129 / 172
lll.ロンド小国、旧ネザリア
意外に話せる野獣
しおりを挟む
ぬるい温度のテントの中ではぬるい茶が振る舞われていた。
相手方が「飲まなきゃ始まんねえ」と言うから飲まされ、仮に毒でも入っていればそろそろ手足が痺れても遅くはない。
だが一向に症状は出ん。そしてエレンガバラ殿は思ったよりも上機嫌だ。
「なんだ偉いヤツだったのか。どっかで見たことあるとは思ったぜ?」
「それは光栄です。何故か私はあまり周囲に覚えられませんので」
九カ国首脳会議で初対面だったとはいえ、言葉を交わした訳でも無いから覚えられていなかった。
エレンガバラ殿は筋肉で盛り上がった上半身に、サイズが間違っているんじゃないかと思うシャツを身につけていた。
ガッハッハと顎が外れそうなほど口を開けて笑うと、その弾みで今にもシャツのボタンが飛んできそうでこちらはヒヤヒヤしている。
「なあ、バル」
早くも俺のことを親しんでかそう呼んだ。
「俺ァ堅苦しいのはどうも腹が気持ち悪くてよ。お互い敬い言葉はやめような」
ヤツは最初から敬った話し方はしていないが。まあ俺も苦手であるから快く同意する。
「レッセルんとこから来たんだろ。俺の街はどうだった?」
「どうだったもツギハギのようだ」
「ガッハッハ。そうだろ。あっちに行きゃあもっと宗教臭くなって面白いぞ?」
エレンガバラは来た道と反対側の方向を指差した。興味はあるが、こちらは観光に来たわけでは無いので行く気はない。
「こっちに傾けな」
意外と気がきくエレンガバラは俺の碗の中に茶を注いでくれる。
「仲良く2パーセントの領地をくれて和解よ。バカ野郎の年寄り達がこれで俺を仕留めたと思ってやがる。王ってのはみんな頭のネジが飛んでんのか?」
それから「なあ、バル王子」と嫌みっぽく家柄の呼び名を使われた。
どうやらエレンガバラは色々あって王家のことを好いていないように見受けられる。
俺は再び満杯になった茶を静かに飲んでから答えた。
「みな一本や二本ぐらい平気で足りていない」
「そうか。それなら納得だ」
俺の皮肉体質が項を成したようだ。それによってまた俺の好感度を上げられたのかもしれない。
重要な話に移る前に、エレンガバラは先日のセルジオの件を口にした。
負傷したアルゴブレロと、その息子キースとの内戦が終結したことを知っているようであった。
そしてそれには俺が関わっていることも認知済みで「アルゴブレロによく殺されなかったな」とえらく褒められたものだ。
「詳しいのだな」
意外にも情報通であることを差して言ったつもりであったのに、エレンガバラには別の理由があった。
「セルジオは俺の故郷だからな」
驚きはしない。むしろここの者が、どこかセルジオの民に似ていると感じていたからだろう。
「鉄壁の国なのによく中に侵入できたな」
「最南にある卸売り業の者の協力で中には入れた」
「ダヴィアの店か! あそこを通ったのか!? 命知らずにも程があり過ぎるぜ、おおい!!」
知り合いらしく手を叩きながら大笑いをされる。
テントの中に居合わせた別の若者らも、その名を耳にすると会話に口を挟んできた。
「アイツまだ捕まってなかったのか!」
顔を見合わせてケラケラ笑うし「あの野蛮族なら骨の髄まで金にされるぞ」とやけに嬉しそうにだが俺に脅しもかけた。
皆が機嫌よく祭りのように笑うので、俺も少しは合わせて広角を上げている。
他の話も聞かせろとエレンガバラは前のめりであり、通った道など話してみれば懐かしそうに道の名を口にしていた。
これなら交渉もうまく行くかもしれんと俺は内心思いだしていた時だ。
しかしとある人物の名を出した途端、エレンガバラはゆっくりと背もたれに背中を戻してしまった。
「……ガーネットか。そりゃあ胸くそ悪りい名前だ」
あれだけガヤガヤとはしゃいでいた若者たちも、逃げて行くようにテントを出て行ってしまう。
空になった椀にももう茶は注がんようであった。
「バル」
「なんだ?」
急に神妙な顔になって名を呼ばれるのは良い気がしない。
「交渉話は好きだけどよ、うちとそっちの関係がゼロなのよ。バルがどうしても俺を落としたいって言うんなら旧ネザリアの頭も交えて三人でやろうや」
落ち着き払って告げられた。
思いがけなく交渉話に進む前に決裂となってしまった。
俺としては騒がしくされて、急に波が引いたら何も残っていない状況で意味が分からんのである。
とりあえず、出直して来いと言っているのだろうと受け取った。
「ご馳走になった」
何倍分かの茶の礼を告げてテントを出れば、心配顔のアルバートがまず目についた。それからルイスも少しは緊張した面持ちのように見えた。
「出直すぞ」
これから急いで旧ネザリアへの足を手配しなくてはならない。
相手方が「飲まなきゃ始まんねえ」と言うから飲まされ、仮に毒でも入っていればそろそろ手足が痺れても遅くはない。
だが一向に症状は出ん。そしてエレンガバラ殿は思ったよりも上機嫌だ。
「なんだ偉いヤツだったのか。どっかで見たことあるとは思ったぜ?」
「それは光栄です。何故か私はあまり周囲に覚えられませんので」
九カ国首脳会議で初対面だったとはいえ、言葉を交わした訳でも無いから覚えられていなかった。
エレンガバラ殿は筋肉で盛り上がった上半身に、サイズが間違っているんじゃないかと思うシャツを身につけていた。
ガッハッハと顎が外れそうなほど口を開けて笑うと、その弾みで今にもシャツのボタンが飛んできそうでこちらはヒヤヒヤしている。
「なあ、バル」
早くも俺のことを親しんでかそう呼んだ。
