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秋の三

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 二日後の朝。

 私と母さんは、今まさに出かけようとしているところだった。

「それにしても、唄が夏の髪結いをするって聞いた時は驚いたわぁ。
楽しそうだから私もついて行こうかしら?」

 大奥様に髪結いを頼まれたことは、その日の夕食の時すぐに母さんに教えた。

 友人の髪結いを自分の娘がするというのが嬉しいようで、母さんは話しを聞いた時にとても喜んでいた。

「母さんもこれから仕事なんだから、ついて来るなんて駄目に決まってるでしょう」

「うふふっ、冗談よぉ。
夏によろしくね、唄」

「わかったわ。
そういえば、この前の人がいつまた来るかわからないから十分気をつけてね」

 昨日は一応来なかったみたいだけど、今日は来るかも知れない。

 相当しつこい人だったから、母さんに何かしそうで心配だわ。

「ええ、気をつけるわぁ。
唄も気をつけて行ってらっしゃいねぇ」

 相変わらずおっとりしてるけど、本当に大丈夫なのかしら?

「じゃあ、行ってきます!」

 母さんのことは心配だったけど、白木屋へ歩いていると途中から、大奥様の髪結いをする緊張で頭がいっぱいになってしまった。



 ーー唄は白木屋に到着したというのに中に入れず、風呂敷を持って立ち尽くしていた。

 白木屋には数え切れないほど来たことがあるというのに、今日は暖簾(のれん)をくぐることすら緊張してしまっている。

 気分を落ち着かせようと、口から息を深く吸い込んで吐き出した。

 ……よし!大丈夫、きっと大丈夫よ。

 髪結いもちゃんと上手く出来るし、大奥様とも今より仲良くなれるわ。

 そう自分を鼓舞していると、

「なんだ、ずっと店の前に立っている人がいると思ったら唄だったのか。
どうしていつものように中に入って来ないんだい?」

 中から千太が出て来て、変なものを見たという顔をされてしまった。

「あー、おはよう千太。
今日は初めて大奥様の髪結いをするから、なんだかすごく緊張しちゃってなかなか入れなかったのよ」

 おかしなところを見られてしまって、気まずくて恥ずかしいわ。 

「え?唄が母さんの髪結いをするのかい?」

「あら、聞いてなかったの?
二日前、お花さんの髪結いをしていた時に大奥様が頼みに来たのよ」

「まったく初耳だよ。
姉さんも母さんも、僕には教えないなんて酷いな」

「たまたま教えるのを忘れたんじゃない?
別に、そんな顔しなくてもいいでしょ」

 千太は拗ねているような、怒っているような、なんともいえない顔をしている。
 
「……僕、今日は休みなんだ。
特にすることも無いし、唄が母さんの髪結いをしているところを見学させてもらおうかな?」

「はあ!?何言ってるのよ?」

「さあ、そうと決まれば早く行こうか!」

 千太がにこにこ笑いながら、私の風呂敷を持っていない方の手を引いて歩く。

 いやいや、何も決まってないから。

 ただでさえ緊張してるのに、見学なんてやめてよ!

「ちょっと千太!
見学なんて大奥様も嫌かも知れないでしょう?」

「息子が母親の髪結いを見学して何が悪いんだい?
ほら、もうすぐ母さんの部屋に着くよ」

 千太を止められないまま、大奥様の部屋の前まで来てしまった。

「はぁー。大奥様に訊いてみて良いと言って下さったら見学してもいいけど、駄目だったら部屋から出てね」

 私の言うことを全然聞いてくれないので、しょうがなくそう言った。

「ははっ、ありがとう。じゃあ、入ろうか。
母さん、唄を連れて来たよ。
入ってもいいかい?」

「あら、どうして千太が?
まぁ、いいでしょう。入って下さい」

 部屋の中に入ると、千太はすぐに大奥様に話しかけた。

「母さん、唄に髪結いを頼んだことを僕に教えてくれないなんて酷いじゃないか」
 
「はぁー、お黙りなさいな。
なぜ、私が誰に髪結いをしてもらうかをいちいち千太に教えなければならないのです?」

 大奥様はため息を吐いて、呆れ顔で千太を見ている。

「僕は母さんの可愛い息子だよ?
それくらい教えてくれてもいいじゃないか。
というわけで、髪結いを見学してもいいかな?」

 千太は、いたずら好きな子供のような顔でそう言った。

「何がというわけでなのですか。
女性の髪結いを見学しようなど、ずいぶん可愛くない息子がいたものです。
お唄さん、あなたはどう思いますか?」

「え、私ですか?」

 大奥様は、私に問いかけてきた。

「髪結いをなさるのはあなたですからね。
お唄さんが良いとおっしゃるなら見学してもいいですよ、千太」

 まさか、大奥様が私に選択を任せるなんて思わなかった。

「唄、駄目かい?」
 
 懇願するような目で千太が私を見つめてくる。

 うっ、そんな目で見られたら駄目なんて言えないじゃない。

「……大奥様、私は千太が見学しても大丈夫ですよ」

 千太の目線攻撃に負けて、見学を許可してしまった。

「そうですか。
よかったですね、千太。
では、早速髪結いを始めて下さい」

「わかりました、大奥様」

 私は大奥様の後ろに移動して、風呂敷から髪結いの道具を取り出した。

「ありがとう、唄。恩に着るよ」

 大奥様の近くに座って、千太はお礼を言ってきた。

「見学してもいいけど、邪魔はしないでね。
それでは、髪結いを始めさせていただきます」


 千太に邪魔をしないように念を押してから、私は大奥様の髪結いを始めた。



 
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