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lll.ロンド小国、旧ネザリア

道中‐新しい側近‐

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 冷える夏の早朝にさっそくアルバートの喚き声を聞かされた。
「な、ななな何でコイツが一緒なんですか! 悪党ですよ!? 敵なんですよ!?」
「心を入れ替えて国まで捨ててきたと言っていただろう」
「そ、そうですけど信じるんですか!?」
 馬車の荷積みを終えて、あとは俺たちが乗り込めばすぐに出発できるところだった。
 だがそんなことをいつまでも言い続けているヤツが居るせいで、馬車はなかなか出発に至らない。
「嫌ならお前はここで留守番していれば良い」
 すでに搭乗していた俺は中から扉を閉めようとする。
 それをアルバートが扉をがっちり掴んで阻止した。
「そういう訳にはいきません!」
「だったら早く乗れ!」
 最終的には俺とルイスでアルバートの胸ぐらを掴み上げ、無理矢理車内に押し込める形で解決した。
 そして馬車は発車した。ジギルス率いる騎兵隊も同行している。
 ガラガラと音を立てる馬車の中では、アルバートがいつまでも泣いていた。
 男三人で乗る馬車で会話が弾むわけも無い。俺は壁に寄りかかり目を閉じているのだ。
 そのうち俺が居眠りに入る前に、アルバートのイビキによって邪魔されることになるとは。
「……このっ」
 舌打ちと共に俺は人頭を殴っている。
 俺の右肩に全体重を預けていたアルバートが白目を開けて離れた。そしてまた目を閉じて夢の中に戻って行った。
「ったく。何なんだコイツは」
「楽しい方ですね」
 正面に座るルイスが言うのである。
「そう思うなら少しは笑ってやれ」
 真面目な真顔を一瞥し、俺はイライラから抜け出したくて小窓からメルチ市街を眺めた。
「アルバート殿は元は旧ネザリアの漁師ですよね。どういう経緯でクランクビストの兵士になられたのですか」
 俺の機嫌も伺えずに正面の男はつまらん質問を持ち出してきた。
「答える必要は無い」
 景色を眺めたまま言えば「失礼いたしました」と礼儀だけは正せるヤツだ。
 しかしアルバートの過去まで俺から口にしたことは無い。どんな手を使っているかは知らんが、調べはある程度ついているらしい。
「はぁ……」
 詮索するのも疲れる。
「お疲れですね」
「……」
「こちらに来られてから表情がお堅い気が致します」
「お前に言われたく無い。話しかけるな。黙っていろ」
 それでルイスは黙っていた。俺もである。
 メルチの市街はよく賑わっている。観光客向けの店も連なり繁盛しているみたいだ。
 難しい顔をしているのは政治家だけであって、そこの花屋の店員や客は笑顔でいるのだなと俺はぼんやり思って見ていた。
 何かを求めて列で待つ客たちですらも期待に胸を膨らませ楽しげだった。
 少し羨ましく思うのが正直なところである。だが自分とは別世界なのだと諦める方が気が楽だ。
 そういえば俺が楽しかったのはいつ頃だっただろうと考えた。
 リュンヒンやエセルと共にドデカいプリンを食した時は楽しかっただろうかと思い出して、俺は若干首を傾げている。
 エセルやアルバートと出会ってから色々な事があったと思うのだが、何故かあまり鮮明には思い出せん。
 ……エセルはテダムに貰われていくのだろうか。
 頭の中で呟いている。
 彼女はもうネザリアの地を離れないのかもしれない。
 でもそれが良いのかもしれない。
 俺には分からない。
「……」
 自分が薄情であると自覚している。だがこの季節で状況が大きく変わってしまった。きっとこれからも大きく変わることになるだろう。
 エセルの安全を考えた時、どうするのが一番良いのかずっと決めかねて夜を越えている。

 交通整理で馬車が停車するとアルバートはその揺れで飛び起きたようだ。
「はあ、危うく寝るところでした」
 などと言って額から汗を拭っているが、ぐっすり眠っていたために汗など一滴も拭き取れてはいない。
「はっ! バル様大丈夫ですか!」
「うるさいぞ。何がどうした」
 思考を遮られると窓の方も見なくなる。
 その代わり目をまん丸に開けたアルバートと目が合った。
 するとアルバートは安堵のため息を大きめに吐いていた。
「良かったです。バル様に何かあったら僕、師匠に合わせる顔が本当に無くなってしまうところでした……」
 それを聞いたら俺は軽く吹き出した。
「コイツから俺を守ってくれるのか?」
 俺は分かりやすく目の前の真顔を指差して問う。
「もちろんですよ! そのための弟子ですから!」
 そう言ってカイセイから教わった武術の一部動作を、手首まででやって見せていた。
 まったく。頼りになるのか、頼り無いのか難しい犬だ。
 武術の動作もところどころ自己流であるし、あまり期待は出来そうにないが。
「ではお前は今から俺の側近だ」
「やったー! って、ええ!? 僕が側近!?」
 喜んだ側から極端に嫌がるような声を出された。
 意味深にルイスの方もチラッと見てやったが、ヤツは相変わらず何を考えているのか表には出さん。
「嫌なら別に無理にとは言わん。側近など形だけで居ても居なくても何の支障も無いからな」
「僕やりますよ!!」
 人の話を聞いていないアルバートがやる気だ。
「同じ仕事しかしない奴には同じ毎日しか来ない。ですからね!」
「あー……」
 ようやっと正義感でも芽生えたかと褒めたいところであった。
 しかしアルバートが理由としたのは、いつかに俺が「給料を上げたいなら……」の延長で話した文言だったのである。
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