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春
春の十
しおりを挟むあのあと、お昼も近いからうどんでも食べに行こうという話しになって、私と千太はうどん屋に来ていた。
今はうどんを注文して、出来上がるのを席で二人で待っている。
「一時はどうなるかと思ったけど、最後は丸く収まって良かったよ。
そういえば、一つ気になることがあるんだけど」
「何?」
「あの手紙に何を書いたの?
唄が一人で笑っていたから気になってね。
あとで教えてくれるって言ってただろう?」
そうだ。あの時、あとで千太にも教えてあげるって言ったんだった。
「そうだったわね。忘れてたわ。
手紙の最後の方に、お花さんにある和歌を教えて書いてもらったのよ」
「ああ、返歌ってことか。
一応、和歌を送られたなら返すのが礼儀だからね。
それで、何の和歌を書いたの?」
「同じく百人一首から選んで、『陸奥のしのぶもぢずり誰ゆへに乱れそめにし我ならなくに』って、書いたわ」
「『陸奥のしのぶもぢずりの乱れ模様のように、私の心はあなたのせいで乱れています』なんて、赤くなるのも納得だね」
手紙を書く時にいくつか和歌を教えて、その中からお花さんに一つ選んで書いてもらったのだ。
いくつか教えた中からあの和歌を選んだということは、お花さんも伊之助さんに想いを寄せているんだろう。
それにしても、和歌は習い事の中でも気に入ってたし、久しぶりに触れて楽しかったわね。
……あっ、良いことを思い付いたわ!
「千太!私、ひらめいたわ!」
「なんだい?急に大きな声を出して。
うどん屋ではしゃがないでくれ」
「もう、別にはしゃいでるわけじゃないわよ。
それより、良いことを思い付いたの!」
「良いことって、何かろくでもないことじゃないだろうね?」
「失礼ね、そんなんじゃないわよ。
ちょっと私も和歌を送ってみようかと思ったの」
「え?誰にどんな目的で?」
千太が怪訝な顔をする。そうよね、私ったら言葉足らずだったわ。
「私の謎の許嫁によ。
和歌を何度か送り合えば、少しは相手のこともわかるかも知れないでしょう?」
「和歌か……。
まあ、いいんじゃないかな?」
「そうよね!
家に帰ったら、早速母さんに言ってみるわ」
詳しく教えてくれないなら、こっちから探るまでよ。和歌を通して、どんな人なのか暴いてやるわ。
「へいっ!お待ち!」
うどんが出来上がって二人分運ばれて来た。
「それじゃあ、食べようか」
「「いただきます」」
ーーうどんは出汁がきいていて美味しかった。
「「ーーご馳走さまでした」」
食べ終えて、前回は払ってもらったので今日は私が会計をしてから店を出た。
「唄、今日は本当にありがとう。
唄のおかげで姉さんは幸せな結婚が出来そうだ」
「別に大したことはしてないわ。
二人が両想いだっただけだから。
お花さんが幸せになるのは、お花さん自身の日頃の行いのおかげよ」
全く、私のおかげだなんて大げさにも程がある。
「それでも、お前が二人の背中を押してくれたからああなったと僕は思ってる。
だから、感謝させてくれ」
歩きながら、千太が柔らかく微笑んだ。姉弟というだけあって、笑った時の顔は少しだけお花さんと似ている。
昔から、千太のこの柔らかい笑顔が好きだ。
なんだか安心して落ち着くし、温かい気持ちになって私まで笑顔になってしまうようで。
「ふふっ、気にしなくていいのに。
私はただ、自分のやりたいように行動したまでだもの。
大切な人に幸せになって欲しいと思うのは当然でしょう?」
「ははっ、唄は昔から変わらないね」
「あら、千太だって変わってないじゃない」
笑い合いながら歩くと、気付けば私の長屋の近くまで来ていた。
「今日は休みだったのにありがとう。
疲れただろう?家ではちゃんと休むんだよ」
「どういたしまして。
でも、私の謎の許嫁に送る和歌を考えたいから、休んでなんかいられないわ」
「全く、ほどほどにするんだよ」
「わかってる。それじゃあまたね」
「ああ、また」
千太と別れて、私は長屋へと帰った。
日も落ち始めた暮れ六つ頃、昔使っていた本を出してきて和歌を調べていると、母さんが帰ってきた。
「ただいまぁ。あら、調べ物でもしてるの?」
「ちょっとね。
そんなことより、一つお願いがあるんだけど」
「まあ、何かしら?」
「前に、私に許嫁がいるって言ってたでしょ?
その人と文通がしたいんだけど」
「うーん、どうかしら……。
ちょっと相手にも訊いてみないとわからないわね」
「そう、いい考えだと思ったんだけどね。千太もいいんじゃない?って言ってたし」
「あら、千太君がそう言ったの?
……じゃあ、とりあえず今度会った時に渡してみるから書いておいてちょうだい」
「本当!?ありがとう、母さん!」
よし、一応は私の和歌を受け取ってもらえそうね。
和歌を送られたら返歌を返すのが礼儀なんだから、常識がある人なら私に必ず返歌を返してくれるだろう。
つまり、母さんが和歌を渡して許嫁がそれを読んだ時点で、私の目的はほぼ達成されたも同然なのだ。
これで、少なくとも一度は必ずやり取りが出来るはず。
さて、私の謎の許嫁さんにはどんな和歌を送ってあげようかしらね?
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