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lll.エシュ神都、パニエラ王国

授賞式2

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「あっ、スイナ! こっちよ!」
 また背中が丸まりかけていたら、シャーロットが不意に誰かを呼び寄せるように声をかけている。
 それは確かにスイナと聞こえた。途端にしゃきりと背が伸びた。
 俺の背中側から現れたのは、この中で一番年下になる女性である。第一印象が生活着だったせいか、ドレスを身につけている姿が立派な姫でいて少々驚いた。
 まだ成人になったばかりでも随分しっかりしているように見える。
「レイヴン・バル様ですね。お久しぶりでございます」
 礼儀正しく礼をし、俺もおずおずとなりながら礼をする。
「カイセイが世話になっているな」
「はい。カイセイ様とはお手紙のやりとりで」
 顔を上げればスッキリと直線で切られた髪が顎のラインに触る。
 確かここまで髪が短かったとは記憶に残っていない。シャーロットに触発されて切ったと言うのだろうか。
 スイナは俺に微笑みかけた後シャーロットに目配せをした。シャーロットもそれにウインクで返していた。
 それまで好印象であったのに、一瞬で何か嫌な予感が俺の中に駆け巡る。
「あの。バル様。シャーロット姉様からお話は伺いました。あの……あの! 私もシャーロット姉様のように外に出て民の為になりたいのです。私を、騎士にしてくださいませんか!」
 この両手を握られ懇願される。
 エセルも驚きで開いた口を手で隠していた。
 ゲストらは貴族の会話など興味も無いらしく騒がしいままだ。
 俺たちの輪だけが一瞬時が止まった。だが「いやいや、それは無理だろう」と俺は否定しつつスイナの手から逃れた。
 スイナは俯かなかった。
「ですよね。やっぱり自分で行動しなくては、ですよね」
 まるでどこまでも高みを目指して行くかのような鋭い眼差しで言われる。
「そう……だな」
「わかりました。ありがとうございます!」
 ペコリと礼をする様が、先ほどのような立派な姫ではなくて、まるで新米兵士のように見える。それと心なしか何処かカイセイと似ているような気がする。
 スイナはエセルを誘ってエーデンの方へと行った。
 置いて行かれたシャーロットも二人を追いかけたが、またすぐに一人で俺の元へ帰ってくる。
「どう? カイセイにピッタリでしょう?」
「確かに。あれだと婚姻まで行くには時間がかかるだろうな」
 シャーロットが、自分が聞いたことの答えになっていないと俺を蹴ってくる。
 姫職から離れられて行動が荒っぽくなったと思えば、俺の空いたグラスに水を注いでくれていた。「はい」と渡してくるので受け取った。
「セルジオ兵から聞いたわよ。会談はうまく行かなかったんですって? 大丈夫なの?」
 二人きりになると政治について話される。
 横ではグラスを三つ用意して水が注がれていた。
「どうだろうな。これからの交渉次第だ」
 テーブルにもたれて新しい冷水を飲んでいると、ぼんやり見つめる視界の先にアルバートを見つけている。
 またアイツは毎度懲りずに女性に声をかけまくっているのだな。
 その男をシャーロットも隣で見つけており「呑気なものね」と、俺になのかアルバートになのか溜息まじりに言っていた。
「こうやって平和に過ごせるのも今のうちかもしれん……」
 俺の小言は彼女の耳に入ったと思うが何の返事も返っては来なかった。二人して少しの間黙ったままで、振られているアルバートを見守った。
 俺はふと、セルジオでの会談模様を思い出して話し出す。
「それよりアルゴブレロのことをあんまり可愛がってやるなよ? お前の父親がいよいよ飛び降りでもしてしまうぞ」
 もちろん冗談のつもりであったがシャーロットは口を尖らせた。
「あんな人飛び降りてしまった方が良いわよ」
 あってはならん事を平然と言うのである。
 彼女は、マルク王が俺とエセルに謝ってきたことを全て聞いたらしい。それでこうして腹を立てており、謝罪させる為に家から出したのも彼女だったと言う。
「だからわたくし、もう絶対エセルさんを不幸にしないって誓ったの」
 三つのグラスを器用に持ち上げて、エセル、スイナ、エーデンの元へ急足で行ってしまった。
「しっかり食べなさいよ。エセルさんが心配しているわ」
 途中で振り返って言うそれが最後の言葉で、俺からは少し片手を上げるだけの返事で終わっている。
 置いて行かれた俺の心には妙なわだかまりが残っていた。
 後になって思えば、その時が初めてシャーロットが俺を振った瞬間だったのだ。

