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夏の三

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 それから四日後、懇意にしている常連の問屋の大奥様の髪結いを終え、唄はその家を後にしようとしていた。

「今日もありがとうね。
それにしても、お昼ご飯は本当に食べて行かなくていいの?」

「はい、せっかく誘って頂いたのにすみません。
今日は少し体調が悪いので、また次の機会にご一緒させて下さい」

 お誘いはとてもありがたいが、今日はあまり食欲がないのだ。

「あらやだ、そうだったの?
そんな具合の悪い時に髪結いを頼んでしまってごめんなさいね」

「いえ、寝不足で体調が悪いだけなので心配はご無用です。
それでは、失礼します」

 心配させてしまっことを申し訳なく思いつつ、別れの挨拶をして歩き出した。

 蛍さんの間夫の権八さんの話しがずっと頭から離れない。

 師匠が言っていた辻斬りは権八さんのことなのでは?と、それを思い悩んで夜もなかなか寝つけず。

 寝不足で食欲も減ってしまい、今日は昼食を抜いてしまおうと考えていた。

「はあー、私の思い過ごしならいいんだけど……」

 澄んだ空の下を歩きながら、唄はため息をついてそう呟いた。

 次の仕事は、昼八つからお花さんのところで髪結いだ。

 昼食を食べないとなると、することも無くて暇になってしまう。

 その時間までどう時間を潰そうか?とぼんやり考えていたところに、大きな叫び声が聞こえてきた。

「辻斬りだーっ!
辻斬りが出たぞーっ!」

「え?辻斬り!?」

 嘘でしょ?

 辻斬りなんて、夜の暗闇に紛れながらこっそりするものだと思っていたわ。

 こんな真っ昼間からそんなことが起きるなんて思いもしなかった。

 とにかく、危ないから少し離れた場所に移動した方がいいかも知れないわね。

 そう思って移動しようとしていると、叫び声が聞こえた方から逃げて来た人達の話し声が聞こえてきた。

「しかし、昼間から辻斬りとは……。
本当に物騒なもんだなあ」

「わざわざこんな時間に辻斬りなんて、誰か目ぼしい金持ちでもいたのかね?」

「俺はさっきあっちから逃げて来たんだが、逃げる時に白木屋の若旦那を見かけたからそいつが狙いじゃねぇか?」

 白木屋の若旦那って千太のことじゃない!?

 千太が辻斬りに狙われているの?

 ……だったら、怖がって逃げてる場合なんかじゃないわ。

 千太のところに行かなきゃ。

「すみません、あなたが白木屋の若旦那を見たのはどこですか?」

「ん?俺が白木屋の若旦那を見たのはあっちの方だったぞ」

「ありがとうございます」

 答えてくれた男性が指を差した西の方に、私は走り出した。

「え!?おいっ、お嬢ちゃん!
そっちは辻斬りがいて危ねえぞ!」

「悪いことは言わねぇ、行くのはやめな」

「嬢ちゃん戻れ!」
 
「ごめんなさいっ、あっちに私の大切な人がいるんです!」

 そこにいた人たちは心配して止めようと声をかけてくれたが、私はその声を背に千太を探して走り続けた。

 千太、すぐに行くからどうか無事でいて……。




「ーー千太!千太っ!
どこにいるのっ、いるなら返事をして!」

 走り回って千太を探しながら、大声で叫んだ。

 辻斬りが近くにいるのに大声を出すなんて、冷静に考えたらとても危ないけど、この時の私はただ千太を早く探すことしか頭になかった。

「千太っ!千太っ!」

「その声は……まさか、唄か?
でも、どうしてここに?」

 そう呟く声が聞こえた。

「千太!そこにいるのね。
待ってて、今そっちに行くわ!」

「やめろ!
危ないから来るな!」

 そんなことを言われたって、止まる気なんてさらさら無い。

「ああ、千太!やっと見つけた。
無事で良かった……って怪我してるじゃない!」

 ようやく千太を見つけて安心したが、よく見ると千太の左腕からは血が流れていた。

「さっき男に切りつけられてね。
とっさに脇差で対抗して、相手が怯んだ隙になんとか逃げて来たんだ」

「そうだったの。
でも、普段は持ち歩いて無いのに今日はよく脇差なんて持ってたわね」

「辻斬りが出てるとは聞いていたからね。
一応持ってきたんだ。
まさか、本当に使うことになるとは思わなかったよ」

 少し怪我はしてるみたいだけど、命に関わるようなものでは無さそうだ。

「ふふっ、私ね、千太が死んじゃうんじゃないかと思って走って来たのよ。
はあー、千太が生きてて良かった」 

 千太が生きていたことに安心して、思わず笑ってしまった。

「全く、こんな危ない時に来たら駄目だろう?
でも、あんなに僕を必死に探してくれたのは嬉しかったよ。
ありがとう、唄」

「何言ってるのよ。
大事な人が危ない目にあってるなんて聞いたら、例えどんな状況でも私は駆けつけるわ」

「大事な人……。
あははっ、僕は唄にとって大事な人なんだ?」

「馬鹿ね、何今さら当然のこと言ってるの?
千太は私の友達なんだから、大事に決まってるでしょう」

「そうか、ありがとう。
僕も唄のこと、大切に思ってるよ」

 千太は真っ直ぐ私を見つめながら、そう言ってきた。

「な、何よ急に!
いきなり改まって言われたら照れるじゃない」

「ふふっ、急なんかじゃないさ。
僕はずっと昔からお前を大切に思ってる」

 だから、そんな真剣な顔で言うのはやめてよ。

 なんだか恥ずかしいじゃない……。

 ざっ、ざっ、ざっ。

「「!!」」

 足音が聞こえる。

「唄っ、僕の後ろに隠れて!」

 そう言って千太が私の前に出て、脇差に手をかけた。

 足音はどんどん近づいて来る。

 そして、

「ーーよう、探したぜお坊ちゃん。
お前みたいな二枚目に抵抗されるとは思わなかったが、次は逃がさねえぞ」

 顔を布で隠して刀を持った怪しげな男が現れた。

 


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