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セシリアの風邪
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「素晴らしい! ロマンチックな夜になりそうだ!」
飾り付けを終えたテーブルセットを眺めながら僕は手を叩いていた。
無事にプレゼントも用意できた事であとは楽しみしかなく、明日のセシリア来国に向けて城中の準備も大詰めだ。
彼女へのサプライズも、うちのメイド達とリハーサルまで行った。
「とても素敵ですが、セシリア様は特別な夜よりリュンヒン様にお会いになるだけで十分と言うのではありませんか?」
要するに、少しやり過ぎでは? と、バージルは僕に言うんだ。
だけど僕にとってはやり過ぎで良い。彼女にとっても僕にとっても、この日というのはもう二度と訪れない奇跡だからだ。
「バージル。僕は本気なんだ。粛々と愛を囁き合うのじゃ足りないんだよ」
「ええ。それはもちろん分かります。リュンヒン様とセシリア様は、もう城中の全員がもはや夫婦のようだと見守っていますから」
説得の最中、この華々しい部屋に手紙を持ったメイドが入ってきた。
手紙はすぐに僕へ渡されて中身を読む。そこにはセシリアが明日来れないという事が綴られていた。
横にいるバージルに手紙を持たせ、彼も内容を確認すると「なんと! お風邪を!」と慌てている。
彼女の暮らす大国と、僕の居るメルチ王国とは船に乗って半日かかる距離にある。
もちろん明日までに彼女の風邪が治るなんて思っていない。
そして明日はセシリアにとっても僕にとっても特別な日だ。
「よし。なら僕から出向こう。今から出発だ」
対してバージルが声にならない悲鳴をあげていた。
完璧に飾り付けられた部屋を潔く出て行こうとする僕の裾を、年寄りの精一杯の力で掴んで離さない。
「お、お、お待ち下さい! そろそろ夕食時です! お外はまもなく夜になりますよ!?」
「船の最終便には全然間に合う。夜明けに向こうに到着すれば問題ないだろう?」
「し、し、しかしリュンヒン様! 明日は西部作戦の会議がありますが!?」
「ああー……じゃあ延期にしておくよ。クランクビストだって今は手一杯だ。別に問題にはならないさ」
でもでもとバージルは他の理由を探しているようだけど、どうやら出尽くしたみたいだ。
彼の引き止める手を払いながら僕は港への馬を手配してもらう。
「何よりこれが一番のサプライズになるだろう?」
笑顔の僕を見上げるバージルの顔が分かりやすく青くなっていく。
「ま、まさかご連絡なしに行くおつもりで!?」
「安心してよ、ちゃんと手紙は出すから。僕は礼儀を欠いたりしない。ただし手紙と僕が同着になる可能性があるけどね」
そうと決まれば急ぎたい気持ちに駆られる。言い負かすのに時間のかかる執事とはここでお別れだ。
船を降りると素晴らしい朝が待っていた。キラキラと輝く朝日を窓から照らされながら、港の駅で僕は電話を借りてセシリアと連絡を取る。
「うん。今から向かうよ」
電話の向こうの声は相当驚いていたみたいだったけど。僕には嬉しそうにも感じられた。
彼女の風邪がすぐに引いたという事と、僕がもう海を渡ってしまったという事で、城には入れてくれそうだ。
だったら僕は朝日が真上へ昇り切るよりも先に、彼女におはようのキスをするぞと道を走っていた。
* * *
向こうの召使いの案内でセシリアの部屋に着き、いよいよ僕の目の前で扉が開かれた。
ベッドの上から健康そうな笑顔で手を振るセシリアが見える。その光景は窓から差し込む朝の光と合間って神々しく、彼女のことを女神かと見間違った。
「リュンヒン。あなた、魔法でも使ったの!?」
しかし女神は出会い頭におかしなことを言う。理由は彼女の手にある手紙のせいだった。
愛する婚約者のもとへ会いに行くと綴られたその手紙は、ほんの数分前に開かれ、そしたら本人が扉から瞬時に現れたのだと驚かれている。
想定内の運びになって僕は得意げだった。最初のサプライズは成功だと胸の内でガッツポーズを掲げている。
とはいえ表情や態度はクールで極めて、そっとセシリアの手を握るわけだけど。
「君に会うためなら魔法だって使うさ」
そして彼女の柔らかな前髪を指の背に滑らせ、額に手のひらを当てた。ちょうど室温と同じ、ぬるめの温度を感じる。
