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lll.ロンド小国、旧ネザリア

出直し‐カップケーキと計らい‐

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 変わらぬ街の中心に、堂々とこちらを見下ろすネザリア城。
 かつて城内の土地にあった聖堂は跡形無く、四角い平地の上に使っていない荷車が放置気味で転がっているばかりだ。
 さすがデカいネザリア城には人を待たせるためにも部屋がある。俺とルイスとアルバートで各自それぞれの待ち方をしていた。
 アルバートは感情の起伏に振り回されてか疲れてソファーでイビキをかき、ルイスは絶対にどこにも腰を下ろさず室内がよく見渡せる位置で直立だ。
 俺は出された茶よりも、壁に掛けられている絵画が気になりその前に立っていた。
 どこかの橋の絵であった。水辺に草花が咲いていて美しい絵だ。
 ノックとともに扉が開くと無言で片手を上げるテダムが現れる。扉の音でアルバートがソファーから落ちて目を覚ましたが、まったく恥ずかしいところを晒してしまった。
「見事だろう。アレン殿の絵だ」
 テダムは俺のもとへ歩いてくる。
「彼は絵描きとしてこの城に足を運んでいた。まあ、売り込んだのは絵だけじゃ無かったわけだけど……」
 兄上がこれを持って旧ネザリアの王に俺を売ったのだ。
 まあ別に俺は何も憂いてなどいないが。
 テダムの方も自分から口にしておきながら、さほど気にしていないようである。二人してしばし絵画を眺めて無言でいた。

「ちょっとまだやることがあるから。悪いんだけどもう少し待ってもらって良いかな?」
 部屋移動の途中でテダムが言う。
「いくらでも待つ。無理矢理押し掛けたのはこっちだからな。なんなら俺たちはどこかに泊まるから明日でも良いぞ」
「いや、今日で大丈夫だよ」
 軽く笑いながらテダムは応接間へと俺たちを連れた。
 見覚えのない部屋だが、そこにあるワイナリーボックスだけは少し嫌な記憶を掻き立てる。
 俺はそれが見えない位置で腰を下ろしてまた待つことになった。
 ルイスには再びアルバートが眠らないようにと言い付けたが、それは大丈夫であった。
 何故なら、しばらく後にこの応接間に茶を運んできた女性が美人であったからだ。
「ごきげんよう」と俺に気安く挨拶するのはテダムの妻である。
 結婚式以来会っていないために俺からは「どうも」くらいしか話をしていない。
 テダムの妻は静かにカップに茶を注ぎ、静かにポットにカバーをかける。
 小洒落たカップケーキの向きを正しく分かり、小ぶりのフォークを静かに揃えていた。
 仕度がおわると陽だまりのような笑顔を三人へ順番に向けてから、お喋りはせずに静かに去って行った。
 ドアノブが回る音でさえも気を使っているような感じだ……。
 シャーロットとは全然違う!! 衝撃的であった。
 いやいや、本来ならあのお淑やかさが普通なのだ。決して「食べないの?」など言って殿方の皿からケーキを掻っ攫うなど有り得るわけがない。
 俺はもう何かに毒されているのだ。
 絶対そうに決まっている……。
「おお! 上品! 食べていいんですか?」
 アルバートは目の保養を済ませると一気に活力が出たらしい。
「ああ、食え……」
 俺の分のカップケーキもアルバートの皿に掴んで置いてやった。
 なんだか俺の知っている現実とのギャップ差にショックを受けた。食欲もどこかに飛んで行ったのだ。

 間食を済ませたら椅子から降りて皆散り散りに立っている。
 すると廊下を歩く者の足音が聞こえてきて、この部屋をノックした。
 テダムが用を終えてきたとばかり信じきっていたら、扉が開いて顔を出したのは別の人物であった。
「お邪魔します……」
 遠慮がちにひょこっと顔を出している。
「エセル!?」
 この声にエセルが俺を見つけたようだ。
 驚いて息を呑んだあとエセルは走り出してこの応接間に入る。そしてあろうことか俺に飛びかかり抱きついてきた。
「お、おお」
 後ろに倒れそうになる勢いだった。一歩引いた片足でその重みを受け取った。
「王子、ご無事でしたか!!」
「エセル。お前、なぜ!?」
 返事を聞く前に扉のキィと鳴る音がする。
 見ればルイスとアルバートが部屋を出て行こうとするところだった。意味深なアルバートのにやけ顔を最後に、扉がヤツらによって閉められてしまう。
「リュンヒン様のこと、お聞きしました。私はどうすればいいでしょうか」
 しがみつく手に力が入っていた。
 心配させてしまったのかと心が痛くなる。
「大丈夫だ。心配しなくていい」
 エセルの肩を支えてこの身から離した。
 彼女はまん丸な瞳で俺のことを見上げている。それに俺は微笑みで答えた。
 久しぶりに再会した恋人の頭を撫でながら髪の質感や瞳の色を確かめる。
 ほんのり艶っぽく見えるのは薄化粧を施しているからだろう。だが相変わらずドレスを着ないで髪も結わないエセルだ。
 変わっていないエセルに俺はかなりの安心感を得ていた。
「何を驚いた顔をしている。俺のことを忘れたわけでは無かろうな?」
「えっ、あ、すみません。……本当にお会いできると思わなかったので」
 エセルは絶えず俺の目を覗き込むようにして見上げているのだった。
 こちらからもう一度抱きしめれば、懐かしい彼女の良い香りが香った。
「そっちは順調か?」
「ええ!?」
「ネザリアのために一生懸命動いているとテダムから聞いた。うまくやれているのか?」
 そう言葉を変えれば、エセルは少し安心したように話しだす。
「は、はい。テダム様の判断でしばらくお城の中で働くことになりました」
「そうか。外は物騒だ。その方が良い」
 テダムはよくエセルのことを守ってくれていて嬉しく思っている。
 えへへ、と苦笑いするエセルに俺は「で?」と告げる。
 エセルは苦笑いの続きで「へ?」と顔を固まらせた。
「さっきの驚き様は不自然だ。何の話だと思った?」
「え!? い、いえ。何でもないですよ?」
 何でも無くないような言い方にしか聞こえん。
「僕から求婚されていることじゃない?」
 俺とエセルが同時に声の方を振り向くと、ひっそりと扉から盗み見していたテダムがいた。
 俺たちは磁石が反発するようにパッと当たり障りのない距離を取る。
「感動の再会になった?」
 テダムは普段通りの足取りで部屋の中へ入ってきた。人がイチャつくのを目の当たりにしたというのに意味深に目線を送ったりなどはしない。
 俺は平然を装ったつもりでテダムの方を向いて話しかけた。
「女性を働かせるとは、なんて扱いをしているのだ」
 テダムは立ち止まってキョトンとする。
「君が何を言っているんだか。君こそ聞いたよ? あのメアネル・シャーロットに髪を切らせたそうじゃないか」
「あれはアイツが勝手に切ったのだ!」
「本当? 君が短めの髪の方が好きだとか言ったんじゃなくて?」
「言っていない。そもそもそういう会話なることが無い!」
 やいのやいの言う俺をエセルがどんな顔で見ていたかは知らない。


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