「相変わらず人気者ね。嫉妬しちゃうかも」
 声は唐突だった。知らぬ間に隣に現れた女性が声を掛けてきたのだ。
 それは賢そうな見ず知らずの女性であったが、この俺を知った物言いや、こんな華やかな会場であるということで特定できる。
「お前は……」
 いつかにリュンヒンに紹介された情報屋である。素性を突き止める前に、お喋りをするなと細い人差し指を口の前に当てられた。
「こんなところでゆっくりしていて良いのかしら?」
「どういう意味だ」
 情報屋は小さなサンドイッチを小皿に取っている。何も可笑しなことは無いのに、フフッと鼻で笑ってしばらく勿体ぶった。
 一向に話し出さんのは周りに人がいるからで、そのうちに人気が去れば自分から告げる。
「あなたのお兄さんのお国が宣戦布告を出したでしょう? 聞いてない?」
 初耳のことに目を見開いていると、情報屋は「あら?」とそっちも驚いたようであった。しかしまた、フフフと色っぽく笑っている。
「どこに宣言を出した?」
「私が教えなくても、もう頭に浮かんでいるのではない?」
 耳を疑う話にも余裕のある態度を崩さない情報屋だ。
 さらに聞き出さねばと手汗を握ったが、その時大きな歓声が会場のどこかで湧き上がる。
 騒ぎになっている方を見れば、破裂したシャンパンで腕まで濡らした男が苦笑しているのである。だが周囲の人間は縁起の良いことだと囃し立てていた。
 一瞬そちらに意識を向けた他のゲストらも、大したことじゃないとまた各自の輪の中に目を戻す。
 俺も情報屋に目を向けたのであるが、残念ながらそこにはもう彼女は居なかった。
 おそらく小皿にサンドイッチを乗せて歩いているだろうと考え、会場内を見回して探すも居ない。
 俺はすぐに諦める。そんな簡単に見つかってたまるかとも思うからだ。
「はぁ……」
 緊張した分疲れた。しかし早く城に戻って動かなくてはならん。
 グラスのものを飲み干してから早退しようと振り向いた時である。栄養も睡眠も足りていなさそうな青白い顔が視界いっぱいに広がった。
「うわあっ!?」
 こけそうになるのを寸前でテーブルを掴み踏ん張った。
 その俺に手を差し伸べる気配もなく、後ろで腕を組んだままの男がにんまりと俺を見て笑っている。
「見ていましたよ。ずいぶんモテているのですね」
 自分の力で立ち上がる俺を眺めながらこの悪趣味な男はヘラヘラした。
「エーデン……」
 名前が呼ばれたと、エーデンは嬉しそうに「はい」と言う。
「エセルさんに、シャーロットさんに、スイナさん、さっきの知的な女性もバル様のお知り合いの方ですか? 引くて数多のようで羨ましいですね」
 などと言うが、羨ましいなどとは微塵も思っていないだろう。
 ただ人をからかって楽しんでいるだけと顔に書いてある。
「さっきの者は知らない人物だ。それにメアネル姉妹ともそういう関係に無い」
 長話をするつもりはなく、俺はグラスを片付けてだしていた。それをエーデンは何も言わずに見守っている。
 相手にされないのでその場からどこかに行ってしまおうという事もせずに、ただただ居る。
 そんなエーデンが何か欲しがっているのかと俺は思って「何だか知らんがおめでとう」と手を動かしながら言っておいた。
 それでもエーデンは何を考えているのやら、ずっとそこに居るのだ。
「悪いが、俺は用事が出来てしまった。今日は急いで戻らねばならん」
「あらそうでしたか。それは残念。色々なお話を聞いてみたかったのに」
「また追々な」
 顔色を見てやることもなくアルバートを探し出す。
 さっきまで居た場所にはもう姿は無い。俺は舌打ちをしながら軽く見回して探すが、こういう時に限ってヤツは見つからん。
 そこへ「バル様」と名を呼んで駆け付けてくる男が現れた。ジギルスであった。彼は礼服ではなく兵装のままで現れたのだ。
「ジギルス君じゃないですか。かなりぶりですね」
 俺ではなくてエーデンが反応している。
「エーデン殿。これはこれはおめでとうございます。ベルガモも喜んでいることと思いますよ」
 ジギルスはここで足を止めるなりそのままの勢いで頭を下げていた。
 頭を上げるとすぐさま再会のこととは区別して、真剣な眼差しで俺に向き直る。
「すぐに城へお戻り下さい」
 この場では用件を告げられんが、急ぎの事態が起こったと見える。ついさっき情報屋より知った宣戦布告の件だろうかと俺は予想している。
「ああ。そのつもりだった」
 エーデンとはその場で別れを告げた。
 俺とてもう少しゆったりと話ぐらいはしたいとは思っていたのだ。目出度い日に申し訳ないのではあるが、エーデンも理解してくれている。
「アルバート君には私から言っておきますよ」
「すまん。頼んだ」
 ジギルスを筆頭に会場を出た。
 外はまだ明るく、太陽も真上近い場所にある。
 今日を潰してしまわない為に、一分たりとも無駄にしないと城へ全速で走っている。
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