「風邪はもう大丈夫なんだね?」
「ええ。心配を掛けてしまってごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。誰だって寒暖差にはやられるさ」
「え、ええ。そうね……」
セシリアが頬を引きつらせて笑っている。
さすれば僕と同行した彼女の召使いが咳払いをした。そして「何を仰っているんですか」と、セシリアに対し厳しい口調で話す。
「お嬢様は池に落ちたのですよ。寒暖差より酷いです」
僕らの話をそばで聞いていて、主の告げ口を堂々と婚約相手にする。酷いのはその召使いも同じだけど、それが彼女の執事であり僕からは何も咎めはしない。
むしろ、顔を真っ赤にしてベッドの中に隠れるセシリアを見れば、その話は本当のようだと分かる。「落ちたって?」と、執事にもっと聞こうとした。
「お嬢様からお話になってくださいね」
相変わらず手厳しい執事だ。その一言を残して部屋を勝手に出ていく。執事が仕事をしたテーブルセットは、クロスのシワひとつない完璧な仕上がりだった。
でも、お茶をいただく前に池に落ちた理由だ。
「セシリア?」
シーツの真ん中にぽっこり盛り上がった部分を指でつっつく。
くすぐったいとモゾモゾ動いて、ぴょっこり可愛らしい顔が僕のもとに出てきてくれた。
「……池のそばにね、クスノキが立っているでしょう? あそこに登ればあなたの国が見えないかしらって思ったの」
言いながら恥ずかしさのあまり再びシーツの海に沈んで行きそうになる彼女が愛らしくて、僕も一緒に海へ投身してしまうかと思った。
ちゃんと理性が働いてくれてベッドの脇で頬杖を付くにとどめる。
「頼むから危ないことはしないで。君が死んでしまったら僕は生きられないんだから」
冗談ではなく本心だ。落ちたのが地面でなく池の水中で、溺れずに風邪だけで済んだのは本当に幸運でしかない。
セシリアはシーツの中に頭まですっぽり入って出てこなかった。
仕方ないからもう一度突っつこうかと指を立てたら、またぴょっこり顔だけ急に出した。
「はーい! もうしませーん!」
それだけ明るく返事してシーツを被り直す。
全然反省していなさそうな物言いもそうだけど、シーツの中の盛り上がりが上下に揺れていて、セシリアはなぜだか楽しそうに笑っているようだった。
飾り付けを終えたテーブルセットを眺めながら僕は手を叩いていた。
無事にプレゼントも用意できた事であとは楽しみしかなく、明日のセシリア来国に向けて城中の準備も大詰めだ。
彼女へのサプライズも、うちのメイド達とリハーサルまで行った。
「とても素敵ですが、セシリア様は特別な夜よりリュンヒン様にお会いになるだけで十分と言うのではありませんか?」
要するに、少しやり過ぎでは? と、バージルは僕に言うんだ。
だけど僕にとってはやり過ぎで良い。彼女にとっても僕にとっても、この日というのはもう二度と訪れない奇跡だからだ。
「バージル。僕は本気なんだ。粛々と愛を囁き合うのじゃ足りないんだよ」
「ええ。それはもちろん分かります。リュンヒン様とセシリア様は、もう城中の全員がもはや夫婦のようだと見守っていますから」
説得の最中、この華々しい部屋に手紙を持ったメイドが入ってきた。
手紙はすぐに僕へ渡されて中身を読む。そこにはセシリアが明日来れないという事が綴られていた。
横にいるバージルに手紙を持たせ、彼も内容を確認すると「なんと! お風邪を!」と慌てている。
彼女の暮らす大国と、僕の居るメルチ王国とは船に乗って半日かかる距離にある。
もちろん明日までに彼女の風邪が治るなんて思っていない。
そして明日はセシリアにとっても僕にとっても特別な日だ。
「よし。なら僕から出向こう。今から出発だ」
対してバージルが声にならない悲鳴をあげていた。
完璧に飾り付けられた部屋を潔く出て行こうとする僕の裾を、年寄りの精一杯の力で掴んで離さない。
「お、お、お待ち下さい! そろそろ夕食時です! お外はまもなく夜になりますよ!?」
「船の最終便には全然間に合う。夜明けに向こうに到着すれば問題ないだろう?」
「し、し、しかしリュンヒン様! 明日は西部作戦の会議がありますが!?」
「ああー……じゃあ延期にしておくよ。クランクビストだって今は手一杯だ。別に問題にはならないさ」
