上 下
11 / 53

春の十

しおりを挟む



 あのあと、お昼も近いからうどんでも食べに行こうという話しになって、私と千太はうどん屋に来ていた。

 今はうどんを注文して、出来上がるのを席で二人で待っている。
 
「一時はどうなるかと思ったけど、最後は丸く収まって良かったよ。
そういえば、一つ気になることがあるんだけど」

「何?」

「あの手紙に何を書いたの?
唄が一人で笑っていたから気になってね。
あとで教えてくれるって言ってただろう?」

 そうだ。あの時、あとで千太にも教えてあげるって言ったんだった。

「そうだったわね。忘れてたわ。
手紙の最後の方に、お花さんにある和歌を教えて書いてもらったのよ」

「ああ、返歌ってことか。
一応、和歌を送られたなら返すのが礼儀だからね。
それで、何の和歌を書いたの?」

「同じく百人一首から選んで、『陸奥のしのぶもぢずり誰ゆへに乱れそめにし我ならなくに』って、書いたわ」

「『陸奥のしのぶもぢずりの乱れ模様のように、私の心はあなたのせいで乱れています』なんて、赤くなるのも納得だね」 

 手紙を書く時にいくつか和歌を教えて、その中からお花さんに一つ選んで書いてもらったのだ。

 いくつか教えた中からあの和歌を選んだということは、お花さんも伊之助さんに想いを寄せているんだろう。

 それにしても、和歌は習い事の中でも気に入ってたし、久しぶりに触れて楽しかったわね。

 ……あっ、良いことを思い付いたわ!

「千太!私、ひらめいたわ!」

「なんだい?急に大きな声を出して。
うどん屋ではしゃがないでくれ」

「もう、別にはしゃいでるわけじゃないわよ。
それより、良いことを思い付いたの!」

「良いことって、何かろくでもないことじゃないだろうね?」

「失礼ね、そんなんじゃないわよ。
ちょっと私も和歌を送ってみようかと思ったの」

「え?誰にどんな目的で?」

 千太が怪訝な顔をする。そうよね、私ったら言葉足らずだったわ。

「私の謎の許嫁によ。
和歌を何度か送り合えば、少しは相手のこともわかるかも知れないでしょう?」

「和歌か……。
まあ、いいんじゃないかな?」

「そうよね!
家に帰ったら、早速母さんに言ってみるわ」

 詳しく教えてくれないなら、こっちから探るまでよ。和歌を通して、どんな人なのか暴いてやるわ。

「へいっ!お待ち!」

 うどんが出来上がって二人分運ばれて来た。

「それじゃあ、食べようか」

「「いただきます」」

 ーーうどんは出汁がきいていて美味しかった。



「「ーーご馳走さまでした」」
 
 食べ終えて、前回は払ってもらったので今日は私が会計をしてから店を出た。

「唄、今日は本当にありがとう。
唄のおかげで姉さんは幸せな結婚が出来そうだ」

「別に大したことはしてないわ。
二人が両想いだっただけだから。
お花さんが幸せになるのは、お花さん自身の日頃の行いのおかげよ」

 全く、私のおかげだなんて大げさにも程がある。

「それでも、お前が二人の背中を押してくれたからああなったと僕は思ってる。
だから、感謝させてくれ」

 歩きながら、千太が柔らかく微笑んだ。姉弟というだけあって、笑った時の顔は少しだけお花さんと似ている。

 昔から、千太のこの柔らかい笑顔が好きだ。

 なんだか安心して落ち着くし、温かい気持ちになって私まで笑顔になってしまうようで。

「ふふっ、気にしなくていいのに。
私はただ、自分のやりたいように行動したまでだもの。
大切な人に幸せになって欲しいと思うのは当然でしょう?」

「ははっ、唄は昔から変わらないね」

「あら、千太だって変わってないじゃない」

 笑い合いながら歩くと、気付けば私の長屋の近くまで来ていた。

「今日は休みだったのにありがとう。
疲れただろう?家ではちゃんと休むんだよ」

「どういたしまして。
でも、私の謎の許嫁に送る和歌を考えたいから、休んでなんかいられないわ」

「全く、ほどほどにするんだよ」

「わかってる。それじゃあまたね」

「ああ、また」

 千太と別れて、私は長屋へと帰った。



 日も落ち始めた暮れ六つ頃、昔使っていた本を出してきて和歌を調べていると、母さんが帰ってきた。

「ただいまぁ。あら、調べ物でもしてるの?」

「ちょっとね。
そんなことより、一つお願いがあるんだけど」

「まあ、何かしら?」

「前に、私に許嫁がいるって言ってたでしょ?
その人と文通がしたいんだけど」

「うーん、どうかしら……。
ちょっと相手にも訊いてみないとわからないわね」

「そう、いい考えだと思ったんだけどね。千太もいいんじゃない?って言ってたし」 

「あら、千太君がそう言ったの?
……じゃあ、とりあえず今度会った時に渡してみるから書いておいてちょうだい」

「本当!?ありがとう、母さん!」

 よし、一応は私の和歌を受け取ってもらえそうね。

 和歌を送られたら返歌を返すのが礼儀なんだから、常識がある人なら私に必ず返歌を返してくれるだろう。

 つまり、母さんが和歌を渡して許嫁がそれを読んだ時点で、私の目的はほぼ達成されたも同然なのだ。

 これで、少なくとも一度は必ずやり取りが出来るはず。

 さて、私の謎の許嫁さんにはどんな和歌を送ってあげようかしらね?

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼が啼く刻

白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。 彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。 依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

聲は琵琶の音の如く〜川路利良仄聞手記〜

歴史・時代
日本警察の父・川路利良が描き夢見た黎明とは。 下級武士から身を立てた川路利良の半生を、側で見つめた親友が残した手記をなぞり描く、時代小説(フィクションです)。 薩摩の志士達、そして現代に受け継がれる〝生魂(いっだましい)〟に触れてみられませんか?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

処理中です...