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秋の四

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 あれほど緊張していた割には、意外にも髪結いは順調に進んでいる。

 しかし、唄は今度は別のことで困っていた。



 大奥様、今日は一段と威圧感を放っていらっしゃる気がするわ。

 いつもなら、髪結いをしている時はお客さんと話しをして賑やかに盛り上がる。

 でも、今日は大奥様が放つ独特の雰囲気に圧倒されてなかなか話しかけられない。

 そもそも、私が気軽に話しかけても大丈夫なのかしら?

 まさか、気分を害されたりしないわよね?
 
 ああ、もっと大奥様とお近づきになりたいのにどうしたらいいの!

 唄はぐるぐると頭の中で色々なことを考えて、やきもきしながら髪結いをしていた。

「それにしても、唄が髪結いをしているところが見られて嬉しいよ。
普段はなかなか見れないからね」

 千太が私に話しかけてきた。

 この静寂を破ってくれるなんて、千太がいてくれて助かったわ。

「髪結いをしているところなんて見て何が面白いの?
せっかくの休みなんだから、もっと他の使い方をした方がよかったんじゃない?」

 千太はこの白木屋の跡取りだから、普段は結構忙しくしている。

 たまの休みを、わざわざ髪結いの見学に使うなんて私はもったいないと思うんだけど。

「ははっ、唄が髪結いをしているところならいくらでも見ていられるよ。
僕にとって、今日はこの上なく良い休日になってるから気にしないで」

「ふふっ、いくらでも見ていられるなんて大げさね。
よくわからないけど、楽しそうでよかったわ」

「二人は本当に仲が良いですね。
お唄さん、千太が何か迷惑をかけるようなことがあったら言って下さいね。
私がちゃんと叱っておきますから」

 なんと、大奥様の方から話しかけてきた。

 心なしか雰囲気も少し和らいだような気がする。

「ありがとうございます、大奥様。
でも、千太にはいつも色々お世話になっていて、迷惑なことなんて何もありませんよ」

「そうですか?
例えば、千太がよく送っ」

「母さんっ!!
そういえば、唄のお母さんとはいつから仲が良いんだい?」

 いきなり千太が大きな声で話しを遮ったので、驚いて危うく手元が狂うかと思った。

 大奥様は話しを遮られて怒っているのか、氷のように冷たい視線を千太に向けている。

「人の話しを途中で遮るなんて失礼ですよ、千太。
今回は許しますが、よそでは同じことをしてはいけません。いいですね?」

「くっ、そんなのわかってるよ。
だって、母さんが余計なことを言おうとしたから……」

 千太は恨めしげに大奥様を見つめている。

 余計なことって何かしら?

「あなたがいつまでも大切なことを言わないから悪いのです。
ですが、今日はその必死さに免じて見逃して差し上げましょう」

「ありがとう。
心配しなくても、いつかはちゃんと言うつもりだから安心してくれ」

「まったく、なるべく早くお願いしますよ。
私達は長らく待っているのですから」

 何の話しかよくわからないけど、どうやら上手く話しはまとまったようだ。

「大奥様、私も大奥様と母さんがどんな風に仲良くなったのか以前から聞きたいと思っていたんです。
よろしければ、聞かせていただけませんか?」

 思い切ってそう言ってみた。

「私と夕の話しですか?
まぁ、あなたがそこまで聞きたいと言うのならば良いでしょう」

「ありがとうございます、大奥様!」

「私が夕と出会ったのはーー」
 
 大奥様は、私達に昔の話しを教えてくれた。





 ーー私と夕が出会ったのは、十歳の頃です。

 その頃の私には、友人など一人もいませんでした。

 両親はとても教育熱心で、私は朝から晩まであらゆる習い事に励む日々を送っていました。

 ですから、友人を作るような暇など無かったのです。

 まぁ、仮にそのような時間があったとしても私が友人を作れたとは思えませんが。

 その頃の私は、少し難儀な性格をしていましたからね。

 え?今もそうだろう、ですって?

 お黙りなさいな、千太。

 ……ああ、話しが逸れてしまいましたね。

 失礼、話しを戻しましょう。

 その頃の私は三味線も習っていたのですが、ある日使っていた三味線が壊れてしまったのです。

 そこで三味線を修理に出したのですが、その修理を引き受けてくれた職人さんが夕のお父上でした。

 友人のいない私を、両親は心配していたのでしょうね。

 夕のお父上から、自分の娘と同じ歳の娘がいると聞いた両親は、あなたの娘さんをうちの娘とぜひ会わせて欲しいとお願いしたのです。

 夕のお父上は快く両親の願いを聞き届けて下さって、私は夕と会うことになりました。

 初めて会った日、夕は初対面の私にも明るく優しく接してくれて、そんな夕と私も仲良くなりたいと思いました。

 ですが私は素直になれず、仲良くなりたいと思っているのに冷たく接したり、思っていることとは正反対のことを言ったりしてしまったのです。

 結局その日は一度も素直になれないまま夕とは別れてしまって、私は夜に一人でとても後悔して涙を流しました。

 夕はもう、こんな素直になれない私のことなんて嫌いになって、二度と会ってはくれないだろうと思ったのです。

 しかし、そんな私の予想は大きく外れました。 


 夕は、それから何度も私に会いに来てくれるようになったのです。



 
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