でもでもとバージルは他の理由を探しているようだけど、どうやら出尽くしたみたいだ。
彼の引き止める手を払いながら僕は港への馬を手配してもらう。
「何よりこれが一番のサプライズになるだろう?」
笑顔の僕を見上げるバージルの顔が分かりやすく青くなっていく。
「ま、まさかご連絡なしに行くおつもりで!?」
「安心してよ、ちゃんと手紙は出すから。僕は礼儀を欠いたりしない。ただし手紙と僕が同着になる可能性があるけどね」
そうと決まれば急ぎたい気持ちに駆られる。言い負かすのに時間のかかる執事とはここでお別れだ。
船を降りると素晴らしい朝が待っていた。キラキラと輝く朝日を窓から照らされながら、港の駅で僕は電話を借りてセシリアと連絡を取る。
「うん。今から向かうよ」
電話の向こうの声は相当驚いていたみたいだったけど。僕には嬉しそうにも感じられた。
彼女の風邪がすぐに引いたという事と、僕がもう海を渡ってしまったという事で、城には入れてくれそうだ。
だったら僕は朝日が真上へ昇り切るよりも先に、彼女におはようのキスをするぞと道を走っていた。
* * *
向こうの召使いの案内でセシリアの部屋に着き、いよいよ僕の目の前で扉が開かれた。
ベッドの上から健康そうな笑顔で手を振るセシリアが見える。その光景は窓から差し込む朝の光と合間って神々しく、彼女のことを女神かと見間違った。
「リュンヒン。あなた、魔法でも使ったの!?」
しかし女神は出会い頭におかしなことを言う。理由は彼女の手にある手紙のせいだった。
愛する婚約者のもとへ会いに行くと綴られたその手紙は、ほんの数分前に開かれ、そしたら本人が扉から瞬時に現れたのだと驚かれている。
想定内の運びになって僕は得意げだった。最初のサプライズは成功だと胸の内でガッツポーズを掲げている。
とはいえ表情や態度はクールで極めて、そっとセシリアの手を握るわけだけど。
「君に会うためなら魔法だって使うさ」
そして彼女の柔らかな前髪を指の背に滑らせ、額に手のひらを当てた。ちょうど室温と同じ、ぬるめの温度を感じる。
「風邪はもう大丈夫なんだね?」
「ええ。心配を掛けてしまってごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。誰だって寒暖差にはやられるさ」
「え、ええ。そうね……」
セシリアが頬を引きつらせて笑っている。
さすれば僕と同行した彼女の召使いが咳払いをした。そして「何を仰っているんですか」と、セシリアに対し厳しい口調で話す。
「お嬢様は池に落ちたのですよ。寒暖差より酷いです」
僕らの話をそばで聞いていて、主の告げ口を堂々と婚約相手にする。酷いのはその召使いも同じだけど、それが彼女の執事であり僕からは何も咎めはしない。
むしろ、顔を真っ赤にしてベッドの中に隠れるセシリアを見れば、その話は本当のようだと分かる。「落ちたって?」と、執事にもっと聞こうとした。
「お嬢様からお話になってくださいね」
相変わらず手厳しい執事だ。その一言を残して部屋を勝手に出ていく。執事が仕事をしたテーブルセットは、クロスのシワひとつない完璧な仕上がりだった。
でも、お茶をいただく前に池に落ちた理由だ。
「セシリア?」
シーツの真ん中にぽっこり盛り上がった部分を指でつっつく。
くすぐったいとモゾモゾ動いて、ぴょっこり可愛らしい顔が僕のもとに出てきてくれた。
「……池のそばにね、クスノキが立っているでしょう? あそこに登ればあなたの国が見えないかしらって思ったの」
言いながら恥ずかしさのあまり再びシーツの海に沈んで行きそうになる彼女が愛らしくて、僕も一緒に海へ投身してしまうかと思った。
ちゃんと理性が働いてくれてベッドの脇で頬杖を付くにとどめる。
「頼むから危ないことはしないで。君が死んでしまったら僕は生きられないんだから」
冗談ではなく本心だ。落ちたのが地面でなく池の水中で、溺れずに風邪だけで済んだのは本当に幸運でしかない。
セシリアはシーツの中に頭まですっぽり入って出てこなかった。
仕方ないからもう一度突っつこうかと指を立てたら、またぴょっこり顔だけ急に出した。
「はーい! もうしませーん!」
それだけ明るく返事してシーツを被り直す。
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