います」
市場もまだ見に行けていないし、そもそも次の行き先も決まっていない。数日はこの国に滞在することになるでしょうね。
「宿はまだ決まっていないんだよね?だったら、この家に泊まるというのはどうかな?」
「確かに、宿はまだ決まっていないのでありがたいお話しではあるのですが……ご迷惑になりませんか?」
アンジェロが期待のこもった目で私を見つめている。久しぶりに会えたジュリア様と離れたくないのはわかるわ。
だけど、いきなり押し掛けて泊まらせてもらうなんて申し訳ないと思うの。
「迷惑なんてとんでもない!君達はチェーリアを助けてくれた恩人で、アンジェロ君はジュリアの息子だからね。どうか、ぜひおもてなしさせて欲しいんだ。駄目かな?」
「ご迷惑ではないなら、お言葉に甘えてお世話になりたいと思います」
「やったー!」
嬉しそうに無邪気に喜ぶアンジェロを見て、ジュリア様も微笑んだ。
窓の外は少し暗くなり始めていた。今から宿を探すとなると、良い部屋がもう残っていないどころか満室になっている可能性すらある。なんせ、ここは港から近くて人の出入りが激しいので。
それを思えば、ここに泊まらせてもらえるというのはアンジェロの気持ちを抜きにしたとしても、渡りに船な話しだ。断る理由が無い。
「よし!そうと決まれば、早速使用人に部屋と夕食の用意をさせよう。気を遣わず、ゆっくりとくつろいで欲しい」
ウベルト様は人の良さがにじみ出たような優しい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
部屋割りは私の隣の部屋がルベルで、アンジェロはジュリア様の部屋で一緒に過ごすということになった。
その後、用意された夕食は海の幸がふんだんに使われていて、急遽用意したとは思えないほど豪勢で美味しかった。オリーヴァ商会にどれだけ経済的な余裕があるのかを垣間見たような気がする。
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