「俺ァ堅苦しいのはどうも腹が気持ち悪くてよ。お互い敬い言葉はやめような」
ヤツは最初から敬った話し方はしていないが。まあ俺も苦手であるから快く同意する。
「レッセルんとこから来たんだろ。俺の街はどうだった?」
「どうだったもツギハギのようだ」
「ガッハッハ。そうだろ。あっちに行きゃあもっと宗教臭くなって面白いぞ?」
エレンガバラは来た道と反対側の方向を指差した。興味はあるが、こちらは観光に来たわけでは無いので行く気はない。
「こっちに傾けな」
意外と気がきくエレンガバラは俺の碗の中に茶を注いでくれる。
「仲良く2パーセントの領地をくれて和解よ。バカ野郎の年寄り達がこれで俺を仕留めたと思ってやがる。王ってのはみんな頭のネジが飛んでんのか?」
それから「なあ、バル王子」と嫌みっぽく家柄の呼び名を使われた。
どうやらエレンガバラは色々あって王家のことを好いていないように見受けられる。
俺は再び満杯になった茶を静かに飲んでから答えた。
「みな一本や二本ぐらい平気で足りていない」
「そうか。それなら納得だ」
俺の皮肉体質が項を成したようだ。それによってまた俺の好感度を上げられたのかもしれない。
重要な話に移る前に、エレンガバラは先日のセルジオの件を口にした。
負傷したアルゴブレロと、その息子キースとの内戦が終結したことを知っているようであった。
そしてそれには俺が関わっていることも認知済みで「アルゴブレロによく殺されなかったな」とえらく褒められたものだ。
「詳しいのだな」
意外にも情報通であることを差して言ったつもりであったのに、エレンガバラには別の理由があった。
「セルジオは俺の故郷だからな」
驚きはしない。むしろここの者が、どこかセルジオの民に似ていると感じていたからだろう。
「鉄壁の国なのによく中に侵入できたな」
「最南にある卸売り業の者の協力で中には入れた」
「ダヴィアの店か! あそこを通ったのか!? 命知らずにも程があり過ぎるぜ、おおい!!」
知り合いらしく手を叩きながら大笑いをされる。
テントの中に居合わせた別の若者らも、その名を耳にすると会話に口を挟んできた。
「アイツまだ捕まってなかったのか!」
顔を見合わせてケラケラ笑うし「あの野蛮族なら骨の髄まで金にされるぞ」とやけに嬉しそうにだが俺に脅しもかけた。
皆が機嫌よく祭りのように笑うので、俺も少しは合わせて広角を上げている。
他の話も聞かせろとエレンガバラは前のめりであり、通った道など話してみれば懐かしそうに道の名を口にしていた。
これなら交渉もうまく行くかもしれんと俺は内心思いだしていた時だ。
しかしとある人物の名を出した途端、エレンガバラはゆっくりと背もたれに背中を戻してしまった。
「……ガーネットか。そりゃあ胸くそ悪りい名前だ」
あれだけガヤガヤとはしゃいでいた若者たちも、逃げて行くようにテントを出て行ってしまう。
空になった椀にももう茶は注がんようであった。
「バル」
「なんだ?」
急に神妙な顔になって名を呼ばれるのは良い気がしない。
「交渉話は好きだけどよ、うちとそっちの関係がゼロなのよ。バルがどうしても俺を落としたいって言うんなら旧ネザリアの頭も交えて三人でやろうや」
落ち着き払って告げられた。
思いがけなく交渉話に進む前に決裂となってしまった。
俺としては騒がしくされて、急に波が引いたら何も残っていない状況で意味が分からんのである。
とりあえず、出直して来いと言っているのだろうと受け取った。
「ご馳走になった」
何倍分かの茶の礼を告げてテントを出れば、心配顔のアルバートがまず目についた。それからルイスも少しは緊張した面持ちのように見えた。
「出直すぞ」
これから急いで旧ネザリアへの足を手配しなくてはならない。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
【完結済】完全無欠の公爵令嬢、全てを捨てて自由に生きます!~……のはずだったのに、なぜだか第二王子が追いかけてくるんですけどっ!!〜
鳴宮野々花
恋愛
「愛しているよ、エルシー…。たとえ正式な夫婦になれなくても、僕の心は君だけのものだ」「ああ、アンドリュー様…」
王宮で行われていた晩餐会の真っ最中、公爵令嬢のメレディアは衝撃的な光景を目にする。婚約者であるアンドリュー王太子と男爵令嬢エルシーがひしと抱き合い、愛を語り合っていたのだ。心がポキリと折れる音がした。長年の過酷な淑女教育に王太子妃教育…。全てが馬鹿げているように思えた。
嘆く心に蓋をして、それでもアンドリューに嫁ぐ覚悟を決めていたメレディア。だがあらぬ嫌疑をかけられ、ある日公衆の面前でアンドリューから婚約解消を言い渡される。
深く傷付き落ち込むメレディア。でもついに、
「もういいわ!せっかくだからこれからは自由に生きてやる!」
と吹っ切り、これまでずっと我慢してきた様々なことを楽しもうとするメレディア。ところがそんなメレディアに、アンドリューの弟である第二王子のトラヴィスが急接近してきて……?!
※作者独自の架空の世界の物語です。相変わらずいろいろな設定が緩いですので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※この作品はカクヨムさんにも投稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。
五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる