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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国

舞踏会‐エスコート‐

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 懐かしきメルチのダンスホール。初めてエセルを連れてオルバノ夫妻に挨拶をした祝賀会以来だ。
 今にも天井が落ちそうなくらい豪華でデカいシャンデリアがまた俺の目の前に現れるとはな。
 横のアルバートでさえも小さく悲鳴を上げており「えげつないですね」など命知らずのようなことを言う。
「口を慎め。あれを侮辱すると即刻死刑だぞ」
「え、ええっ……」
 あながち脅しでは無いかもしれん。シャンデリアはどれもイリアス妃のお気に入りだからな。当時はこの国で最も気を害させてはいけない人物だった。
 それよりも気になることがある。
「その格好はどうした」
「え? 僕ですか?」
 それ以外の誰に俺が話しかけていると思っているのか。
 ヤツはなぜか、シワのないジャケットを身につけているのである。指摘すると手早くボタンを開けて、ベストも着ていますと見せつけてきた。
「だからそれはどこから手に入れたのだ。どこかから盗んだだろ」
「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ~」
 苦笑しながらもうボタンを閉じている。
 ちらりと覗く白シャツのカフスボタンを見れば、貴族であれば誰でも分かる上等な店のイニシャルが掘られているではないか。
 これをコイツの私物に入れてあるとは考えられん。親の形見であっても考えられん。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。マルク様に貸して頂いたんです」
 はぁ? と問えば、俺はますます怖い顔になったのだと思う。上機嫌でにこやかだったアルバートの表情がだんだんと引き攣っていった。
「ちゃ、ちゃんと返しますから」
 当たり前のことを必死に訴えられる。
 こちらからは容易に手を出せん。もしも地面に転がられた翌日には、今度は俺の方こそ別国で死刑になるやもしれん。

「エセルはどうした?」
 入り口付近で立ち止まっているのは通行人の邪魔になる。
 しかし辺りを見回してみても知った顔はどこにも居ない。
 アルバートも知らないと言っていると「お待たせしました!」と後ろから声が聞こえてきた。
 振り返れば人並みを縫いながら小走りにかけてくる姫の姿がある。
 ドレスを着て髪を結えば別人のように成り代わるのを、俺はこの場所で二度驚くこととなった。
 人に押されてつまずきながら俺たちの元へエセルが到着する。
「すみません。緊張で、お腹が……」
 これもあの時と同じ出来事である。
 ただし変わったところもあるのだ。
 周りに頭を下げて回っていた低い姿勢が無くなった。今はしゃんと背筋を伸ばして立ち、周りを見回す余裕をも持ち合わせている。
「思ったよりもたくさん人が集まりましたね」
「ああ。マルク王の繋がりの者たちだ。さすがに誰でもというのはやめておこうという話になった」
 エセルはぽかんとして聞くのではなく、しかりと頷いている。
「そうですね。私もその方が良いと思います」
 彼女が意見を述べたところにアルバートが口を挟んでくる。
「舞踏会を知らせた途端、バル様への殺害予告状も三倍になりましたもんね」
「えっ……」
 要らぬ告げ口だ。そのことはエセルには話していないから心配してしまう。
「本気のものなど一枚も無い。変化に対するイライラを俺にぶつけてくるだけだ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
 火種を落とした男はもう他人事だと思って「早く中に入りましょうよ」と言っている。
「エセル様は僕がエスコートします!」
 紳士らしく襟を正して左腕を少し曲げていた。掴ませたいのだろうがエセルは戸惑っていた。
 俺はそんなエセルを引き寄せて俺の右腕に手を掛けさせてやる。
「外見がそれでも中身がな」
 ふんと鼻で笑って舌を出してやる。
「女性は右側だ」
 エセルを連れてダンスホールへと足をすすめた。
 音楽がうるさいくらいに流れっぱなしの煌びやかな場所だ。華やかなドレスがくるくる回る。風味豊かな料理と酒が振る舞われる。
 中央で美しい女性と優雅に踊るマルク王の姿をさっそく見つけた。あれだけ丸い体だが、ダンスとなると機敏に動けるのかと俺は思った。
 思っただけでまさか声に出したりなどはしないがな。
 俺は適当に何か食べて、何か飲むくらいしかこの場の楽しみ方を知らない。
 音楽の区切りで別の女性を誘って再び踊るマルク王を眺めている。
 楽しんでいる姿は輝いているように見え、なんとなく羨ましいと思う。

 十分に腹が満たされ、酒も少し回っていると急激な眠たさに見舞われることになった。
 いや、実際寝ていた。休むために設けられた椅子に足を組んだまま、少し意識が飛んでいたのである。
 音楽は激しくなったり緩やかになったりするから、どれほど時間が経ってしまったのかは分からない。ただまだ来賓は多くいるからお開きまでとはいかないようだ。
 俺は椅子から立って背を伸ばした。
 そういえばアルバートはどこにいる、と兵士姿を探したが違うのだと思い出した。舌打ちを鳴らし、ジャケットに着られた男を目で探す。
「居た」
 ヤツより少し歳上らしい女性に声をかけている下心丸出しの男がな。
 俺はそっちにフラフラ歩いて行く。そして赤くしている耳をガッツリこの爪で掴む。
「いっ、いいいい!?」
 奇妙な声で痛がるとアルバートは振り返った。
「何するんですか!」
「エセルはどこに行った?」
 尋ねると耳を押さえながらある方向へ指をさしている。
 バルコニーへと出られるガラス扉だ。そこから風が中に入っているためにカーテンが大きく膨らんでいる。
「ご夫人に失礼の無いように」
 感謝の代わりにアルバートの肩をポンと叩いてやる。口説いていたつもりなのだろうが、遊ばれてから気付くと辛いだろう。
 俺は膨らむカーテンを手でまくってバルコニーに顔を覗かせた。半月が空に浮かんでいるのと、ベンチにエセルが座っているのを交互に見る。
「この季節でも外は寒くないか?」
 エセルは俺に気づいていなかったようだ。急に声をかけたものだから、手に持っていた飲み物を少しこぼすほど驚いた。
 俺はジャケットを脱ぎながら夜のバルコニーに足を踏み入れる。そしてエセルの飲み物をもらう代わりにそのジャケットを手渡した。
「ありがとうございます」
 布地の無いエセルの腕が包まれたのを見届けると、俺も隣によいしょと座る。
 何を言うでも無く二人して半月を見上げた。
 しばらくその時間が続き、やがてエセルが「満月ではありませんでしたね」と呟くように言っていた。
「疲れたか?」
「いえ。元気ですよ。居場所が無かったので逃げて来ちゃいました」
 隣で息をつかれてしまう。
「すまん。俺が気にしなかったからだな」
「いえいえ! そんなことはありませんよ!」
 エセルは明るい声色に変えて言うのであった。
 だがその後には無意識だろうがため息を吐いている。背中を丸くして、グラスの中で生まれる泡を見つめているようだった。
「悩みがありそうだな」
 そう突っつけばエセルは途端に顔を上げた。
「す、すみません。なんだか落ち着いてしまって。夜のせいでしょうか」
 再び半月を見上げている。
 あまり詳しく聞くと、俺の聞きたくない話だったらと思って、深掘りするのはやめておいた。
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