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lll.ロンド小国、旧ネザリア

意外に話せる野獣

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 ぬるい温度のテントの中ではぬるい茶が振る舞われていた。
 相手方が「飲まなきゃ始まんねえ」と言うから飲まされ、仮に毒でも入っていればそろそろ手足が痺れても遅くはない。
 だが一向に症状は出ん。そしてエレンガバラ殿は思ったよりも上機嫌だ。
「なんだ偉いヤツだったのか。どっかで見たことあるとは思ったぜ?」
「それは光栄です。何故か私はあまり周囲に覚えられませんので」
 九カ国首脳会議で初対面だったとはいえ、言葉を交わした訳でも無いから覚えられていなかった。
 エレンガバラ殿は筋肉で盛り上がった上半身に、サイズが間違っているんじゃないかと思うシャツを身につけていた。
 ガッハッハと顎が外れそうなほど口を開けて笑うと、その弾みで今にもシャツのボタンが飛んできそうでこちらはヒヤヒヤしている。
「なあ、バル」
 早くも俺のことを親しんでかそう呼んだ。
「俺ァ堅苦しいのはどうも腹が気持ち悪くてよ。お互い敬い言葉はやめような」
 ヤツは最初から敬った話し方はしていないが。まあ俺も苦手であるから快く同意する。
「レッセルんとこから来たんだろ。俺の街はどうだった?」
「どうだったもツギハギのようだ」
「ガッハッハ。そうだろ。あっちに行きゃあもっと宗教臭くなって面白いぞ?」
 エレンガバラは来た道と反対側の方向を指差した。興味はあるが、こちらは観光に来たわけでは無いので行く気はない。
「こっちに傾けな」
 意外と気がきくエレンガバラは俺の碗の中に茶を注いでくれる。
「仲良く2パーセントの領地をくれて和解よ。バカ野郎の年寄り達がこれで俺を仕留めたと思ってやがる。王ってのはみんな頭のネジが飛んでんのか?」
 それから「なあ、バル王子」と嫌みっぽく家柄の呼び名を使われた。
 どうやらエレンガバラは色々あって王家のことを好いていないように見受けられる。
 俺は再び満杯になった茶を静かに飲んでから答えた。
「みな一本や二本ぐらい平気で足りていない」
「そうか。それなら納得だ」
 俺の皮肉体質が項を成したようだ。それによってまた俺の好感度を上げられたのかもしれない。
 
 重要な話に移る前に、エレンガバラは先日のセルジオの件を口にした。
 負傷したアルゴブレロと、その息子キースとの内戦が終結したことを知っているようであった。
 そしてそれには俺が関わっていることも認知済みで「アルゴブレロによく殺されなかったな」とえらく褒められたものだ。
「詳しいのだな」
 意外にも情報通であることを差して言ったつもりであったのに、エレンガバラには別の理由があった。
「セルジオは俺の故郷だからな」
 驚きはしない。むしろここの者が、どこかセルジオの民に似ていると感じていたからだろう。
「鉄壁の国なのによく中に侵入できたな」
「最南にある卸売り業の者の協力で中には入れた」
「ダヴィアの店か! あそこを通ったのか!? 命知らずにも程があり過ぎるぜ、おおい!!」
 知り合いらしく手を叩きながら大笑いをされる。
 テントの中に居合わせた別の若者らも、その名を耳にすると会話に口を挟んできた。
「アイツまだ捕まってなかったのか!」
 顔を見合わせてケラケラ笑うし「あの野蛮族なら骨の髄まで金にされるぞ」とやけに嬉しそうにだが俺に脅しもかけた。
 皆が機嫌よく祭りのように笑うので、俺も少しは合わせて広角を上げている。
 他の話も聞かせろとエレンガバラは前のめりであり、通った道など話してみれば懐かしそうに道の名を口にしていた。
 これなら交渉もうまく行くかもしれんと俺は内心思いだしていた時だ。
 しかしとある人物の名を出した途端、エレンガバラはゆっくりと背もたれに背中を戻してしまった。
「……ガーネットか。そりゃあ胸くそ悪りい名前だ」
 あれだけガヤガヤとはしゃいでいた若者たちも、逃げて行くようにテントを出て行ってしまう。
 空になった椀にももう茶は注がんようであった。
「バル」
「なんだ?」
 急に神妙な顔になって名を呼ばれるのは良い気がしない。
「交渉話は好きだけどよ、うちとそっちの関係がゼロなのよ。バルがどうしても俺を落としたいって言うんなら旧ネザリアの頭も交えて三人でやろうや」
 落ち着き払って告げられた。
 思いがけなく交渉話に進む前に決裂となってしまった。
 俺としては騒がしくされて、急に波が引いたら何も残っていない状況で意味が分からんのである。
 とりあえず、出直して来いと言っているのだろうと受け取った。
「ご馳走になった」
 何倍分かの茶の礼を告げてテントを出れば、心配顔のアルバートがまず目についた。それからルイスも少しは緊張した面持ちのように見えた。
「出直すぞ」
 これから急いで旧ネザリアへの足を手配しなくてはならない。

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