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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国

行き場の無い気持ち

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 このたった一年ほどの間に実に色々な事が変わっていくのだな。
 昼間の自室でひとり、机に向かって考え事にふけ込んでいる。
 食後の飲み物でもとメイドが現れたが「いらん。構うな」と告げてからは何の音沙汰も無い。
 窓の外は快晴の空が映されている。しかし部屋は日差しが届かずに薄暗かった。
 その方が俺にとって居心地が良かった。
 キィ……と、古椅子が軋む音が虚しそうに鳴った。
 王には王なりの考え方があり、国には国の生き方というものが染みついているのだ。
 ニューリアンは血縁で国際化することで平和を保てている。
 セルジオは実力行使であり市民であっても武器を振るのだ。
 カイロニアやベンブルクは王位剥奪を推進している。
 そしてメルチは王家で千年も続く国か。
 ネザリアは拡大を目論み、クランクビストは縮小を望んでいた。
「私、戦争を無くしたいと強く思うんです」そう思うのはエセルだけでは無いはずなのだが、戦いが絶えないのが現状で仕方が無い。
 相反する国と国は争うことで解決する。
 勝敗を話し合いで付けるのが難しいからだ。頭では分かっている。
 戦争をしても良いことは少ない。勝った国にも負けた国にもそれぞれの傷跡が残されるのだ。
 決して良いことばかりは巡って来ない。勝負で勝った後、誰かが国から追放されたり、この世から居なくなることもあるだろう。
「……」
 ふとこの仕事机にあるチェストが気になり俺はそこを覗いた。久しぶりに見る二段目はあの四桁の番号で鍵がかかった引き出しである。
 しばらく見ないうちにいつのまにか開くようになっていた、なんて事は有り得ない。
 この時も、持ち手を引くとガタガタ言うだけで開かず、中に入っている何か固そうな物が動く音だけが答えるだけであった。

 部屋から出て少しその辺りをうろついてみる。
 なんとなく進んだ道が知っている場所だと気づいてからは、俺は図書室へと向かっていた。
 そこにエセルがいるかは知らんが、気晴らしに本を読んでみるのも良いかと思ったのだ。普段なら絶対に嫌であるが。
 天井からぶら下がる電球を数えながら歩く。図書室の入り口に差し掛かると、さっきまで数えていた数字を一瞬で忘れて中に入った。
 鉄製の棚の中に、国の歴史書から童話まで幅広い本が格納してある。
 背のない棚であるために、そこから覗いて見れば図書室の向こうの壁まで見渡せた。
 すると窓際の席にエセルが座っていることが分かったのだ。
 何か話しかけようとする前に、彼女が机に向かって何かペンを動かしていることに気付いた。
 勉強だろうかと思ってしばらく見守ったが、よく見れば机の上には便箋が置いてある。エセルは手紙を書いていた。
 きっとネザリアに送るのだろう。だとすれば宛名はテダムだ。
 少しだけ開けられた窓から風が入り、レースのカーテンとエセルの髪先が同じように揺れている。
 時々、真面目な表情に白く細い指が添えられて考え込むような場面があった。だがまたすぐに書き出し、再び止まるとカーテンの隙間から外を眺めるところもある。
 見入っているうちに綺麗で愛しい瞬間だと思えると、ふいに彼女が微笑んでいるかのように見えたのだ。
 しかし、それは俺に向けられるものでは無いのかと胸を刺せば、俺は自然とここから足を遠ざけていた。
 すぐ下には噴水の庭がある。気付いた時にはガーデンベンチに横たわっており、水飛沫を肌に感じている。

「ここに何か思い出でも?」
 誰かの話す声が聞こえたから俺は目を開けた。
 快晴の青空が眩しく、横に顔を背けたところにルイスが立っていた。
「お一人で来られるのは四度目ですね」
「……」
 この男の行動はどんどんストーカーじみていくから、そろそろ何か言ってやらんとと思っていたところだ。
「その、音も立てずに現れるのは何とかならんのか」
 ルイスは黙ったままだ。
 何とかならないことを敢えて口に出すような男ではな無い。それをこちらが分かってきているのが癪である。
「お前は現れたり消えたりするな。普段は一体どこに居る?」
「メルチ在住の知り合いの民家ですが」
「家事手伝いでもしているのか?」
「いえ。あなたの護衛をしています」
 頼んだ覚えは無い。ロンド遠征の前に少しそんなような役割を渡した気がするが、それが今も健在だということなのだろうか。
 そこにルイスは付け加えて面白いことを言った。
「側近があの男では心配ですので」
 俺は鼻で笑ったのちにガーデンベンチの正しい向きで座り直した。


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